第3話 日巫女様に謁見する
僕らはひたすら真っすぐに日巫女様の屋敷に向かって歩いた。早朝だったが何人かの衛士達や女官達の姿が見える。
一際大きな屋敷の玄関には女官が二人控えていて、僕らが近づくと目を伏せたまま左右に別れ、それぞれが戸を外側へと開いた。
道中を共にした使者達はここで別れた。彼らは中に入ることはなく、そのまま右を向き離れて行く。彼らの行き先には4棟の立派な建物があり、おそらくは兵舎?的なものなんじゃないかと思う。そこに帰るのだろう。
開かれた玄関の中には一人の幼い(僕と同じくらいか?)女官がいて、僕にゆっくりと会釈をして奥へと歩き始めた。着いてこいということだろう。彼女は案内係なのだ。
ゆっくりと歩く彼女の後ろを少し距離を置いてそのペースに合わせ続く。あまりキョロキョロするのも不躾かなととりあえず彼女の後頭部を見つめることにした。
しばらく行くとまた別の若い女官(少し年上か?)が引き戸の前に立っていて、案内係の女官が彼女に会釈するとそれを受けた若い女官は静かに引き戸を引く。若い女官は体を横にすれば入れるだけの広さ分を開け、するりと中に入り静かに戸を閉めた。
大した間もなく再び戸が先程より少し広め開くと、中に入っていた女官が出てきた。
「日巫女様の御前でございます。どうぞ中へと真っすぐにお向かい下さいませ」目を伏せたまま彼女は僕にそう告げた。
僕一人で入ってもいいのだろうか?
何か言った方が良いのかな?「失礼します」とか「トウリでございます」とか。
…雰囲気的には無言が正確だろうな。
部屋の中に入るとすぐに戸は閉められた。
窓はなかったが部屋の両端にいくつかの灯火があったので暗いということはない。明るいということもないが...。まあ中の様子はちゃんとわかる程度には明るい。
この時代にこのクニにはまだ蝋燭がない。
この灯りは皿に魚油か植物性の油かを満たし、芯になる麻縄を浸して灯しているものだ。油ランプの一番原始的なものになるのかな?時代劇なんかでも江戸時代の庶民が使っていたな。蝋燭は高いからコッチが主流だとかなんだとか。
ちなみにこの時代ではこの油ランプすら庶民は持たない。庶民の灯りは囲炉裏、極めて原始的な...言ってしまえば家の中で焚き火しているだけ。夏はさすがに暑いから煮炊きは外でする。上手くできているもので夏は日が長いから屋内で火を焚かなくても夕食時はまだ明るい。日神様の恩恵。
部屋自体は狭くはないが、想像していた程には広くはなかった。六畳間を三部屋並べた程度。奥に簾があり、その向こうにおそらくは日巫女様がおられる。
どれほど近づいても良いのかわからず、とりあえず六畳間一部屋分程行った所で膝をついて平伏してみた。
「もそっと近うへ」
日巫女様の声。体がビクッとなり胸がキュっとした。思っていた声とは随分と違って、かなり若い女性の声だ。トウリとしては絶対に聞くこともなく人生を終えたはずの神に近しい御方の声であり、前世の僕にとってもクニのトップなんてお偉様に関わるような人生でもなくてそりゃ緊張してしまう。
「良いから、もそっと近うへ」
固まってしまった僕に再度日巫女様が簾の向こうから言う。慌てて膝立ちをして距離を少し詰める。
日巫女様が「フゥ」とため息をついた。
「いや、普通に立ってコッチにいらっしゃいよ。簾の前まで。大丈夫だから」
驚いた。急に日巫女様が随分とくだけた。
まあ確かに子ども相手だから威厳を保つよりはそうした方が良いと思われたのだろう。気を使わせてしまったのだ。僕は慌てて立ち上がり、言われたとおり簾の正面まで行き、改めて膝をついて平伏した。
「顔上げても良いわよ。簾の左、あ、貴方から見て右ね。右端に紐があるでしょ?届く?そうそれ...」
言われるがまま再び膝立ちをして手を伸ばし右端の紐を掴む。
「それ、ゆっくり引っ張ってくれる?この簾が上にあがるから」
簾が上がる?
え?
ご尊顔を拝謁するの?
膝立ちで紐を握ったまま固まってしまう。
「かまわないから。コレ、コッチからは上げられないのよ。ほら、私日巫女だから。そういうこと全部女官がやるような仕様になっちゃってるの」
頭が混乱する。玉音を拝聴していることさえ畏れ多く、その上でご尊顔に拝すなど体が震えて仕方がない...はずなのだが...。なんと言うか...、子ども相手だからなのかもしれないが...しれないが、だとしても...この日巫女様、さすがにちょっと威厳がなさ過ぎるような...。
僕は一度小さく深呼吸をして、国旗掲揚が如く紐をゆっくりと下げていく。そしてその動きに合わせて目の前の簾がクルクルと捲れていき、下から少しずつ日巫女様の姿が現れてくる。
椅子?え?この時代って椅子あるの?
シンプルで簡易的だが確かに日巫女様は椅子に座られている。
意外と距離がある。日巫女様は簾から1m 程離れていらっしゃったのか。
白い絹の服と朱の糸。前世で知る巫女の服にやはりかなり近いお召し物だ。というか日巫女様、存外その体付きが幼く感じる。
え?
「日巫女よ。正真正銘のね」
僕の驚いた表情に対して応えるようにその少女はそう言って微笑んだ。
そう。少女だ。勝手なイメージだけど僕は日巫女様を老齢とまではいかなくとも、それなりの年齢の女性だと思っていた。声が存外若かったから少し驚きはしたが...まさか僕とさほど歳も変わらなそうな少女とは。
「あ、その紐。そこに石があるでしょ?それを重石にして。それで固定するの」
笑顔のまま日巫女様は続けた。
「大人だと思ってたんでしょ?でも一応貴方よりは四つ年上のお姉さんだから」
四つ年上?この人は「年齢」がわかるのか?暦のないこのクニで。
「トウリです。ご無礼致しました。御容赦下さいませ」座り直し頭を下げる。「あの...日巫女様には僕の...私の歳がわかるのでしょうか?」
「わかりますよ。貴方は昨日で10歳になりました。そして私は今14です」当たり前のように日巫女は答える。
「何ゆえにそれをご存じなのでしょうか?日神様より教わったのですか?」威厳なく感じたし思いのほか幼い。それでもやはりこの方は「日巫女様」なのだ。常人ではない何か力をお持ちということなのか?
「その前にあなたをここに呼んだ用件から話したいのだけど。いいかしら?」日巫女様は笑みのまま問い返す。
「はっ、し、失礼しました」慌てて頭を下げる。
「トウリ。ひとつ尋ねます」
僕は顔を上げ日巫女様を見た。笑みは消え真剣な表情に変わっていた。ひと呼吸置いて日巫女様は続けた。
「あなたは昨日、前世であり未来である記憶が蘇った」
息を止め目を見開く。
「間違いありませんね?」
返事をしようと口を少し開くが思わず声が詰まる。仕方なくひれ伏すように大きく頷いて肯定した。
しばらく沈黙があった。
「上手くいったのね」つぶやくように日巫女様が言った。
上手くいった?
頭が混乱する。日巫女様は昨日で僕が10歳になったのだと言った。そして僕に前世の記憶が蘇ったことを知っていた。そして「上手くいった」と。
つまり僕が10歳の誕生日に前世の記憶を思い出したのは日巫女様が何かをしたからだと言うこと?
思考は慌ただしく混乱していたが体は完全に固まっていた。この方は一体何度僕の体を固めてしまうんだ...。
「では、すべてをお話しましょう」日巫女様は目を閉じてそう告げた。僕は固まったままだ。
「そうね...まずは質問」日巫女様は目を開けて僕の目を見る。「いい?今から言う質問にはこの時代のトウリ君にではなく、21世紀の貴方にお聞きします」
なんと...僕の前世が21世紀とさえわかっている...。いや、この時代に「西暦」の概念を知っているというのか...。
「だから貴方も日巫女にではなく、同じ21世紀の人間に答えるように言ってくれるかしら?」
僕は体を起こし、背筋を伸ばして真っすぐに日巫女様を見て頷いた。
日巫女様は一体何者なのか?それらを日神様が教えたのか?日巫女様にしろ日神様にしろなぜ僕なんかの平凡な記憶を蘇らせる必要があったのか?
それを知るためにトコトン向き合う腹を決めた。頷いた僕に日巫女様は頷き返して続ける。
「貴方はこの時代、このクニ、そして私のことをどう考えてる?」
目を閉じて深く深呼吸する。
「弥生時代後期、ここは...邪馬台国で、貴女は卑弥呼ではないかと思っています」
答えたあと、目を開き日巫女様の目を真っすぐにみつめる。日巫女様は優しい笑みを浮かべて言う。
「正解」




