第2話 このクニと未来を思う
思えば少なくともこのクニには明確な法律や身分制度がない。
まあ文字がないのだから「明文化」することができないのでそうなっているのだろうけど。
それでもクニという集団が成り立っているのだから凄いことだと思う。
僕たちはただ自然と日巫女様を崇め、その御言葉に従い、日巫女様の御側に侍る衛士や女官達を敬い、集落では長を決め、その長が集落を代表して時折収穫の一部を日神様への貢ぎ物として「自主的」に日巫女様の下へと納める。
トウリである僕にももちろんそこに何の疑問もない。が、未来の記憶を得た僕には極めて驚きの発見である。
もちろん小さな集落の子どもに過ぎない僕が知らないだけで、細かな決まり事なりが口伝であるのかもしれないが、少なくとも身の周りでは聞かない。
この時代よりさらに遥か昔の時代でも、海の向こうには法律があり、身分制度があり、奴隷制度まである。
「文字がない」のが大きいのだろうが、日本人らしいと言えば言えなくもない。
…。
そもそもなぜ「文字がない」のだろう?
小さな集団社会ならそれでいけるかもしれない。でもこのクニは確かこの頃にはそれなりの大きな国家だったはずだ。むしろ文字がないままこの規模の国家になっているのは奇跡なんじゃないだろうか?
識字率が限りなくゼロに近いだけで上層部では何らかの文字がある?いや、確か文字がないからこそこのクニは先の世の中でも謎国家になっていると言うような話だった。専門家でもなんでもないから詳しくは知らないけど。そもそもそんなものがあるなら時折御殿場へ行く長くらいは知ってるんじゃないか?
未来ではその辺のことは研究者の間でどんな結論になっているんだろ?
まあ今さら知る由もないか。
闇夜を使者が持った三本の松明だけで進みながら、僕はそんなことを考えていた。なんせ歩く以外にやることがない。
三人の使者はそれぞれが一本の松明を掲げ、僕を中心に守るように前方左右に一人ずつ、後方に一人。特に会話もない。何も話しかけてこなければ、話しかける雰囲気でもない。あるいは「無駄な話はしてはならない」と日巫女様に言われているのかもしれない。道中彼らが発した言葉は、リーダーらしき方の「ここでしばし休む」と「水を飲まれよ」くらいだ。
そんな道中なわけで、結局ずっと頭の中で未来の記憶にあるこのクニのことをアレコレと考えているのだ。
と、言っても実は「このクニ」が未来の記憶にある「そのクニ」だとは断言できない。勝手にそうじゃないかなあ?くらいの想像だ。なんせ僕、トウリ少年はこのクニの正式名称など知らない。両親だってわかってないんじゃないかな?てか、そもそも正式名称などあるのかさえ実は疑問だ。
僕らは単純に「日巫女様のクニ」と呼んで...いや思っているだけだ。
「クニ」という概念は知っている。まだ度々戦があった頃に「他所のクニがこのクニの西の集落を攻めた」とかそんな言葉が行き交っていたし、「日巫女様が全てのクニの争いを収められた」とお祭り騒ぎだってあった。「クニ」、まあつまり「国」なんだろうな。
前世?未来に生きた僕は本当に平凡なただの一般人だった。特に歴史に詳しかったとか何かの専門家だったわけじゃない。昭和の後期に普通の平凡な両親の下に生まれ、近くの公立小中学校を可もなく不可もなくな成績で卒業し、市内の普通高校に進学して、特に優等生でもなければグレていたわけでもなく、過度に陽キャだったこともなければ陰気なボッチだったわけでもない。
いたって普通な高校生。それなりの大学へ進学し、特に何かの研究に没頭したこともなく、無難に卒業。特に有名大手というわけでもないが超絶ブラックというわけでもない会社で無難に過ごし、結婚して家族を持ち、子どもにも恵まれた。ひとつ残念なことがあるとすれば少々早死にしたくらいか。会社の健康診断で腫瘍が見つかり、それが思いのほか進行していて病死。まあしかし子ども達は成人していたし、妻には多少の貯金と保険金、家は遺せたし平凡ながらも十分幸せな人生だったと思う。
しかしだ。だからこそ解せない。
こういうのって普通は特別な知識や技術を持った人間、あるいは人助けして死んでしまったとか、超絶ブラック企業で過労死してしまった人間じゃないのか?定番では。
あるいは逆に無気力無職の引きこもりが生まれ変わって本気をお出しになられたり?
僕の前世?はどうもそういうのには当てはまらないのだが...なぜ僕なのか?
いや、意外と現実はこんなものなのかもしれない。
そういえば「未来を知っている」みたいな人達ってせいぜいネット上の匿名掲示板に色々書き込みするくらいの人達だったしね、現実。
あるいはあの時代で新しい発明や発見をした人達って意外と今の僕みたいに未来から生まれ変わった人達だったのかもしれない。
徐々に辺りが白けてきた。何度か休憩は挟んだが、結局僕らは夜通し歩き続けてきた。不思議と眠くはなかった。
朝靄の向こうには日巫女様の屋敷がある御殿場が見える。
土を盛り、少し小高くした土地を成らし、周囲を簡易的な柵で囲いさらにその外縁には水を張った濠が掘られている。
櫓が立ち、高床の蔵が沢山あり、幾つもの大きな平屋の屋敷が見える。ただあまりにも広大で外からは全容など解りはしない。
濠に架けられた橋の先に大人達が南大門と呼ぶ門があり、衛士が二人見張りに立つ。
衛士達は僕らを止めることもなく、ただひと言「開門」と言う。左右の門戸が内側に開かれた。先頭の使者が一度振り返り僕の目を見てから頷いた。
いよいよ日巫女様の住まう聖域、御殿場に入場する。




