第42話 台風
明朝早く、予定どおり予定地点で両軍が睨み合う。距離1km弱程度。1500対7000。
ウチの攻撃は届く距離だが、もちろんまだ撃たない。
しかし高所から見ると7000。圧巻だな。
こちらとの差がやはり大きく見える。
僕は騎兵隊と共に、丁度クマソ軍の側面にあたる山中にいた。
ちょうど窪地になっている場所を見つけそこに陣取った。
眼下には敵がひしめき合って、ゆっくりとしたペースで前進している。
「始まれば指揮は任せるが、決して無理はするなよ。多勢に無勢だ。人も馬も損なうこと罷り成らんぞ」
僕は敵を見下ろしながら傍のケンシンに言う。やはり目の前の大軍を見ると無謀な作戦に感じてしまう。
「了解しました」
ケンシンも敵を見下ろしたまま返事をした。
「ついにクマソの糞共をぶっ殺せるっすね、頭」
ケイジがボソリと言う。彼らはクマソにより親兄弟、故郷を失った遺児達だ。
「如何に突っ込みますか?」
ヤタロウがケンシンに問う。ケンシンはジッと黙って敵軍を見ている。
「...野分で行く」
ボソリとケンシンが言った。
野分?確か「台風」のことだ。騎兵隊は訓練の中で色々と試していたようだが、作戦のひとつだろう。しかし台風と言う名の作戦か。物騒な名前だが、無理はするなよ。
最悪、一撃離脱でも十分な作戦なんだ。
馬という未知の生物に乗った兵が山を下り奇襲してくる。彼らが想像できない速度でだ。それだけで撹乱という目的は達成できるだろう。
「先は私。中はケイジ。後はヤタロウ。それぞれ組を作れ」
ケンシンが抑揚のない声で静かに告げる。
騎兵隊の主武装は「長巻き」だ。一応腰に小太刀を差し、背に短弩を背負い矢を5本持っている。馬には馬鎧を作った。薄い鉄板を連ねて、肌に当たる裏地に絹綿をつけている。兵の甲冑と同じような作りだ。
眼下の敵はどんどん前へ進む。先頭は矢避けの木板を掲げ、それに隠れるようにして弓兵達が前進していた。
彼らの弓の有効射程は100mに満たない。せいぜい7、80m。両軍の距離が縮まる。
一斉に表現し難い音が響いた。ヒュンだのバンだのババババなど色々な音が混じり合っている。クマソ軍の方からも表現し難い声が聞こえてくる。
両軍間120m程。ヤマタイ国軍の一斉射撃が始まったのだ。前衛を強弩の矢が垂直に迫り、中衛には長弓の矢が降り注ぐ。2基の投石機が後衛に20㎝大の岩を落とし、バリスタが無慈悲に隊列を貫く。どれも木の板なんかで防げるものではない。クマソ軍のアチコチで人が倒れる。
二回目の一斉射撃。すでにクマソ軍は混乱だ。アチコチで指揮官クラスの兵と思われるものが抑えようと叫んでいる。
連弩隊が前に出た。連弩の有効射程はせいぜい30m。敵の弓矢は来ない。前衛の弓兵は壊滅状態だ。
「出るぞ!」ケンシンが発して駆け出す。整列するように真っ直ぐに縦1列に並んだ形で各騎兵隊が続く。「蛇行」で突撃し、敵の中をU字に駆け抜ける作戦か?
少数で大軍にぶつかるのだ。面より点。間違ってはない突入方法だと思う。
騎兵隊突撃。僕はもう見守るしかできない。誰も死ぬなよ。
ケンシンを先頭に一列に駆け降りる騎兵。
クマソ軍の後方の兵達が気付きざわめき立つ。さっきはワケのわからない岩が飛んで来て、前の方ではギャーギャー言っている。そしてさらにこの謎の生物の登場である。大混乱だろう。
「野分だ!乱すな!」先頭のケンシンが叫ぶや否や長巻きを振り上げ、馬上からそれを眼前の敵兵に叩きつけた。勢いを止めることなく長巻きを振り回し敵兵の群れの中を切り裂いて行く。騎兵隊は広がることなく、隊列のまま後に続き、同じように長巻きで敵兵をなぎ倒しながらケンシンの後ろに続いた。敵兵の群れの⅓程斬り込んだところでケンシンが外に膨らみながら右側にUターンをする。後続も続く。敵兵の群れに字を書くように一本の曲線が半円を描く。
そしてケンシンは予想外の動きを見せる。
そのまま抜け出て来るかと思っていたが、途中でまた右側にUターン。ケンシンの前には最後尾を走るヤタロウの背。
騎兵隊は敵兵の群れの中に小さな「円」を描いた。
その円が回転を続け渦になり、敵兵をなぎ倒してながら弧を描くように動いている。
なるほど。確かに台風だ。台風ニュースを思い出させる。人工衛星から見た台風の動きだ。渦が弧を描くように進んでいく。あの台風の動きだ。
というか...。知っているぞ、コレ。
上杉謙信の「車懸かり」じゃないのか?
ケンシン。おまえ実は前世の記憶があったりしない?
女子高生とか還暦前のオッサンとか、そんなもんじゃないとんでもない前世の。
わずか20騎の騎兵隊台風は撹乱どころかクマソ軍後方を壊滅させそうな勢いで潰していく。止まらない。
一通り暴れ尽くした台風。
「引き上げだ!」ケンシンの大声でその勢いのまま横に抜け、山中に戻って行き、ようやくそこで熱帯低気圧にかわった。
わずか20騎でどれだけ刈り取った?
百、いや二百は下らないぞ。
こちらは人馬共に損害なし。
「頭ぁ。結構撃ち漏らしてましたぜ?」
「お前達も斬りたいだろうと回してやったんだ、馬鹿」
本人達は軽口を叩きながらこちらに戻ってきている。
お前達、初陣だぞ?
ケンシンは僕とナナコの前で下馬し、片膝を立てて抱拳した。
「ご下命どおり、人馬共に損害を出さず、クマソ軍後方を撹乱いたしましてございます」
「大義。味方本陣に帰還する」
さて、前線も片付いたかな?クマソ軍は総崩れで退却していく。退却いうより我先にと逃げているだけだな、アレは。




