29_もうくさくないですよ!
目を吊り上げたランディ様にひええっとすくみ上っていると、シルヴァン様が私を庇うように前に立ってくれる。
「そういえば、少し前にランディ殿がメイドともめていたと小耳にはさんだが、その相手は彼女だったのか?」
「そうです!その女がっ」
「彼女が、一体、何をしてそんなにも君は怒っているのか、詳しく聞かせてほしいのだが」
シルヴァン様にそう促されると、私に詰め寄って来た時のように怒りに燃えているらしいランディ様は勢いよく捲し立て始めた。
「その女は殿下付きのメイドになったにも関わらず、聖女スカーレット様への挨拶にも来なかったのです!聖女様はただでさえ慣れない王宮暮らしにお疲れでいらっしゃるというのに、要らぬ心労をかけさせて!大体、メイドのくせに聖女様に心酔していないのもおかしい、し………………聖女様に……聖女様を…………」
饒舌に話していたのに、突然声が小さくなり、勢いをなくしていくランディ様。
最後には言葉につまり、完全に止まってしまった。
「……俺は、なぜここまで苛立っていたのか……」
我に返ったように呆然とそう呟くランディ様。どうやら自分の言っている内容がおかしいと気付いたらしい。
あまりの勢いにやっぱり浄化は失敗したのかしら?と思っていたけど、この分だと大丈夫そうね。
それでも、まだ自分自身で何か納得できないのか目を泳がせたランディ様はハッと思い出す。
「いや、そうだ、彼女に、口臭を指摘されて……」
そして再び口を手で押さえると顔を青ざめさせてしまった。
「も、申し訳ありません、ひょっとしてこの部屋に臭いが充満してしまっているのでは。改善すべく王宮医師にも受診したのですが、原因が分からず。医師には臭いも問題ないとは言われたのですが病気がない以上気を使って言っているとしか……」
私が口臭を指摘した時には怒っていたランディ様だけど、さすがに王太子殿下のいる室内だと思うと恐ろしくなってしまったようでぶるぶると震えはじめる。
王太子殿下とシルヴァン様に全部お任せした方が良いと思って黙っていたけど、もうこれ以上は無理!主に私の罪悪感的な意味で。
「ランディ様、本当に本当に申し訳ありません!私がご指摘した口臭ですが、原因が分かりました!」
「……え?」
「ああ、そうだ。ランディ。彼女が指摘したお前の臭いは、魅了の魔力が臭いとしてあらわれたものだった」
浄化が上手くいったことは間違いないと言ってよさそうだと判断した王太子殿下は、口臭を入り口に魅了の魔力について切り出した。
そして、自分自身やシルヴァン様の汚れやほこりの件も交えつつ、スカーレットの魅了の魔力が呪いのようにとりついていたのだろうということを簡潔に説明していく。
呪い……なるほど、魅了の魔力の作用は確かに呪いとよく似ている。それに武器庫で呪いを可視化したものもシルヴァン様についていた魅了の魔力と同じホコリだったし。ほぼ呪いと言っても差し支えないのかもしれない。
念のため、私が浄化できるということは伏せて、さっき食べさせたお菓子が浄化の作用を含んだ特別なものだったということも伝えられた。
「まさか、聖女様が魅了の魔力を……信じがたい話ですが、そう言われれば納得できる部分が多いのも事実です」
ランディ様はとても驚きつつも、自分の状態を振り返り納得したようだった。
「だから、もう口臭を気に病む必要はない。浄化は無事にうまくいき、それもすでに解消されているからな」
「は……はい、いや、ですが……」
とんでもなく歯切れが悪い。
うーん、どうやら口臭大丈夫!についてはあまり納得がいっていないようだ。そりゃそうか、最初から自分では感知できなかった臭いだし、突然もう臭いがしないと言われても不安だよね。
浄化と同じく、私が呪いを感知できることに関しては念のためランディ様には伏せるということになっている。
なんとなーく、全員が感じていたわけではないらしい、という感じで匂わせたとはいえ、私しかあの臭いを感じていなかったことも伝えられていない。(臭いだけに)
このままじゃどれだけ言ってもずっと気に病んだままかも……そうだ!
名案を思い付いた私は、ランディ様の目の前へ急いで近づくと、ずいっと顔を近づける。
「ステラ!?」
シルヴァン様が驚いた声を上げるけど、事前に説明すると躱される可能性があるから、これが一番だと思うんだよね。
当然ランディ様もびっくりしているし、ひゅっと息を呑むけれど、咄嗟すぎて息を止めるのが一瞬遅れたようだった。
そして、心構えのない息止めは続かない!
私の前から逃げようとするランディ様だけれど、今ここには王太子殿下もいる。殿下の前で走り回ってメイドから逃げる!などということはできない王宮騎士様相手に後れを取る私ではない!
ついに限界を迎えたランディ様は耐えかねて大きく深呼吸をした。
「うん、臭くないです!もうひどい口臭は綺麗さっぱり消え去りました!なので、ご安心を」
「い、いや」
それでもまだまだ戸惑っているようだ。
なので、さらに距離を詰めてみる。びくりと肩を震わせながらも、硬直して動けないランディ様。
私は鼻と鼻がくっつきそうになりながらもう一度宣言する。
「ほら、もう大丈夫です!思い出してください、先日はあまりのくささに私の表情はきっとひどく歪んでいたと思うのです」
なんたって私、貴族令嬢としての教育をあまりまともに受けられていないので、結構顔に出ちゃうタイプです。
「でも、今はほら、大丈夫でしょう?まだ臭かったら私は絶対平気な振りはできません!それくらいくさかったので!だって、本当にすんごく臭かったんです。私にはあれを嗅ぎつつくさくないふりなどできません」
あれ。一生懸命『あなたはくさくない!』と訴えているのに、なぜかランディ様が傷ついた顔をしているような。
首を傾げていると、ひょいっとメイド服の襟を掴まれ、ランディ様から引き離された。
「わっ?」
「ステラ、さすがにランディ殿との距離が近すぎるんじゃないかな?」
いつのまにか後ろに立っていたシルヴァン様が、首根っこを掴んだまま顔を覗き込んでくる。
あれ、なんだか圧が強いんですが。
ひょっとして、ランディ様の表情のせいで私がランディ様をいじめているように見えたかな?
「ええっと、でも、こうでもしないと臭くないって信じられないみたいだったので……」
「うん、だからもういいよね?」
距離の近さを叱られているはずなのに、なぜかシルヴァン様の顔が近い!
そしてシルヴァン様のお顔がやっぱり超絶お綺麗……!
「ふふ、分かってくれればいいんだ」
至近距離で美貌を浴びて固まっていると、私の反応をどう解釈したのかシルヴァン様は満足そうにうなずいた。
「……シルヴァン。ご満悦な様子だが言っとくけどお前も顔が赤いぞ?」
「今日はいい天気ですからね」
王太子殿下は呆れたようにため息をついた。




