第2話「四つ目の名前」
週末、母の家へ行った。
西片の坂を上りきったところにある、古い木造の二階家だ。父が日本に来て十年目に買った家で、門柱の表札には、いまもローマ字で VOGT とある。その下に小さく、フォークト博美。母があとから書き足したものだ。母の字は、そこでだけ、ほんの少し丁寧になる。私はその小さな字を見るたび、なんとなく目を逸らしてきた。
玄関の花瓶には、追悼会の日に持ち帰った白い薔薇が、まだ挿してあった。花びらの縁が茶色く縮れ、首が少し傾いている。それでも茎の切り口は新しかった。水は替えているのだ。母は花を捨てない人だった。首が垂れても、捨てるまでに長いことかかる。
「あとで替えるわ」
母はそう言って、私のスリッパを揃えた。かがまずに、足先でそろりと直す。私が小学生のころも、母はそうやって私の靴を直していた。
書斎は二階の突き当たりにある。父が亡くなってから、母は一度もあの扉を開けていないと言っていた。鍵はかかっていない。ドアノブを下げれば入れる。それでも母は、廊下を通るたび、そちらを見ないようにしていたのだろう。扉の前の床にだけ、薄く埃が積もっていた。見ないようにしてきた時間のぶんだけ、そこに溜まっていた。
「何から手をつければいいのかしらね」
「今日は、捨てないで分けるだけにしよう」
「そうね。そうしましょう」
扉を開けると、紙と木と、古いパイプ煙草の匂いがした。父は十年以上前に煙草をやめていた。それでも匂いは、本の背や、カーテンの襞に残っていた。
机の上は片づいていた。ペン立てに、黒と青のボールペンが一本ずつ。読みかけの洋書には栞。新聞は日付順に束ねてある。父は、物を元の場所へ戻す人だった。その几帳面さは、追悼の辞でも何度か褒められていた。戻すというのは、元の場所を知っている人にしかできない。父はいつも、何がどこにあるべきかを、私よりよく知っていた。
母は窓を少しだけ開けた。冷たい空気が入って、カーテンの裾がわずかに揺れた。
「先生は、ここで書いてたのね。あの本も」
「最後のほうは、私が寝たあとも明かりがついてたわ」
母は本棚の前に立ち、背表紙に手を伸ばしかけて、下ろした。
「論文は研究室の方に聞くとして、ほかは……私には、どれが大事なのかわからないの」
それから、ふと思いついたように笑った。
「あなたが見てから決めていいわ。先生のことをいちばん知ってるのは、あなたでしょう」
私は、抜き刷りの束を箱に移す手を止めなかった。
「私が知ってるのは、私が見たことだけだよ」
母の笑みが、ほんの少しのあいだ止まった。
「そうね」
母はそれきり、本棚のいちばん下の段から、厚いファイルを一冊ずつ抜きはじめた。抜くたびに、背表紙を指でなぞっていた。
◇
最初に姓が変わったのは、五歳の春だった。
年長組になった最初の朝、幼稚園の先生は、いつものように出席を取った。
「かわい、えりこちゃん」
返事をしようとして、私は母の言葉を思い出した。今日から、えりこちゃんは、すずきえりこになるのよ。母は前の晩、台所のテーブルで、画用紙に大きく三つの字を書いてくれた。す、ず、き。私はそれを、何度も指でなぞった。
だから私は、黙っていた。
先生はもう一度呼び、それから「あ、そうだった」と言って、名簿に何か書き込んだ。鉛筆が少しだけ止まり、前の名前を消さずに、横に書き足した。
「すずき、えりこちゃん」
「はい」
私が手を挙げると、隣の真理ちゃんが目を丸くしてこちらを見た。
「えりこちゃん、名前変わったの? 変なの〜」
まわりの何人かが笑った。私も、つられて笑った。何がおかしいのかわからないまま笑ったのは、たぶんそれが初めてだった。
お迎えに来た母に、私は聞いた。
「なんで、すずきになったの」
母は私の手を握り直して、「お母さんの名前に戻ったのよ」と言った。お母さんの名前が鈴木だったことを、私はそのとき初めて知った。
名前は、大人が一晩で書き換えられるものだった。
お父さま——河合隆二は、その少し前に家を出ていた。
出ていった日のことは、あまり覚えていない。覚えているのは、玄関に置かれた大きな紺色のスーツケースと、お父さまがしゃがんで私の目の高さになったことだ。疲れた顔なのに、どこか晴れやかだった。そんな顔を、私はそれまで見たことがなかった。
「ボストンに行くんだ。遠いけど、手紙を書くからね」
ボストンがどこにあるのか、私は知らなかった。お父さまの手が私の頭に置かれ、すぐに離れた。お父さまはいつも少し急いでいた。家にいても研究室のことを考えていて、食卓でも本を開いていた。
お父さまは私を可愛がっていた。今でもそう思う。ただ、その可愛がり方には条件があった。五歳の私は、それをなんとなく知っていた。
四歳の秋、私は雙葉の幼稚園を受けた。四谷の門をくぐって中に入り、控え室で、母と一緒に名前を呼ばれるのを待った。母は私の髪を梳き、襟を直し、何度も「大丈夫よ」と言った。試験の内容は覚えていない。覚えているのは、帰り道に母が黙っていたことと、家に着いてから、母が台所で長いこと手を洗っていたことだ。水の音が、いつまでも止まらなかった。
不合格だった、と母がお父さまに告げた夜のことは覚えている。お父さまは新聞を読んでいた。母の言葉を聞いて、新聞を少し下げ、私のほうを一度だけ見た。怒っている目でも、悲しんでいる目でもなかった。何かが、静かに片づけられた目だった。
「そうか」
お父さまはそう言って、また新聞を上げた。
それから、お父さまの私への接し方が、少しずつ変わった。冷たくなったわけではない。相変わらず話しかけてくれたし、頭も撫でてくれた。ただ、手を置いている時間が、前より少し短くなった。私は気づいて、気づかないふりをした。
次の春から、母は私を、小学校受験に強いカトリックの幼稚園に通わせた。紺の制服のある幼稚園だった。願書は万年筆で書くものだった。書きはじめる前、母はキャップを外したペンを持ったまま、ずいぶん長いこと動かなかった。書きはじめてからは、一度も止まらなかった。
私が制服を着て見せると、お父さまは「似合うね」と言った。お父さまの目は、制服の胸の校章のところで止まり、そこに探していたものを見つけられないまま、本へ戻った。あの夜、新聞の向こうに戻っていった目と同じだった。
最初の手紙は、ボストンから夏に届いた。青と赤の縁取りのある封筒で、中には絵はがきが一枚入っていた。大きな川と、赤い煉瓦の建物。裏には、ひらがなだけの短い文章があった。
えりこ、げんきですか。こちらはあついです。
母はそれを読んでくれたあと、はがきを冷蔵庫に貼った。二通目は次の年の春に届いた。今度は白い教会の写真だった。三通目は、届かなかった。母も私も、しばらくそのことを口にしなかった。冷蔵庫のはがきは、少しずつ色あせていった。母はそれでも、捨てなかった。
そのころから、母は夜になると、台所のテーブルで分厚い本を開くようになった。英語の本と、細かい図の入った本。私が寝る前にのぞくと、母は鉛筆を耳にはさんだまま顔を上げた。
「お母さん、また学校に行くの」
「大人も、学校に行くの?」
「行くのよ。行きたい人はね」
母の目は、私がそれまで見たことのない光り方をしていた。冷蔵庫のはがきの川よりも、ずっと明るかった。その明るさが、私は少し怖かった。台所の明かりの下で、母の背中が、だんだん遠くに見えるようになった。
◇
夕方までに、母と私は書斎の半分を片づけた。残すもの、研究室に尋ねるもの、すぐには決められないもの。母は何度も「これは先生が」と言いかけ、そのたびに続きの言葉を探した。見つからないまま、別のファイルに手を伸ばした。「先生が」の続きを、母は最後まで言わなかった。
私は手を動かしながら、月曜の朝のことを考えていた。
平日の私は、川崎の物流会社で経理をしている。請求書の数字を照合し、合わない一円を探す。合わない理由はたいてい誰かの入力ミスで、直せばそれで終わる。私はその仕事が嫌いではなかった。数字の前では、私は誰の娘でもなかった。
中野の部屋には、一人で住んでいる。もう十年になるが、表札は出していない。大家さんは私を「鈴木さん」と呼ぶ。そう呼ばれるたびに、少しだけほっとする。
キャビネットのいちばん下の扉は、少し固かった。力を入れて引くと、段ボール箱がひとつ入っていた。蓋はガムテープで閉じられ、側面に黒いペンで、一語だけ書かれていた。
Elly
父の字だった。けれど、父が日本語を書くときの、あの整った字とは違った。もっと速く、もっと気軽に書かれた、丸いアルファベットだった。父は日本語を書くとき、いつも少し緊張していた。この箱の字には、その緊張がなかった。
「それ、何かしら」
後ろから母がのぞきこんだ。
「わからない」
「あなたのものかしらね。あなたの名前が書いてあるもの」
母は迷わなかった。母にとって、それは疑いようもなく私の名前だった。
持ち上げてみると、思ったより軽かった。中で何かが、かさりと動いた。紙の音だった。
「持って帰る?」
私は答えずに、箱をキャビネットに戻した。扉を閉めると、固い蝶番が小さく鳴った。なぜ持って帰らないのか、自分でもうまく説明できなかった。
「来週にする」
「そう」
母はそれ以上聞かなかった。窓の外の薄明かりで、母の横顔が少し青く見えた。母はまた、ファイルの背を指でなぞっていた。
玄関で靴を履いていると、母が後ろから言った。
「また来週、続きをしましょう」
「うん」
外へ出ると、坂の下の街灯がもう灯っていた。振り返ると、二階の書斎の窓だけが暗かった。門柱の VOGT の文字が、玄関灯の下で鈍く光っていた。
四つのアルファベットを、私はしばらく見ていた。見ているうちに、その下の母の字だけでなく、VOGT のほうも、父が書いたにしては少し違う気がしてきた。気のせいだったかもしれない。気のせいにしては、長く見すぎていた。
その夜、私は自分の部屋でノートパソコンを開いた。追悼会の夜に作った、何も書かれていない文書が、そのまま残っていた。
カーソルを見ながら、私はこれまでに呼ばれてきた名前を数えた。河合江里子。鈴木江里子。フォークト江里子。三つ目で、指が止まった。
箱には、四つ目の名前が書いてあった。
Elly。母はそれを、私の名前だと言った。私もずっと、そう思ってきた。その夜、私はその名前を、自分のものとして打つことができなかった。
数え終えてから、また数えている、と思った。父の家で身についた癖だった。そのことを、その夜はじめて、少しだけ恥ずかしいと思った。




