第36話 ユカ号の帰還と軍神
「いよいよですね」
マナの表情に不安はなかった。落ち着いている。
「うん。いよいよだ」
マナの祈祷所で二人茶を飲む。
「転生して最初の正念場になりますね。19年かあ。あ、トウリ君は気持ち4年ですね?来月に5年か」
「君も再来月には20だね」
「です。すごくないですか?私、もう平成令和よりもコッチの方が長いんですよ」
「そういやそうだね!もう21世紀の人間より弥生時代の人間じゃないか」笑う。
「ですね。もうしっかりコッチの人間です。もうここが私の居場所」
「そうだね。守らなきゃだ」
「トウリ君は?」
「多分出るよ、戦場。ずっとここで待つわけにはいかないからね。現場じゃないと判断できないこともあるから」
「私は戦争じゃ全く役に立てないと思います。でもみんなが私のために戦います。トウリ君、私とこの場所とみんなをお願いします」
マナが頭を下げる。
翌日。ユカ号が帰還した。
先に来た手紙には狂喜乱舞な報告が記されている。「馬62頭。雄41頭雌21頭」。
62?!マジか!でかしたぞ!
他にも馬具80頭分、鉄槍78本、鉄矛280本、鉄剣122本、鉄鉱石120kg、雄山羊11匹、雌山羊16匹、雄牛7頭、雌牛11頭...。あとは...なんだそれ?よくわからないものも色々あるが...。
まあいい。とにかく馬だ。馬具があるのは助かるが、鐙はこちらで開発したものを使う。三國志豆知識で当時の鐙は片方だけだったと読んだことがあるからな。
アリアケ港からコッチまで報告が朝一の今来たなら昨日の夜に帰還だ。昼過ぎには着くかもな。
「相国様、よろしいですか?」外から声がした。ナナコではない。ナナコは先ほどユカ号帰還の知らせを持ってきて、喜びを隠しきれない僕を見て喜んでいるところだ。
「かまわないよ。どうした?」
戸が開く。まだあどけない女官のモミジが顔を出す。
「失礼致します。あの、門番の衛士から内政部に連絡があって、内政部のシンジロウ部長が相国様にご相談したいと」
門番?衛士隊?で内政部?
「モミジ。ちゃんと正確に。的を射てませんよ」ナナコが静かに叱責。まあまあ。まだモミジさん12、3歳だし。
「申し訳ありません」慌てふためいて平伏するモミジ。痛々しい。
「かまわないよ。とりあえず内政部に行く」
僕の言葉にため息をつくナナコ。
内政部。みんなバタバタ働いているな。
「相国様である」
ナナコが一喝。皆が手を止め足を止め、さすがに平伏はしないし、ウチはしなくて良いのだが、皆が頭を下げた。
「内政部長より使いが来た。誰ぞ案内せよ」
仕事モードのナナコは怖い。美人だから余計に迫力がある。
「ご案内します」
「他の者は続けてくれ。精勤痛み入る」
僕も一応は相国らしく言ってみる。
「お呼びだてするような形になり申し訳ありません」シンジロウ部長が頭を下げる。
仕方がない。僕の屋敷の敷地には相国課の人間しか入れない。
「で、相談と聞いたが?」
「志願兵の件なんです」
「志願兵?採用基準は通達しているはずだが?」
「それが御殿場の門に二十数人の若者が来まして。志願したいと。とりあえず衛士が対応して、場外の衛士小屋に...」
「採用基準を満たさないなら帰ってもらうしかないが?満たすならコッチではなく第一兵舎の方に行かせれば良い」
「それが実は彼らが言うには家族も田畑も持たない孤児だと。孤児の場合はどうしたものかと。それになかなか頑固なようで、特に彼らの代表格の者が『我らは帰るところもなく、ただ野垂れ死にするだけの身なればせめてクマソの首の一つ二つを手土産に父母の下に参りたい』と申していまして...」
クマモトかミヤザキの戦争孤児か。で、シンジロウ氏はそういうのにちょっと弱い人情派と言うことかな?
「ヤマタイ国じゃ孤児を野垂れ死になんかさせないよ。孤児施設あるだろ?」
孤児施設。孤児で集落を作り、役所職員が派遣され自立支援のために教育や職業訓練を行う場所だ。戸籍だってちゃんと持たせている。
「兵になりたいと身一つで飛び出したそうで。一応彼らの居た施設には保護した旨を知らせに走らせましたが。軍部の採用試験は4月と9月ですから。なかなか屈強そうな者もいるようですし、戦時下なので...。旧ヒムカの戦争孤児なら士気も高いかと思い、追い返す前に相国様に相談をと」
おそらくシンジロウ氏は直接彼らと会ってみたのだろう。で、その境遇に同情し、熱意も打たれてしまったと。公務員のくせに。シンジロウ、なかなか嫌いじゃないタイプだ。
「なるほど。とりあえず会ってみよう。その代表格と二人。三人だけ御殿場に入場を許可する。私の目に止まるように屈強な同行者を選んでおくように伝えよ。第四庁舎前で待つ」
「ありがとうございます。早速人を向かわせて伝えます。お時間を頂戴致し申し訳ありません」
シンジロウは嬉しそうに頭を下げた。が、笑みが消えて非常に気まずそうな表情で顔を上げる。
「なんだ?まだ何かあるのか?」
「あのぅ...ただ...いや、確かになかなかの偉丈夫達を従えているのですが、その...従えている代表格は女子でございまして」
はあ?
「罷免されたいのか?君は。相国にする報告に都合が悪いことを後出しとは」
「申し訳ありません」
シンジロウは大失態をやらかしてしまって取引先に謝罪するサラリーマンくらいの勢いと角度で頭を下げた。
「しかしながら。女子なれど眼光鋭く、また従う男達も只者ではないと私は感じました。ですので、何とか相国様にもお会いしていただきたく、浅はかなことを致しました!」
なるほど。シンジロウ氏は同情だけではなく、その姿に何かを見出したと。でもほら、ナナコ姉さんの顔がブチ切れてますよ。この美人の能面くらい怖い顔はないぞ?マジで。
「わかった。内政部の部長が己の首をかけて推薦する人物だ。前言通り会うから伝えて来なさい」
「は!」シンジロウ氏は後ろに立っていた部下の方を見た。見られた部下はシンジロウに一礼し、こちらに一礼してから飛び出していった。ナナコが怖くて早く逃げたかったのだろうな。女子なれど眼光鋭く、か。ナナコの方が絶対怖いよ?
「で?君の目にかなったその者の名は?」
「はい。旧ヒムカ領が孤児。ミミナの『ケンシン』と名乗りました」
なんだと...。
「えっと...女、なんだよな?」
「はい!」
なんでマナは名前箱の女子名に「ケンシン」なんて入れたんだ?
しかし...眼光鋭くって...。




