32_とんだ冤罪ですけど!?
次の日、仕事の合間にもう一度猫ちゃんの様子を見に行ってみた。
いなくなっているかもと思ったけれど、猫ちゃんは昨日と同じ場所でごろごろとくつろいでいた。
そっと近づいてみるけれど逃げる様子はないので、その体をひょいと持ち上げ、体中を確認する。
「うん、すっかり元気になっているわね!」
「にゃー!」
猫ちゃんは昨日私と会ったことをちゃんと覚えているのか、ご機嫌に喉を鳴らしながら私の顔にごつんごつんと頭をぶつけてくる。
ふふ!この子、すっかり私のことを好きになってくれたみたい!可愛い!
座り込んで猫ちゃんとしばし戯れていると。
「そこで何をしているの?」
突然冷たい声が降って来た。
「え……と?」
猫ちゃんに夢中になっていてすぐそばに人が来ていたことに気づかなかった。
私を見下ろしているのは……誰だこれ?
白い装束。文官でも騎士でもない。
この服、ひょっとして神官様なのかな?
王宮にいる神官様といえばスカーレットのために常駐している人じゃないだろうか。
そんな人が一介のメイドである私に何の用だろうと疑問に思っていると、神官様は私を強く睨みつけた。
「お前がその黒猫を傷つけた犯人?」
「え?」
あまりにも予想外過ぎて、一瞬何を言われているのか理解できなかった。
「昨日、その子が瀕死の重傷を負っているのをこの目で目撃した!以前お前が気配を消してスカーレット様を不躾にじっと見ているのも見たことがあって警戒していたけど、まさか神聖な黒猫を攻撃するなんて!その猫を今すぐはなせ!」
「ええっ!?」
今、この黒猫ちゃんが元気なのは見て分かるよね?怪我がすっかり治った猫ちゃんと遊んでいるだけなのに、どうして私が傷つけた犯人だなんて誤解がうまれるの!?
とんでもない言いがかりにびっくりしていると、神官様はすぐに言う通りにしない私にさらに苛立ち始める。
「傷ついた猫を聖女スカーレット様が治してくださったんだ!もう二度と傷つけさせはしない!猫をはなさないと言うなら、痛い目を見てもらうことになるよ」
待って待って!?私の頭の中にはしっかりと昨日猫ちゃんを治癒した記憶があるのに、その手柄がスカーレットのものになっているわよ!?
まあでも、そりゃそうか?今の王宮の中で、突然怪我が治っていれば、スカーレットが治癒魔法を使ったと思うのは当然かもしれない。
私みたいなただのメイドが治癒魔法を使えるとは思わないだろうし。
「私は宣言したよ?はい、じゅうー、きゅうー、はちー!ななー!」
わ、私に痛い目を見せるカウントダウンが始まってしまった!?
とにかく危害を加えるつもりはないのだとアピールするためにも慌てて腕の中の猫ちゃんをはなそうとする。
しかし!猫ちゃんは神官様の異様な雰囲気に怯えてしまっていて離れるどころかむしろ私にしがみついてくる!爪を立てて絶対に離れてたまるかという強い意志さえ感じるわ!
い、痛い!必死過ぎて爪が肩にまで食い込んでいる!あああ、尻尾もボワボワになっちゃっているじゃないの!
「ま、ま、待ってください!?私は離すつもりがあるんですけど、猫ちゃんの方が私から離れたくないみたいで……!」
「ろーく!ごー!よーーーーんッ!」
「ぎゃあ!カウントを早くするのはズルじゃないですか!?」
カウントを刻みながら、神官様は私に向かって手を翳す。何か魔法を使って攻撃しようとしているのは明白だった。
正直、魔法で防御したり、攻撃を跳ね返したり、はたまた神官様より早くこちらから先に攻撃して無力化することだって可能だ。
(だけどそんなことしたら確実にスカーレットに話しが伝わる……!)
そうしたら絶対、絶対に私のことを見に来て、ネチネチと目の敵にしはじめる。スカーレットのことだ、絶対にそうする。
それでもしも私の正体がバレたら?待っているのは国外追放にちがいない!
(それはだめ!)
いや、やられたふりをして防御魔法を一瞬だけ展開して身を守りつつ、幻影魔法で瀕死の重傷を負ったように見せかける?これは死にかけの私を助けてくれた冒険者が、次に命の危険を感じた時にどうにかその場を乗り切れる可能性をあげるためと言って教えてくれた方法、通称死んだふり作戦だ。
……いける。いける気がする。私はどちらかというと力押しで強引にどうにかするタイプで緻密な魔力操作は苦手だから、実際にやったことはないけど……理論上はいける!
ちょっとでも魔法を使うタイミングがずれれば多分バレる大博打。だけどもうこれしかないと覚悟を決めた時だった。
神官様が「さん」のカウントを口にしようとした瞬間、足元の草をすべて巻き上げてしまうほどの突風が吹く!
この風は、ひょっとして……。
「ステラ!大丈夫かい!?」
うわああ!救世主様!
風とともにさっそうと現れ、私を庇うように神官様との間に立ちはだかってくれたのは、予想通りのシルヴァン様だった。
小声で私を気遣ってくれると、すぐに神官様の方に向き直る。
「魔術師の副団長様がどうしてここに?それより、どいてくれますか?そのメイドは黒猫を傷つけた危険人物です」
「……一体どうしてこんなことになっているのかは全くもって不明だが」
ええ、ええ。不明ですよね。私にも不明です。
シルヴァン様は状況を飲み込めないまま私をちらりと見るけれど、神官様が口にした黒猫が私にしがみついているのを確認すると、すぐに神官様に視線を戻す。
「このメイドが黒猫を傷つけたところを神官殿はその目で見たのだろうか?見たところ、黒猫が怯えているのは神官殿に対してであり、メイドに守ってもらおうと縋っているように見えるが?」
「……たしかに、傷つけるところを直接見たわけじゃない。ただ、怪しすぎるメイドが聖女様に治癒してもらったばかりの猫に接触していたら、疑うのは当然のことじゃないですか?」
「疑わしいからとすぐに罰していては、世界は犯罪者ばかりになるのでは?」
「……」
神官様はそれ以上何も言えないようで黙り込む。さっきまで頭に血がのぼっていたようだったけれど、少し落ち着いたのかもしれない。
「そうですね、犯罪者を増やすのは神殿の教えに反する。私が間違っていたようです。……しかし、これからも怪しい者の行動は注意しておくつもりなので、間違った行動はしないように」
最後にもう一度私を睨み、神官様はその場をあとにした。
あれ、全然納得していない顔だったわ!証拠がないから見逃すけど、私がやったと確信しているような目だった。やってないのに。
すっかり危険人物だと思われてしまったようだ。
これ以上面倒くさいことに巻き込まれなきゃいいけど……。




