第50話 最後の一矢
「ヤマタイ国相国トウリである」
僕が名乗ると囚人服の男が跪き、両手を下げた頭の上にかざす。抱拳したかったのだろうが両手を縛っているからそういう形になったのだろう。女は立ち尽くしている。確かに目が虚ろだ。
歳の頃は男が30前後、女が25前後か。
両脇には衛兵が2人。後ろに1人。部屋の外には8人。
さすがに御殿場には入れられないので、第一兵舎の会議室を一室借りた。
僕の横にはお馴染みの謎女ナナコ。無口なマモル。二人共小太刀を腰に差している。
室内では小太刀の方が立ち回りが良い。太刀を帯刀している僕は馬鹿か?
「まあ二人共、椅子に座られよ」
衛兵が椅子を引く。男は女を支えながら座らせて自分も着席した。幅2mくらいの机。本来は作戦会議用だから地図を広げたりするので大きい。
僕も向かいの椅子に座る。護衛二人は両脇に立つ。
「で?貴殿はトキ国の宰相を語っているそうだが?」
「は。私はトキ国宰相カフクと申します。これなるは妹のカシ。国元で不幸なことになりこのような姿で申し訳ございません」
座ったまま頭を下げる。妹は下を向いてブツブツ言いながらヨダレを垂らした。カフクが切ない目でヨダレを親指の腹で拭う。
「君が本物かどうかの証がない」
僕が言う。カフクは目を閉じる。
「信じていただくしかありませぬ」
「ふむ。では貴殿が本物として話を進めよう。まずはなぜ宰相がここにいる?」
「亡命して参りました」
亡命だ?
「宰相がか?」
「...はい。ご存知のようにトキ国は大王派と反大王派で内乱となりました。...反大王派が宮殿内にも混ざっており、その手引きで兵と暴徒が宮殿に押し寄せました。...私は外におり難を逃れましたが、宮殿は占拠されてしまい...」カフクは妹のカシを見る。カシは変わらず下を向いたまま虚ろな目でブツブツ何やら言っていた。
「暴徒は略奪慮辱の限りを尽くし、私は兵を率いて王宮奪還を致しましたが、妹は斯様なことに...」
「そうか。それは不幸であったな。で、大王は如何した?」
「...わかりませぬ。王宮を奪還しましたが大王の姿は見えず、骸もなく。捕らえたものにもわからぬと...。乱に気付き逃げたのかと...」
「では、今のトキ国は大王も宰相も不在か?」
「...わかりませぬ。...いや、おそらく大王は生きているかと」
「で、貴殿と妹御はなぜここに来た?」
「...王と合流しようにも居場所がわからず...妹も...斯様な有様。敵味方もわからぬ状況で彷徨いましたが...連れていた兵も逃げる者、裏切る者...。私一人ならば斬り死にも野垂れ死にも厭いませんが...斯様な有様の妹が不憫で...せめて妹の身だけは御慈悲いただければと恥を忍び参りました」
「なるほどな...」
「...さすれば私も...」
「知る限りの情報を提供し、またヤマタイ国に降るように!さあ続きを申せ!」
ナナコが突然カフクの言葉を遮り、机に滑り込むように飛び乗って小太刀をカシの首に当てた。慌てて衛兵たちも刀を抜く。
なんだ?なにがあった?
「相国様!先程から話しているのはコヤツです!」
「なに?」
「コヤツの譫言は中国語です!コヤツの譫言をこの男が我らの言葉で言い換えているだけです!」
「降参です。まさかあの小声の早口で話す漢語を聞き取れるものがいるとは思いませなんだ...」
カシは刃の当てられたままの首を上にあげ、諦めた笑顔でため息をついた。
え?トウリ君、事態が全くわからない。
「その女、正気なのか?」間抜けな質問をしてしまった。
「はい。斬りますか?」
待て待て。ヤだよ、美人なお姉さんが女の人の首掻き切って血の噴水。見たくない見たくない。
「待て。最早万策尽きておろう。何もできんよ。とりあえず皆刃を仕舞え」
皆が刀を鞘に収める。ナナコも机から降り、視線をカシに向けたまま小太刀を鞘に収めた。カフクは青ざめたまま固まっている。マモルは...君は微動たりしなかったし、しないな。
「僅かに寿命が延びました。感謝致しますわ、相国様」カシが頭を下げる。
「改めて聞こう。貴殿は何者で、なぜここにいる?」
「紹介に嘘はございません。我が名はカシ。これなるはトキ国宰相で兄のカフク。ただトキ国大王も知らぬことですが、兄カフクは飾りでございます」
何を言っているんだ、コイツは?
カシは続ける。
「我ら兄妹は漢人です。正式名は可 夏思。兄は可 福。カフクが宰相として大王に仕え、私が裏で政務と軍事をし兄の仕事としていました。此度は起死回生の一矢として日巫女様の暗殺に参りました。見事に破られましたが。我ら漢人でも難しいのに、あの小声の早口を正解に聞き取れる倭人がいるとは」
日巫女暗殺の言葉で空気が張り詰める。
「気が触れた女として保護され、見返りに兄が我が国に協力。世話役は女だろうからどうとでもなると踏んだか。しかし先程ご覧いただいたとおり、ウチは女官も強いのだ。残念だな」
「はい。最初に捕まって身体検査を受けましたが、ちゃんと私には女性が担当してくれました。犯される覚悟を決めてましたが拍子抜けです。普通に女の兵がいて、立ち振る舞いも話すこともしっかりしていました。どうもヤマタイ国は女性も大事に扱い、隔てなく教育する国であると察しましたので、実はもう無理かなとは思っていました。漢でもトキ国でも女は子を産む道具か慰みものです。女が学問をし、武を学ぶと普通は蔑まれまする。我が身がヤマタイ国にあったなら兄を無理矢理表に立たせる必要などなかったのですね?」
「日神様も日巫女様も女性であられるからな。女性を尊ばないトキ国が日神様の信仰厚い筆頭国は有り得はせんよ」
「はい。私も自分で考えて笑えました。...あの...私達、実は黄巾党の生き残りです。でも正直信仰心なんてありません。ただ貧しくて、救われたかった。だから両親は黄巾党に入りました。とにかくご飯が食べられるって。父母はすぐに戦死しました。兄と私は生きるために戦いました。でも私達がやっていることはただの暴徒」
黄巾党の生き残りか。まさかリアルで黄巾の乱の当事者に話を聞くことになるとはね。




