34_お気にいりのメイド?気に入らない(スカーレット視点)
「あれ?ザエル、難しい顔をしてどうしたの?」
スカーレットが部屋でくつろいでいると、しばらく姿を消していた神官ザエルが戻って来た。
しかしザエルの表情は浮かない。珍しく、どこか不機嫌を滲ませた顔だ。
「王太子殿下に厳重注意を受けました」
「どうして!?」
穏やかではない答えにスカーレットは驚く。ザエルは聖女であるスカーレットのために王宮に滞在している。だから、スカーレットと同様、王宮内でかなり自由に過ごすことが許されていた。
そんなザエルが厳重注意?一体何をしたのだろうか。
よほどのことでなければ、スカーレットの手前、目こぼしされるはずなのに。
「とあるメイドが黒猫に危害を加えようとしていたので、詰め寄ったのです。しかし、それが事実無根の糾弾だったとされたようで。私はスカーレット様のために常駐を許されているものの、メイドに対して何かを決定したり罰を与えようとする権利はないと厳しく申し渡されました」
(黒猫?ザエルってば、猫が好きなのかしら?いや、そういえば黒い生き物って神聖なんだっけ?)
スカーレットは動物に興味がないためどうでもいいが、ザエルにとっては重大なことだったのだろう。
そう納得はしたものの、どうにも腑に落ちない。
「だけど、どうして王太子であるハウイルド様が、一介のメイドのためにザエルに注意までするのかしら?」
「そのメイド、どうやら最近王太子殿下に気に入られているようでして」
「……ハウイルド様のお気に入り?」
スカーレットは眉をぴくりと動かし、お気に入りという言葉に反応する。
そういえば、最近突然王太子殿下つきになったメイドがいる、と自分の側にいるメイドたちも噂していなかっただろうか。
「わざわざお気に入りのメイドを庇うために、私のために存在するザエルを怒ったってこと?なにそれ」
思わず不満を独り言ちる。
王太子ハウイルドのお気に入り。スカーレットは気に入らない。
王宮から追い出してやろうか?いや、しかし殿下付きのメイドとして調子にのっているのなら、あえて立場を悪くして惨めな思いをさせてやるのも悪くない。
イライラしながらも、そろそろまた訓練の時間だ。
聖魔法の練習のために二階の廊下を移動していると、窓の外から少し離れた場所にいるランディの姿が見えた。
……メイドと一緒にいる。それも、かなり距離が近い。
(私のランディなのに、メイドごときがあんな距離で話しているなんて!)
スカーレットが衝撃を受けていると、視線の先に気づいたザエルが教えてくれた。
「ああ、あのメイドです。王太子殿下のお気に入り。ふうん、騎士にも近づいているんですね」
……あいつか!
顔を見てやりたかったが、離れている上に角度が悪くてよく見えない。唯一確認できる髪色が奇しくステラと同じ亜麻色で、それがさらにスカーレットの神経を逆なでする。
ステラ。目障りな義妹。スカーレットが聖女になるという最高の形でステラを追い出すことができたのに、今度はメイドだなんて。
(そういえば、最近ランディは前よりも私に会いに来てくれる頻度が少なくなったような気がする)
あのメイドがランディのこともたぶらかしていたのかと合点がいくと、いよいよ苛立ちは最高潮となった。
「黒猫がどうとかはザエルが直接注意を受けたならもうそれを理由にハウイルド様にあのメイドの文句を言うのはちょっと難しいわよね。でも、いいわ。何かあればそれを理由に絶対に王太子殿下付きから引きずり降ろしてやる」
王太子付きは栄誉ある立場だけれど、問題を起こして外されたとなれば一気に最底辺のメイドとなるだろう。下働きに落とされたりしたら面白すぎる。
そこそこの貴族出身ならスカーレットにも分かるが、そうではなくてメイドをしているなら名前も聞いたことがないような低位貴族か平民だろう。王宮から追い出したとしても、身の丈に合った平凡でつまらない幸せを手にして終わりかもしれない。
それでは駄目だ。スカーレットの機嫌を損ねたのだから、惨めで死にたくなるような思いをさせてやらなければ。
名前くらいは知っておきたかったが、ザエルは知らないようだった。
他のメイドに探りをいれてもいいかもしれない。そんなメイドを気にしていると思われるのは癪だから、さりげなくやらないと。
(まあ、そんなに調子に乗っているメイドなら、すぐに追い詰めるチャンスが来るわよね)
あえて一時の幸せを堪能させてやるのも悪くない。そうすることでそれを失った時の絶望もより引き立つというものだ。
その時のことを想像して楽しくなりながら、スカーレットはもう一度メイドを睨みつけるとその場を立ち去った。
◆◇◆◇
ザエルは、自分のことを人の顔色や感情の機微には聡い方だと思っている。
だから、もちろんスカーレットが聖女らしからぬ性格をしていることにも当然気づいていた。
ただ、ザエルにとって聖女か聖女じゃないかが重要であり、その人となりなどどうでもよいことだった。
聖女を聖女たらしめるのは人柄ではなく、その特別な能力なのだから。
幼き頃、聖女の誕生を確信したあの日から、ザエルはずっと、いつか来る日に聖女の側に侍ることができるように、考えて考えて考えて生きてきた。
──いつか、自分が救われる日を願って。




