第16話 総評と考察
その後もマナが好き勝手に色々と作らせた物や、やってきたことを聞いて、呆気にとられているうちに日も傾いてきたのでその日は御開となった。
マナが銅鑼を鳴らすと下に案内人が迎えに来て、マナは祈祷所に残り、僕は屋敷の部屋へと戻って夕食をいただいた。
何となくマナのキャラがわかった1日だった。優秀なのかポンコツなのかがイマイチわからない子だ。
ただ少なくともここの女官達がエリート集団で、しかもかなりの人数がいることはわかった。これは朗報だ。
マナの方針では「邪馬台国を有無言わせずに記録に残る国家にする」だ。このエリート集団は心強い。
…マナは好き勝手に楽しんでいるだけにも感じるが...。
しかし結果としてそんなマナの性格が功を奏したと思う。
これが違う国家なら「ワガママ女王」で反感を買うかもだが、なんせここでは日巫女=神様の使いだ。それにマナの言い出すことは時代を無視したもの過ぎて、聞く側にはまさに「神の啓示」だ。漢字もないのに平仮名片仮名が出てくる世界。漢字が中国から伝わり、それを簡略化して「以」が「い」だとか「伊」が「イ」なんて段階もなしに「みんな、これが「い」だから」で生まれた文字。
「はね釣瓶」を通過せずに誕生している「滑車釣瓶」。ある日突然現れる「アラビア数字」。漢字は教えてないくせに漢字で書かれた将棋の駒。
これは推測だが、このミッシングリンクだらけの進化はユカには出来なかったんじゃないかと思う。僕にもできない。
人は自分が異質であることを忌み嫌うものだと思う。特に日本人はそうじゃないだろうか。
こんな時代に生まれたら、まずは時代を受け入れて、それに沿って進化の加速を促すのが普通だと思う。
マナはどうも若干その辺りが違う。時代にスピードを合わせる気があまりない。むしろマナのペースに時代がワケもわからず合わせさせられてる感だ。
例えるならアメリカに行ってコミュニケーションをとるために、英語を勉強してから現地の友達に日本語を教えるが一般的なところを、アメリカに行ってコミュニケーションをとるのに、普通に日本語で話して、周りが理解するために一生懸命に聞いて、そのうち相手も日本語を覚えて自分も英語を覚えるタイプ。
マナはユカのことをガサツと言ったが、どうも聞いていたら「ユカはガサツで奔放なキャラを演じているが本質的には理知的(医者してたくらいだし)な人間」で、対してマナは「一見ちゃんとした女の子だが、本質的には大雑把で大胆不敵」だったんじゃないかなあ。
前世で入院中に暇だったから色々と漫画で読んだが、生まれ変わり、転生転移ものでよく聞く、俗に言う「自重しないキャラ」ともまた違う気がする。
ああいうキャラは基本神様的存在に不思議な力や能力を貰ってて、有り得ないことを簡単にやってしまって「なんかやっちゃいました?」だ。
しかし卑弥呼システムにはそんな特権はない。強いてあるのは「自分が呼んだ人間を見つける(これはバグくさいけど)」と「1年の経過がわかる(あまり使い途がない)」と「日食がわかる(いよいよ何に使うのか不明)」だけ。あとは卑弥呼じゃなくなってから「リスタート」か「リタイア」を選べるだけだろう。強くてニューゲームすらスタート地点が変わることである程度規制がかかるくらいだ。しかもマナはリスタートじゃない。「初見プレイ」だ。
そう。彼女は時代に呑まれてない。時代や歴史に気を使わないのだ。
それでまかり通るのは日巫女=神様的存在。卑弥呼システム唯一にして最強の特殊能力はそれだろうな。
もし卑弥呼システムの求める解答が、マナの考えるように邪馬台国を「歴史が無視できないくらいの有無を言わさぬ存在」にした先に有るのだとしたら。
あるいはマナはユカよりも卑弥呼に向いているのではないか?
ただ、今のマナには国力を高めるという概念があまりない。いや、あるのかも知れないがイマイチ具体的にはわかっていない。
点と点を繋げていく発想が苦手なのだろうなと思う。
補佐としての僕の役割はどうもそこにあるんだろう。
まあでも無理もないか。思えば彼女は中身がただの2008年生まれの17歳だ。情報ツールもない世界にたったひとりやってきて、国だ世界だを意識しろと言われても無理がある。立場的にも彼女にとって世界はこの屋敷と御殿場だけだ。
そう思えばマナはかなり上手くやってきたものだと言える。
卑弥呼システム。はっきり言ってやっぱりこれは「呪い」の類だ。
マナが言うようにユカはギリギリまで悩んだだろう。親友に「呪い」を押し付けるのだから。
でもユカはマナの性格がわかっていたはずだから、もしかしたら「マナならやれるんじゃないか」って想いもあったのかもしれない。
ユカはマナの同級生だった。でもおそらく「本当のユカ」は大人だったんだと思う。
本当のユカ。始祖のユカかな?
ユカの前は2008年生まれの別人で、そう遡っていった先の、「元々の人間」。誰かに「呪い」を受け継がされた時のユカは2008年生まれとは限らない。現に僕が1966年生まれのように。
その時の彼女がユカの元々の人格になるはずだから、それが本来のユカだろう。ユカって名前じゃないだろうけど。
だからこそ「涼しい顔して何をやり出すかわからない子」のマナと仲良くなったんじゃないかと思う。大人として気にかけていた部分があるんじゃないかって。あるいはそういうマナの無邪気さに憧れもあったのかもしれない。
しかし、卑弥呼システムがいつから続いてて、今が総合で何回目かはわからないけど、もしかしたら2000年代生まれの10代が卑弥呼として送り込まれたのはこれが初めてなんじゃないか?
事故みたいな突発的なものではなく、2008年以降の医療下で10代の女の子が病院のベッドで亡くなるってかなり稀なケースだ。それこそマナみたいに国内で数ケースしかないような国の指定難病とか。
そこに遅くとも亡くなる15日以内までに現卑弥呼が居合わせて力を使う。かなり無理がある条件だ。
たぶんそうだ。卑弥呼システム史上、初回で未成年の女の子が挑んだことはない。
なまじか社会経験がある大人よりも奔放で頭も柔らかい。
しかもそんな初めての未成年卑弥呼がマナ。これはもしかしていけるんじゃないか?確かにそんな予感は持てる。
これはもしかして僕は振り回されて大変なんじゃないか?
確かにそんな予感も持ててしまう。




