第12話 秘密の国
西暦1937年。
「凄い発見だよ!」
彼は興奮して語ってくれる。何がどう凄いのかなんて無学な私にはわからなかったが、彼が楽しそうに話す姿が嬉しい。
「やはり西暦100年代にはすでに稲作はこの国で行われていたんだ。これはね、つまりこの国に当時から国家が成立していた可能性を示唆している。大規模な古墳群が作られるよりもずっと昔にだ。僕の考えは間違っていなかった」嬉しそうにウンウン一人で頷く彼。私にはさっぱり解らない。
彼は年上の幼なじみ。近所のお兄ちゃんみたいな人。昔から頭が良くて、いつも難しい話を私に聞かせる。
いつからか考古学なる学問にすっかりと傾倒して、古い時代の土器や青銅製のよくわからない物に夢中になっていた。
おじさんとおばさんはお兄ちゃんに軍人さんになって欲しかったみたいだけど、私から見たらお兄ちゃんはあまり軍人さん向きじゃない気がするし、ビシッと軍服姿よりは土まみれになってよくわからない物を掘っている姿の方が余程似合うと思う。
変わった人だけど、私はお兄ちゃんが大好きだ。
「な?凄いだろ、ヒナ」いつも難しい話をした時は私にそう言って微笑んでくれる。
「うん。凄いね、お兄ちゃん」私は話の内容なんて少しも解ってないくせに、いつもそう言って微笑み返した。
「しかし京帝の末永先生らは本当に凄い発見をしたものだ。京帝は近くあの浜田先生が総長になられると聞いている。益々考古学に力を入れられるだろうな。我らも負けてはおれん。九州の方が大陸に近いんだ。僕は奈良で見つかったのなら、必ずや九州にも大規模な遺跡が眠っていると思っている。今後壱岐で大規模な発掘調査が計画されているからね、必ずここには大きな成果が眠っているはずだよ」
「じゃあお兄ちゃんもそこで凄い発見をして、偉くなって帝大の総長さんになれるかもだね」
「ハハハ。さすがにそれは無理かな?でも確かに出世すればできることが増えるから悪いことじゃないな。でもね、ヒナ。考古学は浪漫だ」
「浪漫」私は笑う。
お兄ちゃんは昔からしょっちゅう浪漫と言う。いつも飄々としてて「シャキッとせんか、貴様は!」っておじさんに言われているけど、好きなことには寝食を忘れるくらい夢中になって、怖いくらいの真剣な目をする。「それがそんなに楽しいの?」って聞くと、お兄ちゃんは優しく笑って言うのだ。「楽しいとかじゃないんだ。浪漫だ」って。
「ヒナは浪漫をいつも笑うなあ。女のヒナには解らないだろうけどね、男には浪漫があるんだ。誰に理解されなくとも自分だけの価値観があって世界があるんだ。例えるなら太古の昔、誰もが忘れ去った国が今も地中深くに眠っているようなものだな」
お兄ちゃんは腕を組んで、鼻をフンっと鳴らした。本当に子どもみたい。
「うん。でも、確かにとても素敵な響き。誰もが忘れ去った地中深くに眠る古の国」
お兄ちゃんがバッと私の顔を見た。
「解ってきたじゃないか!僕はそれを見つけたいんだ」
「そっか。頑張ってね」
何だか私は誰にも見つかって欲しくないなって思った。
誰も知らない秘密の国。ずっとずっと静かに続く楽園。
これは女の浪漫なのかな?
私は自分が可笑しくて少し一人微笑んだ。
お兄ちゃんが一生懸命探してくれると良いな。そんな私の秘密の国。
7月。盧溝橋事件が起きる。
日本は中国と戦争を始めた。
私には遠い海の向こうの話に聞こえた。
お兄ちゃんが話す古代の国みたいに。




