第10話 運命のICU
西暦2025年。
「マナ。聞こえているよね?」
私は転生の力を使うとマナに伝え、マナは、多分半信半疑だろうけど、それを受け入れていた。4日前の満月の夜にマナの死期がいよいよ迫ったことはわかっていた。でも結局こうして力を使うことをギリギリまで先延ばしにしてきてしまった結果、彼女はICUへと運び込まれた。おそらくはもうマナのそばにいられるのは今が最後の機会になるだろう。
先延ばししてしまった理由はふたつだ。
ひとつは「もう一人送り込む」という計画が上手くいかないからだ。都合良く該当者が見つからなかった。
でもそもそも私はそうなるだろうとはハナからわかっていた。考えたものの諦めていたんだと思う。ただ結局、もうひとつの理由の言い訳にしていただけだ。
もうひとつの理由は私自身の躊躇いだ。
本当にマナに卑弥呼システムを押し付けてもいいのか?
記憶を持ったまま生まれ変わることの約束。聞こえは良いが、実際は残酷だ。
ずっと文明レベルが低い時代に今の生活をしていた人間がその快適さ便利さを知っているまま生まれ変わる。何度経験しても結構キツいことだ。
そして卑弥呼システムのさらに残酷なことは、それを何度も繰り返す。
正直地獄だ。
何度も正解がわからない卑弥呼の人生を繰り返すことも苦痛だったが、何よりも精神的にまいるのは2008年からの人生だった。
私には卑弥呼システムに関わる前の人生から6度目の卑弥呼を終えたこのユカとしての人生までで、7回生きた記憶がある。
もちろん全てを細部まで覚えているわけじゃないけど、それでもさすがに正直もうウンザリしている。
それぞれの人生に家族がいて、友達がいて、愛した人がいて。そんな人達と幾度と別れてきた。同じ2008年に生まれても私は違う人間として生まれるし、生まれ変わった先で再会することはなかった。
私だけがそこにあったはずの世界を知っていて、誰ともその孤独感は共有できない。
本当に地獄だ。
私はさすがに少し狂ってしまったと思う。だから今世ではもう卑弥呼システムのことはあまり考えず、とにかくユカの人生を一度気ままに過ごそうと決めていた。
そしてそんな今世で一番仲良くなったのがマナだ。
そんなマナが指定難病である自己炎症性疾患だとわかった時、私は何を思った?
医者だった前世もある私はマナがもうそんなに「長くは生きられない」とすぐにわかった。せっかく今世で仲良くなれた女の子。
そうだ。私の脳裏に「卑弥呼システム」がすぐに浮かんだんだ。「卑弥呼を押し付けられるかもしれない」って。最低だ。
確かに私は狂ってしまっているんだと思う。マナを本当に大事な親友だと思っている。でも私は「そういうものを失うこと」にすっかり慣れてしまっている。
マナはそんな私の姿に「ありがとう」と言った。胸が痛かった。
普通、人は死んでしまうとどうなるのかなんて知らない。想像できないけど無になるのだろうか?あるいは天国なり地獄なり、そういった死者のための世界があるのだろうか?
卑弥呼システムの体験者としては「生まれ変わる」を推す。先の世なのか、違う世界線なのか、違う惑星なのか、行き先はわからないけど確かなのは普通「前世の記憶」はない。
卑弥呼システムならマナはマナの人格で生まれ変われる。ソースは私だ。
何に生まれ変わるかはわからない。大当たりを引くかもしれないし、ロクでもない結果になるかもしれない。
ランダムコースか弥生時代のトップ確定(記憶付き)コース。どちらが良いのだろう。
私はマナに押し付けたいだけなのか?
私はマナに例え姿、時代は違っても生きて欲しいのか?
卑弥呼になったからと言って「卑弥呼」になる必要はない。適当な時期に引退して、好きな男でも見つけて弥生時代の特権階級の隠居として生きたって良いはずだ。
そしてまた2008年に生まれたら、さっさと誰かに押し付けてしまえば良い。
そうだ。私はマナの幸せを願っているんだ。だから...。
本当にそうか?
これを運命と言うのだろうか...。
ICUに患者が運び込まれてくる。カーテンの仕切りの中へと押し込まれていく姿を不躾だがかまわないと私は立ち上がって見つめた。パッと見は60代?病身だから老けて見えるのかも。50代から60代。
男性。
最後の満月から次の新月までの間に死んでしまう人間が私にはわかる。今のマナのように胸の辺りに陽炎のような揺らぎが見えるからだ。そう。あの男性のように。
運命なのだ。私の、マナの、そしてあの男性の。そう思えても仕方がないタイミングだった。状況が揃った。
「マナ。聞こえているよね?」マナの目にはまだしっかりと光がある。意識はある。
「今、向かいに5、60代のオッサンが入った。あの人もどんなに遅くても10日以内に亡くなるわ」マナは一度目を閉じ、再び開いた。肯定の頷きだと思う。
「今からあなたに力を使う。そしたらその力があなたに宿るはず。わかるから。感じるから。使い方も。私がそうだったから」
マナが再び目を閉じ、開く。
「この距離なら届く。今、力をまだ持っている私が確認した。届く」
私は意識をマナに集中する。バトンを渡す。
マナの胸の辺りにあった揺らぎが見えなくなった。卑弥呼システムのプレーヤーが変わったんだ。
「感じるよね?わかったよね?」
マナが目を閉じてまた開く。
「意識を、力を飛ばすの。あのオッサンの方に」
マナが目を閉じる。今度はしばらく閉じていた。しばらくして再び開いた目は力強く私の目をジッと見ていた。
私は涙を流してしまった。何の涙だろう。やるべきことを最後に成せた安堵の涙?これであとは親友を見送るだけになった寂しさの涙?卑弥呼システムから抜け出せた喜びの涙?逆に長い長い付き合いだった卑弥呼システムを失った喪失感の涙?
ただただ、大好きな親友を亡くすのだという悲しい涙?
きっと全部だ。
「マナ。大丈夫だから。あなたは消えたりしないよ。あなたはあなたの『卑弥呼』を精一杯生きて。大好きだよマナ」
気のせいかもしれない。微かにマナが微笑んだように見えた。
そしてその日の夜。マナは亡くなった。
いや、新しい卑弥呼が生まれた。
名前も知らないおじさん。勝手に巻き込んでごめんなさい。そして、勝手ついでに図々しいけどさ、あの子のこと、お願いします。どうか力になってあげてください。




