26_名前も呼びたくないです!
どうしよう、どうしよう……。
穏便に、かつ今すぐにこの状況を打破できないと最悪の結果を招く可能性があるから、必死に考えていたんだけれど。
私が名案を思い付く前に、側に置いてあるお団子が目の前でひょいっと持ち上げられた。
「まあ!これは東の国のお菓子ではなくて?こんな珍しいお菓子の作り方を知っているなんて、ステラは博識なのね」
「アンジェリカ様!」
め、女神~!私のピンチに颯爽と現れて誰もが見惚れる微笑みを浮かべるアンジェリカ様!後光がさして見えます!まさに女神!女神降臨だわ!ただでさえいつも女神なのに!
そんな女神は頭を下げる私に顔を上げるように促すと、作りたてのお団子をひとつ摘まみ、しげしげと眺めている。
ハッ!女神に見惚れている場合じゃなかった!
「アンジェリカ様、予定よりお早かったんですね!?お迎えにあがれずすみません」
「いいのよ。私のお願いでお菓子を作ってもらっていたんですもの。それに、あなたが料理をしているところも見てみたかったの。だけど残念ね、もうほとんど終わっていたなんて。もう少し早く来るべきだったわ」
残念そうな表情を浮かべるアンジェリカ様。はい可愛い。
アンジェリカ様、王太子殿下とのすれ違いが無事解消されてからさらに可愛くなっている気がする。
これだけお可愛いんだもの、殿下が拗らせていたのもちょっと理解できちゃうな。
メラニーさんの難癖に自分のせいでどうしようと言わんばかりにおろおろしていたレイラも、突然のアンジェリカ様に驚きつつ慌てて頭を垂れている。もちろんメイド長も。
それなのに!なぜかメラニーさんは少し目を伏せるだけで頭を下げていないではないか。
いくらスカーレットに近いメイドとはいえ、相手は王太子殿下の婚約者様。目礼を許された相手ではないのでは??
というか、よく見ると口元が小さく動いている。すごく小さな声で何かをぶつぶつ呟いている?
その声はどんどん大きくなり、ついにはっきりと吐き捨てた。
「ふん。婚約者様のご指示ですって?どうりで怪しいわけだわ。王太子殿下に愛されないからって、まさか毒殺をもくろんでいるのかしら」
え、ええ~!?嘘でしょう!?まさか、一介のメイドがそんなことを言うなんて……!!
王太子殿下がアンジェリカ様を傷つけた時はカッと一瞬で怒りに燃え上がったけれど、驚きすぎて呆然としてしまった。
とはつつも、すぐに怒りが湧きはじめる。ただし、目の前のメラニーさん以上に、スカーレットに対しての怒りだ。
こんな物言いをしてもいいと勘違いするほど、スカーレットはアンジェリカ様を馬鹿にし続けているんだわ。
いつかお茶会中に耳にした胸糞悪い会話が頭の中にリピートされる。
──殿下にはまだ一応婚約者の方がいらっしゃるんだから──。
燃える……燃え上がる……アンジェリカ様を侮辱されるのはやっぱり耐えられない……メラニーさん、いやもう心の中でだって名前も呼びたくないから『このメイド』とか『不敬なメイド』でいいわね。このメイド、消し炭にしてもいいかな?
「あなた、なんてことを……!」
メイド長も顔色を変えている。
それでもメラニーさんは平気な顔だ。多分、アンジェリカ様にどう思われようが、メイド長にどう評価されようが、結局スカーレットのためにやったと言い訳すれば自分が裁かれることはないとたかをくくっているんだろう。
あー想像できる。
スカーレットが「私のためにしてくれたことなの、どうか許してあげて」とでも王太子殿下に言えば、自分の愚行も許されるとでも思っているんだ。だからこそ、とにかく今はなんとしてでも気に入らない私やアンジェリカ様を侮辱してついでに悪者にしたいってわけね。
馬鹿ね。スカーレットは自分が加害者になるような真似はしない。ばればれであっても『そんなつもりはない』と言えるぎりぎりを攻めるタイプよ。そんな直接的な攻撃に出たあんたなんか、とかげの尻尾きりよろしくすぐに捨てられて終わり。そんな簡単なことが分からないの?
分からないんでしょうね!!
その証拠に、不敬なメイドはさらに不敬を重ねる。
「だって、聖女様がお可哀そうじゃないですか!王太子殿下と想いあっておられるのにその方のせいで悲しい思いをされているんです!そんな健気な聖女様を妬んで、酷いことを考えるその方の方がひどいです!王太子殿下もきっと私の味方をしてくださいます!だって、私は聖女様を守るためにその方を警戒しているだけなんですから」
不敬なメイドが叫ぶようにそう口にした瞬間、低くうなるような声が飛び込んできた。
「私が何だって?」
うわあ!なんてタイミング!
王太子殿下、登場です。
「王太子殿下!」
殿下の険しい表情をどう思っているのか、メラニーは慌てるどころか『我が味方、満を持して来たり』とでも言いたげにパアアと顔を明るくさせる。
しかし、気付いた方が良い。王太子殿下はあなたを絶対零度の視線で睨んでいるってこと。
当然アンジェリカ様の隣にピタリと寄り添い、抱きしめているのと同じくらいの距離でその腰を引き寄せて見せる王太子殿下。
「……え?」
照れているアンジェリカ様と、そんなアンジェリカ様を愛おしそうに見つめる王太子殿下に、不敬なメイドが間の抜けた声を出す。
「それで、私のアンジェリカがどうしたって?なんだか不思議な言葉が聞こえたようだけれど。私が聖女と想いあっている?アンジェリカが聖女を妬んでいてひどい?不思議だな。君はこことは違う世界からやってきた異世界人なのか?」
「は……」
「そうでなければ、そんなありもしないことを真実のように口にするなど、異常だろう?」
不敬なメイドはそこで初めて、何かがおかしいと気付いたようだった。
「殿下。ステラが東の国のお菓子を作ってくださっていますわ」
「ん?ああ、団子か!数年前に東の国の使者が持ち込んだものを食べたことがあるが、これはその時のものよりもうまそうだな。さすがステラ嬢」
アンジェリカ様と王太子殿下が私のお団子を褒めたたえる。
同時に、私が厨房を使っていることは王太子殿下もお認めになっていることなのだと悟ったらしい不敬メイドの顔が面白いほどどんどん真っ白になっていく。
そう、私はお二人に依頼されてお菓子を作っていたのだ。
これこそが、魅了の魔力について話し合った時のアンジェリカ様の案だった。
『聖女様に手ずから食べさせられて魅了の魔力がついてしまっているわけでしょう?それなら、ステラがお菓子を作ってそれを食べさせれば、浄化ができる可能性があるんじゃないかしら』
まさか私が口の中に手を突っ込むわけにもいかないし、現実的に試せそうなその案が採用されたのだ。
個人的には、本当にこれで魅了の魔力を浄化できるのかどうか、些か不安ではあるのだけれど。
とにかく、やってみるしかないよね。なんたってアンジェリカ様の案だし!
それにもしもやっぱり効果なしだった場合は、また改めて何かいい方法はないか考えればいいんだし。
とうことで、せっせとお菓子を作っていた。
「あの!お団子は、さっき私が毒見を行いました!こうしてなんの異常もありませんので、ステラが毒を混入させたなんてことは絶対にありません!」
ここぞとばかりにレイラが声を上げる。
レイラ……!アンジェリカ様や王太子殿下を前にちょっと委縮している様子だったにも関わらず、私のために……!美しい友情を感じる。
「もちろん、そんなことは疑っていない。私はステラを信用しているし、この菓子も私が作らせたものだ。形式上、手順通りの毒見はすることになると思うが、私の騎士も珍しい菓子を食べられると今私の後ろでそわそわしているよ」
後ろの騎士様はぴくりと肩を震わせると、恥ずかしそうにほんのり頬を染める。
なるほど、こういう場合は騎士様が毒見を兼ねるのね。
そう納得する私の前で、不敬なメイドは自分の行いがどれほどまずいものだったかを自覚して、ついに膝から崩れ落ちた。




