38_苦労人シルヴァン(シルヴァン視点)
──シルヴァンは王太子殿下の執務室で不貞腐れていた。
おまけに机に突っ伏している。
「シルヴァン!いい加減機嫌を直せ。私の執務室でそんな負のオーラを放つのはやめろ。というかシャキッとしろ!」
王太子ハウイルドは嫌そうに声をかけるが、シルヴァンは唸り声をあげるばかり。
そして嘆きはじめた。
「ステラが手ごわすぎる……!こんなに僕が接触しても顔色ひとつ変えずに平然としているなんて、ひょっとして僕は男として全く意識されていないのか……!?」
「私がせっかくいいアシストをしたのに、お前はそれを全く活かせていないようだな」
ハウイルドはため息をついた。
(少し前までの私のように行動を間違えているわけでもないと思うんだが……)
ステラのためにあれほど避けていた聖女スカーレットとの接触を受け入れるようになったシルヴァンを見かねて、せめて同じだけステラにも会いに行けるように誘導した。あの時のシルヴァンの嬉しそうに輝かせた目はなかなか忘れられそうにない。
シルヴァン自身もヘタレてそのチャンスをまざまざと無駄にしているわけでもなく、『魅了の魔力対策』という口実のもといい感じで距離を縮めてはいるらしい。
抱きしめたり膝の上にのせたりしていると聞いて、ハウイルドは『思ったより積極的にいける奴だったんだな』という感想を抱いたほどだ。
しかし、相手が悪かった。まさかステラがこれほど鈍いとは、ハウイルドもシルヴァンも思っていなかったのである。
「最近ではランディ殿まで討伐や実地訓練がなければ僕と同じようにステラに毎日のように会いに行っている!遠征後は必ず真っ先にステラの元へ行っているようだし……殿下、想像できますか?意識されないどころか僕とのハグを心から『効率のいい魅了の魔力対策』だと信じ込んだステラが、あろうことかランディ殿にも同じようにハグしてやっている姿を目撃してしまった僕の気持ちが……!」
「それはそれは……」
たしかに可哀想すぎるかもしれない。
それを疑問にも思わず受け入れてステラ嬢を抱え込んでいるランディを見た時は、ハウイルドもまあまあ驚いた。一緒にいるシルヴァンの恐ろしいほどの嫉妬のオーラにドン引きする気持ちの方が強かったが。
「まあ、ランディは真っ直ぐな奴だ。何も考えずに言われるがまま『そうか』と納得して受け入れているだけなんだろうがな」
「万が一下心があればうっかり風魔法で切り裂いていたかもしれません」
「絶対にやめろよ?」
普段は理性的なシルヴァンだが、今ならばやりかねない。ハウイルドからすればシルヴァンがこんな風になること自体が意外過ぎて、面白いほどだった。
「大体、口臭チェックと言ってとんでもない近距離で会話しているのを見た時だって卒倒するかと思いました。それを咎めると心底不思議そうな顔で『シルヴァン様とももう少し距離を置いた方が良いですか?気づかずすみません』とか言い始めるんです。何を言ってもどう動いてもなぜか微妙に勘違いされてしまう……!」
「ははは。そういうところはたしかにあるな。自己肯定感の低さなのか?いや、しかし卑屈な様子があるわけでもないが。ただ本気で『そういうことはありえない』と考えもしないというか」
「そうなんです!ステラは自分の評価に疎い。僕は知っているんですよ。下級メイドとして王宮に入ったばかりの頃から彼女は人気だったということを」
衛兵たちの間で噂になっていた。仕事ぶりも愛想もよく可愛いステラ、と。
おまけにステラは自分自身の魅力に対してのみならず、自身の有能さも正しく理解できていないようだった。
それなりに仕事を頑張っているという自負はありそうだが、やっていることの異常さがまるで分かっていないのだ。
危うすぎて、目を離せない。
ステラのかけている大きな眼鏡は顔の印象をぼやけさせている。おそらくそういう魔法がかかっているものだとシルヴァンにも分かっていた。
最初はそれを不審人物が王宮に入りこんだのか?と少しだけ警戒したものだ。
しかしステラと関わる中でそれはなさそうだとすぐに分かった。
聖女スカーレットとの関係とステラのこれまでの生活の話を聞いて、聖女に正体がバレたくなかったからなのだと納得した。
ところが、その眼鏡でも隠せないほどにステラは愛らしいのだ。
眼鏡にかけられた魔法は完璧に印象を隠すものではなく、きちんとその者と向き合って意識をむけていると、徐々にその魔法の効果が薄れていくものだった。
具体的に言うと、ステラの働きぶりと愛想に好印象を抱いて、『この者のことをもっと知りたい』と思った途端に、その可愛さに気づき始めてしまうのだ。
多分、ランディもすでにステラの可愛さに気づいているだろう。
こちらも色恋ごとに疎いようなので、だからと言ってなんの意識もしていないようだが、いつ恋に目覚めるとも分からない。その危険性はある。
「それまでに、できることなら僕がステラにとって一番近い存在になっていたいのに……!」
「まあ、すでにかなり近しい存在だとは思うが。一番はなかなか難しいかもしれないな。私のアンジェリカが強すぎる。アンジェリカのステラへの溺愛と、ステラのアンジェリカへの懐き具合は私も少し嫉妬するほどだ」
「くっ」
最近はスカーレットの信望者であるメイドや神官ザエルのようにステラにつっかかる者も多いせいで、ますますステラに自分の評価を見誤らせている節はあるが……つまるところ、ステラはなかなかの人たらしなのである。
シルヴァンの苦労はまだまだ続きそうなのであった。




