女に乾く
ネオンサインが雨に濡れたアスファルトに溶け込み、どす黒く光っている。
菅原健太郎(30)は、その光の底で、ただひたすらに渇いていた。
彼にとってこの街は、安らぎの場ではなく、剥き出しの欲望と搾取の回廊だ。
手元のスマホには、消費者金融からの督促メールが数分おきに届いている。画面の端には、風俗店で指名し続けている美女・アスカのプロフィール写真。
「あと少し、あと少しだけあれば……」
その妄執が、健太郎の理性を食い尽くしていた。親はいない。頼れる友人もいない。会社はとっくの昔にバックレた。自分にはもう、失うものなど何もなかった。だからこそ、彼は「無敵」だった。あるいは、そう思い込むことでしか、この底なしの現実に耐えられなかったのかもしれない。
健太郎は雑踏に紛れ、通行人に声をかけ始めた。
「すいません、小銭……小銭を少しだけ……」
すげない拒絶、軽蔑に満ちた視線。それが健太郎には心地よかった。自分は今、確かに生きている。金をせびるという行為だけが、彼に社会との唯一の接点を感じさせていたからだ。
その日、彼は運悪く、いや、運命のいたずらか、一人の男にターゲットを定めた。
道の先で、苛立った様子で歩く丸ハゲの若い長身の男。
彼は大学生の長嶋という、ついさっきまで金融屋の事務所で鼻っ柱を折られ、屈辱にまみれてきたところだった。喉元まで出かかった毒気を、どこに吐き出すべきか、そう思っていた矢先、目の前に現れたのが、仏頂面の冴えない男、健太郎だった。
「おい、あんた。金持ってるだろ。少し貸してくれ」
健太郎の声は、震えていたのか、それとも確信犯的な虚無だったのか。
長嶋は足を止め、ゆっくりと振り返った。その瞳には、すでに人間としての理性を超えた、濁った愉悦が宿っていた。
「ああ? なんだ、その面構え。……いいぜ。金ならやるよ。その代わり、少し付き合ってもらうぞ」
その後の記憶は、健太郎にとって断片的な痛みに過ぎない。
裏路地に引きずり込まれ、蹴られ、殴られ、髪を掴まれて地面に押し付けられた。長嶋の暴力には優しさはひとつも無かった。
一通り殴り終えた長嶋はたばこを吹かせて健太郎の話を聞く。
「全方位に金をせびってたって? 面白いな、お前」
荒い息を吐きながら、長嶋は健太郎の免許証とスマホを奪い取り、手早く何かを操作した。画面を操作する長嶋の指先は、まるで熟練の職人のように冷徹だった。スマホだけを健太郎に返した。
「健太郎って言うのな。俺は長嶋だ、よし、お前はこれから俺に従え。お前はただのカメラマン兼出演者だ。だが、映し出すのは金になる映像だ。いいか、よく聞け。……近くの山に、有名な廃病院がある。あそこには、暴走族共がよく集まっているんだよ。そこに行って、奴らから金をせびってこい。全部ライブ配信だ。お前が痛めつけられるところも、奴らの行動は全部な…」
「……金は、もらえるのか」
健太郎の口から出たのは、そんな言葉だった。
長嶋は、獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべた。
「ああ、たっぷり稼がせてやる。その代わり、逃げたら即座に免許証の住所に警察を突撃させる。GPSも仕込んだからな。……行けよ、健太郎。そしたら今回のことは許してやる。さあ、今夜がお前の人生のハイライトだ」
健太郎は、立ち上がった。
その背中には、アスカに会いたいという、もはや呪いに近い欲求だけが重くのしかかっていた。




