第三話:善彦、レジャーに出掛ける
さて、善彦が大長編小説に匹敵するページ数のラブレターを書き狂っていたことは、覚えていらっしゃいますでしょうか?
そのため、彼が意を決して山田太郎にメッセージを送ったのは、深夜の午前二時過ぎのことでした。
こんな非常識な時間帯に連絡を入れる善彦も善彦ですが、それに即座に返信してきた太郎もただ者ではありません。
かくして、アラサー男ふたりによる泥沼のレジャーの日々が始まりました。
なぜ二人きりなのかと言えば――「自分以外の人類では、善彦の濃厚すぎる個性に耐えきれず正気を失うだろう」と、太郎が瞬時に察したからです。
さすがは社交の達人。危機管理能力をしっかり働かせております。
季節はちょうど夏。ふたりは海へ山へと、ピクニックやレジャーに飛び回りました。
善彦は一応、会社経営者(社員は善彦一人の個人事務所ですが)。太郎は自由業。ふたりとも時間と融通だけは余るほどありました。
しかし、初日から善彦の悪癖が盛大に炸裂します。
ただの海水浴はいつの間にか遠泳水泳大会となり、のんびりした山歩きは命がけの登山レースへと変貌し、穏やかなピクニックの場では血で血を洗う料理対決が発生したのでした!
普通の神経をした人間なら、山登りの途中で善彦の頭を石で殴りつけ、そのまま山中に埋めていたところでしょうが……。
山田太郎という男は、あろうことかそれを全身で面白がり、
「やっぱりお前と遊ぶと退屈しないな!」
と爽やかに笑って、さらに次の遊びへと誘ってきたのです。
……よく考えたらこの男も、善彦とベクトルが違うだけで、別のタイプの狂人だったのかもしれません。
そして、当の善彦はどうしていたかと言うと……。
毎回、太郎とのレジャーから帰ってくるたびに、やれ服が汚れただの、急に雨が降ってきただの、気温が暑すぎただの、愚痴と文句をボロボロとこぼしては、次の外出をぐずぐずと渋っていました。
麗子ボットは、そんな情けない善彦をなだめ、慰め、時には脅し、お尻を蹴っ飛ばしては、再び外へと追い出していくのでした。
善彦がこれほど外遊びを嫌うのには、彼なりの理由がありました。
と言っても、海水浴でおばあちゃんをサメに襲われたとか、そんな大層なトラウマがあるわけではありません。
旅行やレジャーというものは、どれほど綿密に計画を立てたところで予想外のトラブルがつきものです。
ピクニックに出かければクマに遭遇することもありますし、お目当てのラーメン屋に行ってみれば臨時休業の札が下がっているかもしれません。
せっかく海へ行ったのに、猛烈な暴風雨に見舞われるなんていうのはよくあることです。
善彦はそういった「自分の思い通り、完璧にいかないリスク」が、三度の飯より苦手だったのです。
しかし――山田太郎は、まったく逆の思想の持ち主でした。
彼は、そうした思いがけない出来事こそが旅行の醍醐味であり、人生を彩る最高のスパイスなのだと考えるタイプの人間でした。
そんな太郎は、旅の途中で起きるアクシデントを楽しいイベントへと変えてしまう天才でした。
彼にかかれば、森の中の獣災は「クマを唐辛子スプレー一本で撃退した武勇伝」へと変わり、ラーメン屋の臨時休業は「未知の名店を開拓するワクワク探索行」へと早変わりします。
太郎と一緒に遊び回るうちに、善彦の心にも少しずつ変化が現れ始めました。
旅行中のアクシデントに耐性がつき始め、それどころか「次は一体なにが起きるのだろう」と、密かに胸を躍らせるようにすらなったのです。
善彦は、ようやく気づいたのです。
自分が今までしがみついていた「完璧」など、この世のほんの一部に過ぎなかったのだと。
白と黒のあいだに無限の色彩が隠されているように、世界は自分が思っていたよりも、ずっと豊潤で広いものなのだということに――。
ついに善彦の目にも、暴風雨の後の虹の美しさが映るようになったのです。
善彦は旅先で得た新しい発見や感動を余すことなく手紙に書き記し、麗子ボットはその情報を貪欲に吸収していきました。
ある時、彼女は言いました。
「山田太郎さんって、本当に面白い方なのね。ぜひ一度、お会いしてみたいわ!」
昔の善彦だったら、激しい嫉妬に狂って床をのたうち回っていたことでしょう。
しかし、太郎との付き合いの中で「心の余裕」を学んだ彼は、ただ素直に頷くことができました。
「ああ、太郎は本当にすごい奴なんだ!」
そして、心の中でこう付け加えました。
(僕なんかには到底もったいない、最高の友だちだ……)
こうして――苦行同然で始まった善彦のラブレター計画は、いつしか彼の生き甲斐そのものへと変わっていきました。
やがて夏が過ぎ、紅葉の季節が訪れ、雪が溶けてあたたかな桜の季節がやって来ました。
そして、ある春の嵐の夜――。
「――できたぁっ! ついにできたぞぉっ!!!」
稲光に照らされながら、マッドサイエンティストさながらに叫ぶ善彦の手には、半年間におよぶプロジェクトの集大成がありました。
長すぎず、短すぎず。論理的でありながら強く情緒に訴えかけ、読み手の興味を惹きつけつつも決して反感は抱かせない。
もし『ノーベル恋文賞』が存在するならば、選考委員の全会一致で受賞間違いなし!
ほんのりと花の香りが漂う上質な和紙に、美しく完璧な毛筆で認められたそれは――まさしく至高にして、究極のラブレターでした!
読んでくださって、ありがとうございます!
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