35_シルヴァン様がお疲れです
王太子殿下の執務室に入室した私は、先に中にいたシルヴァン様の顔を見て、驚きのあまり思わず悲鳴をあげそうになった。
「失礼します……って、シルヴァン様!?一体どうなさったんですか?なんだかとんでもなくお疲れみたいですけど」
いつもどれだけ忙しそうでも飄々としているシルヴァン様の顔がげっそりしている!
「ああ、ステラ。うん、ちょっとね……」
言いよどむシルヴァン様の代わりに、王太子殿下が答えてくれた。
「ははは、シルヴァンは最近、聖女スカーレットとの関わりが急激に増えて心労でぶっ倒れる寸前なんだ」
「殿下……」
「そうなんですか!?」
渇いた笑いを零しながら教えてくれた王太子殿下を、ほんのり咎めるような声色のシルヴァン様。だけど覇気がなくて弱々しく、止めるまで至っていない。声も疲れているわ。
だけど、あれ?シルヴァン様ってスカーレットが苦手だからさりげなく関りが少なくなるようにかわしているんじゃなかったっけ。
なんだかモヤっと胸の奥がざわつく。
「お前は黙っていたいのだろうが、ステラ嬢も知っておいた方が良いだろう。知っていることは備えになる」
「う……」
「なんですか?」
シルヴァン様はどうやら私にはあまり言いたくなさそうなご様子。
だけどそんなことを言われるともちろん気になる。
結局、ためらうシルヴァン様にお構いなく続ける殿下は少しため息交じりで。
「聖女が最近、ステラ嬢の存在を強く意識しているようなんだ」
「えっ」
そ、それは予想外過ぎる。背中がひやりとした。
「どうやら私のお気に入りのメイドがいるらしいと耳にしたようでね。アンジェリカについたと思ったら突然私付きのメイドになったうえ、先日神官ザエルにステラ嬢に突っかかったことについて抗議したことがあだとなったらしい。私のせいだ、すまない。アンジェリカのことを意識するのはともかく、まさかメイドについても気にするとは思わなかったんだ」
……スカーレットなら普通に気にする。私には分かるけど、殿下からすると聖女ともあろうものがメイドにまで敵意を抱くとは思わなかったんだろう。
というか、ザエル様に抗議してくださっていたのも知らなかったわ。
「もちろん、ステラ嬢の正体に気づいているなどというわけではないからそこは安心してほしい。ステラ嬢の名前を知られないようにそれとなく手も回した。今はどんどん忙しくなっているところだから、そのうちそれどころではなくなってどうでもよくなるだろうと踏んではいるんだが、いかんせんしばらくは聖女の意識を他にそらしたいのだよ」
「……えっ?まさか、私から意識をそらすためにシルヴァン様が気を引いてくださっているってことですか?」
一瞬遅れて気づいた事実に衝撃を受ける。
さっきシルヴァン様がスカーレットと関わることについてモヤっとしちゃったけど、私のせいじゃあないの!
「まあわざわざ気を引くっていうか、聖女の目がこれ以上ステラにいかなければいいなと思ってこれまでのようにあまり拒絶するのはやめて、まともに対応するようにしているだけなんだけどね……なんだかどんどん僕のところに来る頻度が上がっていて、さすがにちょっと疲れているかな」
顔色的にはちょっとどころじゃなさそうだ。
どうやら、これまではあまり相手にしないからこそたまーにシルヴァン様に遭遇したときに話しかけたり接触しようとしたりするくらいだったスカーレットが、相手にしてもらえるとなったらどんどん積極的にシルヴァン様に会いに来るようになったらしい。
事情は分かったけど、それでこんなにも疲れ切った様子になるなんて、シルヴァン様にかなり無理させているんじゃないだろうか。
それに、私のために気を引いてくれていると分かっても、やっぱりちょっとモヤモヤする。
なんて思っていると、殿下が思わぬことを言いだした。
「そうだ、魅了の魔力の影響も気になるところだし。シルヴァンは聖女と会う頻度が上がった分、なるべくステラ嬢にも会いにいくようにした方が良いのではないか?」
「え?」
なんで私?
「魅了の魔力は接触の積み重ねでどんどん強くなり、影響が出る頃には可視化できるほどになるのだろう?ならばその都度浄化ができるステラ嬢と接触すれば対策になるとおもうのだが」
殿下の言葉に、シルヴァン様がパッと表情を明るくさせる。
「たしかに、それは名案ですね!魅了の魔力の予防にもなるし、僕の心も癒されるし。ステラ嬢、いいかな?」
んん?ちょっと意味が分からない部分もあったけど、とにかく魅了の魔力を防ぐために私と会うのが重要ってことよね?
「もちろんです!私でお役に立てるなら嬉しいです」
「ありがとう、役にしかたたないよ!それじゃあ早速お言葉に甘えて」
「?って、ええっ?」
なんだかよく分からない反応に首を傾げている私を、シルヴァン様がおもむろに抱きしめてくるではないか。
「はー落ち着くな。ステラ嬢は全身に浄化効果があるのかな?」
「ど、どうしてハグです!?」
まさか、スカーレットはこんな風にシルヴァン様に抱き着いたりしているのか!?
「だって、どこにどう魅了の魔力の影響が出てくるか分からないだろう?それならこうするのが一番広範囲に効果がありそうじゃない?前は触れられていた肩にホコリみたいな魅了の魔力がついていたわけだし。ああ、もちろん今は決して指先一本も触れないようにしているけど、殿下は顔を合わせるだけで汚くなってたわけだし」
「そ、それはたしかにそうかも?」
「おい、汚くなっていたという言い方をするのはちょっとやめてもらえるか?傷つくんだが」
触れていないということになんとなくホッとしていると、抱きしめられて慌てる私を見て笑っていた殿下が顔をしかめてシルヴァン様の言い方に抗議していた。




