45_皆さん、お水をどうぞ
スカーレットと同じ空間で動き回ることになるので、念のためいつもとは違う髪型にしておく。
髪は人の印象の大部分を決めてしまうとも言うし、これでパッと見いつもの私とは違う人物に見えるだろう。私がステラであることはそもそもバレないとは思うけど、念には念を入れて、である。
いそいそと髪を結びなおしている私を見てさらなる変装をしようと考えていることが分かったのか、シルヴァン様が近づいて来た。
「髪型だけではなく、髪色も変えておく方が良いだろう。ちょっとごめんね」
そうして私の髪の毛に指を通す。
すると、まるで温かい風が髪を撫でたような感覚のあと、私の亜麻色の髪が一瞬で艶やかな紫髪に変わっていた。
「わあ!すごく素敵な色……!」
「勝手に決めちゃってよかったかな?」
「もちろんです!私の瞳の色にも合いますし、何よりシルヴァン様の目の色とお揃いで嬉しいです!」
そう伝えると、シルヴァン様のアメジストの瞳が揺れる。
「……そう言ってもらえると嬉しいよ」
「はい!それでは、準備します!」
いそいで近くの厨房へ入る。
しかし。
「ええっ!飲み水がない……!」
そっか、もうすでに苦しむ人達に配られてしまったあとなんだ……!
「そうか、水に解毒剤を混ぜて飲ませるつもりなんだな?それなら僕に任せてくれ。ステラはグラスをできる限り多く用意して」
「あっ、もしかして……!わかりました!」
私はすぐにグラスを並べていく。すると、シルヴァン様がその中に魔法で飲み水を次々に注いでくれた。
そうだったそうだった、さっきも毒を飲もうとした私に、こうして魔法で出したお水を飲ませてくれようとしていたんだった。
水魔法……良すぎる。私も魔法で人が飲める水を出せるようになりたい!
新たな目標ができる中で、水の準備もばっちりとなった。
私は急いでその中に解毒剤を入れ、マドラーで混ぜていく。念のため、魔力を使って撹拌し、しっかり混ざっていることも確認できた。
「これでよし!」
水を持って戻ると、ちょうどスカーレットが魔法を放ったところだった。
キラキラと淡い光があたりに広がっていく。
ひょっとして、一人一人に浄化魔法をかけるんじゃなくて、この空間にいる人全員にいきわたるように一気にかけたの?すごい、もうそこまで能力を使えるようになってたんだ。
それならきっと解毒魔法も使えたよね。次にもしも何かあったら、スカーレットにはまず状況説明を正確にするようにした方が良いって殿下に伝えておこう。最初から『毒で次々に倒れて行っている』ってスカーレットが把握しておいてくれたらこんなにこそこそする必要もなかったんだし。
まあ、次なんてないのが一番いいけど。
その場に横たわっている人や、壁に背をつけて座り込んでいる人達を見てみる。顔色はやっぱり悪いまま。
「皆さん、今浄化魔法をかけました。すぐに楽になりますよ!」
スカーレットはにこやかにそう告げると、他の毒に侵された人達が寝かされている部屋に向かっていった。
その隙に私は水を運び、まだまだ苦しんでいる人達の元へグラスを持っていく。
「このお水を飲んでください。殿下からの指示です。体力が奪われているので、まずお水を飲んで、少しして落ち着いたら何か食べてくださいね」
「あ、ああ、ありがとう……」
いざという時の『殿下の指示』!実際には殿下には事後報告になるけど、今回別行動をとる前に何かあったら名前を使ってもいいと特別に許可をくれたのだ。よく考えるとただのメイドに名を使う許可をくれるなんて破格の対応だよね。殿下としても苦肉の策なんだろうけど。
……あ!だからシルヴァン様がついていて手伝ってくれているのかな!?さすがに私一人で勝手に名前を使うなんて許可できないか。納得納得。
お水を受け取った騎士様はなんとか体を起こすとゆっくりと水を飲んだ。よしよし、辛そうだけど、なんとか水は飲めそうね。
「ああ……ようやく魔法が効いたようだ。一気に痛みも苦しみも消えた。すごいな、浄化魔法!」
お水を飲みほした騎士様は話しているうちにみるみる元気になり、頬を紅潮させて興奮している。
うん、解毒剤も問題なく効いている!
そのことに安心しつつ、次々とお水を配っていった。
「はあ、やっと治った!」
「あんなに苦しかったのに、もうなんともない!浄化魔法の効果ってこんなにすごいんだ」
「最初、聖女様がいなくなってからも全然治らなかったから、自分だけは魔法が効かなかったんじゃないかってちょっと絶望しちゃったよ」
「わかる!すぐに効くのかと思ってたからちょっと不安になったわ。浄化魔法って効くまでにタイムラグがあるんだな」
すっかり元気になった騎士様やメイドたちが口々に話しているのが聞こえてくる。
本来、浄化魔法が効くまでにタイムラグは多分ないと思う。浄化魔法では症状が改善せず、水を飲んだことで解毒剤を飲むことができて治ったから時差があったわけだけど、黙っていればバレないはず。
スカーレットが魔法をかけた人達に水を配り解毒剤を飲ませることを繰り返し、やっと全ての人達の解毒が終わったようだった。
魔法をかけて回ったスカーレットが満足げに元気になった皆を眺める。
「よかった。これで安心ですね。これからも何かあれば私がすぐに助けます!」
スカーレットが微笑みながらそう言った瞬間、ワッと歓声が上がる。
私はというとちょっと罪悪感を抱いていた。バレてないとはいえ、スカーレットの浄化魔法を無駄打ちさせてしまったようなものだし。
絶対に絶対に次があればスカーレットが正しく活躍できるように、殿下に今回のことをしっかり共有して報告体制を整えてもらおうと誓った。
◆◇◆◇
聖女の魔法に誰もが驚き、感激している中で、ぶつぶつと独り言が落とされる。
「へえ、まさか聖女様の力がこれほど強いとは……強い毒を使ったから、何人かは死ぬかもしれないと考えていたのに、あっという間に全員が治ってしまったなあ。最初に毒の症状を『呪いだ』と言い出した時はただの無能かと思ったが。まあ、毒と呪いの違いは知らぬ者には分かりにくい。それよりも、浄化魔法で解毒までしてしまうとは、それほど強い聖魔力で魔法を行使したということだ。そうでなければ、こんな奇跡はあり得ない……これまでそのような素振りはなかったように思うが、有事に力を発揮するタイプなのかな?」
誰の耳にも届かぬ小さな声で思考を整理しながら、声の主である”誰か”は、予想以上に強い今代聖女の力に感心していたのだった。




