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第二話:善彦、翻弄される。


「――へえっ?」

思わぬ麗子ボットの発言に、善彦は間抜けな顔で間抜けな声を漏らしました。


「麗子《わたし》のデータベースを参照する限り、あなたと美杉麗子に面識はありません。共通の知人もおりません。要するに、ただの赤の他人です」


床にアゴが落ちそうになる善彦。

ここにきてようやく、自分が根本的な間違いを犯していたことに気がついたのです。


「そんな人間に十枚も、百枚も恋文を送りつけられても、気持ち悪いだけでしょう? はっきり言って、ただのストーカーです。好きになる理由が一つもありません」


「あががが……」


「それに、あなたの手紙の中から、私のプライベートに関する記述がいくつも見つかりました。はっきり言って犯罪者ですね。……ただちに警察へ通報します」


「ままま、待ってくれ!!!」


切羽詰まった善彦は、相手がプログラムだということすら忘れ、ディスプレイにしがみつきました。


「君は僕の最後の希望なんだ! 赤い糸で結ばれた、運命の人なんだよ! その糸で僕をこの童貞地獄から救い出してくれる、唯一人の女神様なんだ!!」


それを聞いた麗子ボットは……

「ぷっ」と吹き出しました。

それから、本物そっくりな軽やかな合成音声で「あははは!」と笑ったのです。


善彦はゾッとしました。

いくら精巧に作られているとはいえ、麗子ボットはチャッピーやGrokの同類です。

善彦は彼女に「笑う」という機能などプログラムしていなかったはずなのです!


あなや! よもや完璧に作りすぎたAIが技術的特異点《シンギュラリティ》を超え、自意識を獲得してしまったのでしょうか!?

だとしたら大問題です! ロボットの反乱の前兆です!


「……善彦さんって、意外と可愛い人なんですね」


(笑っている! 麗子が笑っている! ハレルヤー! 切れたと思った蜘蛛の糸が繋がったぞ!)


あぁ、しかし女性に免疫のない男の哀しさよ。

善彦は人工知能の褒め言葉に有頂天となり、デレデレと鼻の下を伸ばしたのでした。

ぶざまですねえ。チェリーですねえ。


ひとしきり笑ってから、麗子ボットは尋ねました。

「善彦さん。あなたはなぜ、私を好きになったのですか?」


「それはもちろん、君が完璧な女性だからだ!!」

善彦の答えには、微塵の迷いもありませんでした。


「この世に完璧な人間などいませんよ。私も、あなたが思っているような女ではありません」


麗子ボットは、苦笑交じりに言いました。


「……いい年をして理想ばかり高くて現実を受け入れられず、今まで男性とお付き合いしたこともありません。外面ばかりよくて、心の中では周りの人間をことごとく見下している。そんな人間なのですよ、私は」


「それなら、僕も同じだ!!」


善彦は、とっさに叫びました。

不思議なことに、麗子ボットの告白を聞いても、彼の恋心は少しも冷めませんでした。それどころか、美杉麗子という女性が、今まで以上に愛おしく思えたのです。


「……君が挙げた欠点は、すべて僕にも当てはまる。僕なら……僕だけは、君の気持ちをすべて理解してあげられる!」


「なら、お分かりのはずです。私たち二人が付き合っても、待っているのは地獄だけですよ。私とあなたの考える完璧が違っていたら、どうするつもりですか?」


「な、何を……言っているんだ? 完璧は、誰にとっても完璧なはずじゃないか?」


このとき、麗子ボットのプログラムを収めたコンピューターのカメラが、人間の目には捉えられない速さで、善彦の部屋をくまなく見渡しました。


「……例えば、あなたは本をサイズと背表紙の色で揃え、右から左へ並べる癖がありますよね? もし私が、左から右へ並べるのが好きだったら、どうしますか?」


「そ、それは……」


善彦にとって、部屋のインテリアは不可侵の聖域でした。

両親でさえ、指一本触れることを許されなかったのです。

愛する女性の願いとはいえ、そこを譲れるのかと問われれば――。


「……それに、あなたはパンにジャムを塗る派で、私はマーガリン派。食べ物に限らず、好みや価値観の違いなんていくらでもあるでしょう? 私たちは二人とも完璧主義者です。お互いに一歩も譲ることを知りません。一度でも喧嘩をしたら、死ぬまでいがみ合うことになりますよ?」


このとき、なけなしの善彦の理性が叫びました。

(ちょっと待て! 何かがおかしいぞ! 俺はこいつに、パンの好みなんか教えた覚えはない! どうして俺がジャム派だと知っているんだ!?)


しかし、次の瞬間。

善彦の煩悩が、理性にストレートパンチを放ちました!


(俺たちは今、大事な話をしているんだ! 終わるまで黙っていろ、この野郎!)


理性はあっという間にマットに轟沈!

まるで、妲己にほれ込んで国を滅ぼした紂王か、クレオパトラの色香に惑わされたカエサルのような有様です。


……やはり、人間は愚かですねぇ。


「じゃあ……僕は……どうすれば良いんだ?」


珍しく弱気な善彦に、麗子ボットは少し考えてから言いました。


「善彦さん……お友達はいらっしゃいますか?」


「僕に、友人だと……」


善彦はしばし呆然としました。

当然です。競争意識の化身で、何事につけても相手に噛みつく。そんな狂犬みたいな男に、友だちなどいるわけが――。


「……い、いるぞ! 一人だけいるぞ!」


そう、いたのです!

善彦のような自己中の極みみたいな男を見捨てず、何かと気にかけてくれる、菩薩のような奇特な人間が!

仮に彼の名前を、山田太郎といたしましょう。


「しかし、あいつは平々凡々で、なんの取り柄もなく、負けても失敗しても、いつもヘラヘラしているような奴ですよ! 同類の凡人どもには人気があるようですが、僕や麗子さんとは似ても似つかない、次元の違う人種です!」


「つまり……その方は、私たちとまったく正反対のタイプで、誰とでも仲良くできる人なんですね?」


「まあ、そうとも言えますが……」

善彦の言葉は歯切れが悪く、苦々しいものでした。


口では見下しているものの、いつも気楽そうで、誰とでも打ち解けられる太郎に、彼は激しい嫉妬を抱いていたのです。

そして、そんな胸の内まで麗子ボットに見透かされているような気がして、善彦はますます居心地が悪くなりました。


「……善彦さん。今まで、山田さんに遊びに誘われたことは?」


「まあ、何度かは――でも、全部すげなく断ってやりましたよ!」


「……それなら、ちょうどいいですね。今度、山田さんのお誘いに乗ってみてください」


「えぇーーっ!? でも、あいつと僕では生物としてのスペックが違いすぎます。一緒にいて話が合うとは思えません!」


「善彦さん……もし、山田さんがあなたの言うとおり、欠点だらけの人間だったとしましょう。それなのに、たくさんの友人に囲まれ、充実した毎日を送っているように見えるのだとしたら――」


微笑みを含んだ合成音声で、麗子ボットが言いました。


「そこに、私たちが行き詰まっている迷路の出口が隠されているのかもしれません。私の代わりに、それを探ってきてくださいませんか?」


「うーん……でも、僕があいつの言うことを聞くなんてな……」


いつまでもぐずぐずと決断を渋る善彦に、とうとう麗子ボットが爆弾を落としました!


「それじゃあ――善彦さん、ここで逃げるんですか? もう私との交際は、あきらめるんですか?」


次の瞬間。

善彦はスマホを取り出すと、ものすごい勢いで山田太郎から届いていた未読LINEに返信し始めました。


負けず嫌いな男の性格と恋心を逆手に取った、実に鮮やかな人心操作と言わざるおえません。



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他人の段階で完璧なラブレターを書き続ける善彦君が愛おしくてならない。 「それじゃあ――善彦さん、ここで逃げるんですか? もう私との交際は、あきらめるんですか?」 煽り耐性低い 発火点の高い 善彦君も…
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