31_傲慢男かと思いきやとっても繊細ですね?
王太子殿下付きのメイドは複数人いるため、四六時中殿下のお側についているわけではなく、その他の仕事をしている時間も多い。
特に、魅了の魔力を感知できる可能性があるのは今のところ私だけなので、王宮内を動き回っていても不自然じゃない仕事を多く与えてもらっていた。
ちなみに『感知できる可能性がある』なんて曖昧な表現なのは、ランディ様の時のようにすぐにそうとは気づけないような症状として出現する場合もあるかもしれず、絶対に気づけるとは限らないからである。
今日も王宮の一階渡り廊下を移動していると、どこからか微かに、か細い声が聞こえてきた。
これは……猫の鳴き声だわ!
王宮の誰かがご飯を与えているのか、飼っているのか、はたまた迷い込んでしまった野良猫かは分からないけど、今にも消え入りそうな声で必死に鳴く様子はとてもじゃないけど無視できなかった。
渡り廊下を逸れて、生垣の向こうを覗きこんでみる。
「お!ここにいたのね。よーしよしよし」
鳴いていたのは黒猫だった。素敵な毛色!
一般的に黒い毛を持つ動物や鳥などは魔力を宿していると言われて、神聖な生き物として大切にされている。
魔物なんかも黒い個体は強いやつが多いんだよね。
「あれ?お前、怪我をしているの?」
よく見ると体中のあちこちが傷つき、血が出ている。
だからあんなに一生懸命鳴いていたのね。
「自分で助けを呼べるなんてとっても賢くていい子ね」
頭を撫でながら治癒魔法をかけると猫ちゃんの怪我はあっという間に治っていく。メイド服のスカートを水魔法で少しだけ濡らし、毛についてしまった血を優しく拭ってあげた。
「よし、これでもう平気ね。よく頑張ったね」
「にゃーん」
腕の中でゴロゴロと喉を鳴らす猫ちゃん。大満足の結果だ。
こういう時、治癒魔法を使えるようになっていてよかったと思う。
まあ、食い扶持に困って魔物を狩るようになったばかりの頃に死にかけてから、このままじゃ命がいくつあっても足りない!と思って街の治療院に通い詰めて教えてもらって必死に練習したんだけど……。
あの時、たまたま通りがかった冒険者のお兄さんが助けてくれたんだよね。
「もう怪我しないようにね。遊んであげたいけど、私まだまだ仕事中なの。また来るから」
そう約束してその場を後にした。猫に癒されていい気分だ。
そしてやっぱり、いい気分になっている時ほど油断大敵なのである。
「ハッ!」
私は慌てて柱の向こうに姿を隠した。
少し先に……スカーレットがいる!後ろ姿だけど間違いない、あの赤い髪はスカーレットだわ!
そして一緒にいるのはなんとランディ様だった。
「ねえランディ。最近私のお菓子をあまり食べてくれないじゃない?どうして?前はすぐに目の前で食べてくれたのに」
おっと。気になる話をしているわね。
どうやらスカーレットは手にナプキンに包んだクッキーを持っていて、廊下でばったり会ったランディ様に差し出しているようだった。拗ねたような言葉を聞く限り、ランディ様はそんなお菓子攻撃を躱しているようね。
というか、職務中の騎士様に通りすがりにお菓子を食べさせようとするとはなかなかだ。
「実は、殿下に注意されてしまったのです。職務中に菓子を食べるとは何事だ、と。俺も今すぐにスカーレット様の作ってくださったクッキーを食べたいのはやまやまなのですが……」
「ふうん。私がいいって言ってるんだから、別に気にしなくていいのにね?ひょっとして、ランディばかりずるいって思ってるのかしら?心配しなくてもハウイルド様の分もあるのに」
ポ、ポジティブ!殿下が嫉妬でランディ様に意地悪してお菓子を食べないように!って言ってるとでも思っているのか?さすがスカーレット。
でも、聖女になる前からすごく美少女であるスカーレットの望みは基本的になんでも叶えられてきた。
特に令息達はスカーレットの気を引こうとする人も多かったってよくスカーレット本人に聞かされていたっけ。具体的なエピソードつきで、困っちゃう、どうしよう?なんて全然困ってなさそうな顔をしながら。
だからそんな風に考えるのがスカーレットにとっては自然なことなのかもしれない。
ランディ様は殿下の名前を出して上手くスカーレットを宥めている。ポジティブ解釈のおかげで機嫌も損ねていないようだし。
ランディ様って直情的で素直な性格っぽいのに、意外と今まで通り振る舞うのが上手だわ。
感心していると、ぱちりとランディ様と目が合ってしまった。
(わ!)
一瞬焦るも、ランディ様は自然と目を逸らしてくれる。
危ない危ない。相手がランディ様じゃなかったら、スカーレットに会わないようにこうして隠れて様子をうかがっていることを不審がられるところだった!
「じゃあ、後で食べてね。ランディの疲れが取れますようにっておまじないをかけてるから!」
「ありがとうございます」
ランディ様がクッキーの包みを受け取ると、スカーレットはその手を自分の手で包み込む。
うわあ、あざとい!あとすごく手慣れている。
「ランディ!手に傷がついているじゃない!痛いでしょ?」
「いえ、これくらいは」
「遠慮しないで……はい!」
包み込んだままの手がふわりと光る。
あれは治癒魔法!スカーレットが治癒魔法を使うところを初めて見た。治癒魔法を使える人は聖女以外にもいるけど、スカーレットの治癒の光はなんだか今まで見たものとは光り方がちょっと違っていた。
やっぱり、聖女なんだよなあ。性格悪いけど……。
あと、たったこれだけの怪我で?と言わんばかりの顔でちょっと困惑しているランディ様が面白い。
「怪我をしたらいつでも治してあげるから、頑張ってね」
そう言って満足げに微笑むとスカーレットは立ち去っていった。
「スカーレットは護衛もメイドもつけずに出歩いているんですね」
こちらにやってきたランディ様に疑問をぶつけてみる。
「聖女様を傷つける者などいないからな。そんなことすれば近い未来に自分たちの命が危うくなってしまう。それに、最初の数日は護衛もメイドも複数はりついていたが、スカーレット様は自由気ままに過ごしたいと何度も彼らをまいたんだ。このままでは護衛もメイドも解雇せざるを得なくなるから、一人を望まれた時は誰もついて行かないことが暗黙の了解になっている」
「なるほど?」
護衛やメイドがいないということは、常に張り付いて守っている人がいないというのと同時にスカーレットの行動を完全に把握している人がいないということでもある。
王宮内でかなり自由に過ごしているのは間違いなさそうだ。
それにしても。
「あの、ランディ様?」
「どうした」
「なんだか近くないですか?」
そう!ランディ様、こちらに近づいて来たと思ったらなんだかすごく距離が近い!
たしかに話している内容はスカーレットについてだから誰かに聞かれてはまずいんだけど、ここには誰もいませんけど!?
あんまり迫られると魅了の魔力にどっぷりだったランディ様に掴みかかられたことを思い出しちゃうんだけど。そう思い少し仰け反りつつ指摘すると、なぜか頬を染めるランディ様。
「ぐ……バレたか。実は、きちんと説明を受けた後もどうにも不安でな。その、口臭が……。だから、こうして近づいてもお前が嫌そうな顔をしなければ口臭に問題がないと判断できると思って……」
言いにくそうにもじもじするランディ様に不憫な気持ちが湧きあがる。
「もう!そんなことでしたらいくらでも近づいてください!うん、全然臭くないですよ!」
距離の近いランディ様の口元にさらに顔を寄せてみせる。『もう口臭大丈夫』と初めて告げたときと同じように。
どうやらランディ様、言葉だけだとただの気づかいなのでは……と不安になっちゃうタイプらしい。最初はとんだ傲慢男かと思ったのに、可愛いところもあるじゃないか。
「私は元々においには敏感なので、ほんの少し口臭に変化が現れただけでも他の人より先に気づけると思います!」
だから安心してほしい!とどーんと胸をはる。
本当は私がにおいに敏感というか、以外には感知できないだけなんだけど。
「あ、ああ。ありがとう、すまない。これからも顔を合わせた時には確認してもらってもいいか」
「もちろんですとも!」
まあたしかに少しでも臭くなったら魅了の魔力を防げていないってことだし、確認できるのは私にとってもいいことだよね。
◆◇◆◇
スカーレットの元に、神官が近づく。
「スカーレット様、ひょっとして裏庭にいた子の怪我を治してくださったのですか?」
裏庭にいた子とは誰のことだろうか?
すぐにはピンとこなかったものの、スカーレットは最近通りすがりに治癒魔法をかけてやることにハマっていた。
少し怪我をしている騎士や、気が向いた時にはメイドにも。自分をちやほやするのが上手い令嬢に褒美のつもりでかけてやることもある。
たまに気に入った顔の男性を見つけると、怪我などしていないのにあたかも見えないところに傷があるかのように告げて、べたべたと触れながら治癒魔法をかけることもあった。
(今日はハウイルド様がランディに嫉妬してるって聞いて気分が良かったから、何人かに治癒魔法をかけたし……)
だからきっとその中の一人なのだろう。
「え?ああ、そうね。私、最近やっと治癒魔法が使えるようになったでしょう?だから少しでもその力を誰かのために使いたくて、ちょっとした怪我をした人を見かける度に治したりしているから、その一環でね」
「ちょっとした怪我……素晴らしいですね。さすが私の敬愛する聖女様」
神官は傷つき死にかけていたはずの黒猫を思い出しながら、聖女スカーレットの力が思ったよりも開花していることを喜んだ。




