表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/18

7、未熟な男に法を説く

「イタリアのサルデーニャ島に生まれました。日本で言う、置縄県 (おきなわけん)のような離島です。その州都、カッリャリで育ちました。漁業が主要産業で、観光地でもあります。でも、置縄おきなわほど経済は活発ではありません。中心部のローマやナポリに比べれば、地味な所ですよ。その分静かに暮らせるので、僕には住みやすかったです。要するに、良き田舎です」

「ご両親も日系人だとおっしゃっていましたね」

「ええ。みんなイタリア生まれのイタリア育ち。外見以外は普通にイタリア人なんです。父親は漁師。母親は僕を生んだ二年後に、病気で他界しました」

「あっ、そうなんですね…。ごめんなさい」

「いえ、全然大丈夫です。僕も普通の小学生でした。十四時半に帰宅したら、昼食。日本の感覚だと遅いんでしょうけど。それから宿題したり、遊んだりして、気がつけば夜…という感じで。日本の小学生と、さほど変わらないです。勉強は好きでしたから、成績は良くて」

「なにがキッカケで、研究の道へ行かれたのですか?」

「知り合いの医薬博士に誘われたんです」

「誘われた?」

「ええ。僕が小さい時、近所に住んでいた子供と仲良くなりましてね。初めて会ったのは、その子が五歳で、僕が十歳。近所には小さな子供がいなかったから、すぐに仲良くなりました。道端でカルチョ…日本で言うサッカーの真似事をして遊んでました。体を動かすのが好きな子でね。髪も短くしていたから、よく男の子に間違えられていました」

「あっ、その子は女の子なんですね」

「はい。その子が十歳になった時、僕はその子の家庭教師になったんです。イタリアって、塾が無いですから」

「えっ、無いんですか?」

「塾のような、学校教育を補填するような施設の概念が無いんです。だから来日した時に塾があると知って、驚きました。子供の勉強は、周囲の大人が面倒をみるというのが普通です。勉強を教えているうちに、その子の親が僕の学力を感心してくれるようになりました。それがイタリアの薬学博士、シルビノ・ラッティーン博士なんです。聞いた事は?」

「もちろん知ってます! 医薬界だけじゃなく、医療関係全体で有名な方ですから」

「博士に僕の学力と医薬研究の才能を見初めて頂きました。ラッティーンさんは僕が十七歳の時に、自分の研究チームに入れて、教育をしてくれました。高校の授業が終わればラッティーンさんの子供の家庭教師・次に研究チームで勉強と仕事…というのが日課になりました。高校・家庭教師・研究。どれもみんな大好きで楽しい事だったんで、充実してましたね」

「ラッティーン博士は高名な方ですけど、田舎で活動されていたのですか?」

「そうです。研究の事で都市に出向くことはあっても、基本的にはサルデーニャ島で生活をされている方でした。理由は二つあるんです。地元愛が強い人で、島以外で生活したくなかった。もう一つは家族愛も強い方でしたから、妻や子供と離れて暮らすなんて事は、考えられなかったみたいですね。でもそれが博士の原動力でしたから、業界にとっても良かったんです」

「博士はジョルノ先生みたいに、個人で活動をなさっていたのですか?」

「いえ、サルデーニャ島にはカリッサという大学があるんです。そこの医学部・薬学部で教鞭きょうべんをとっておられました。同時に研究も行っていました。学内どころか、島全体から尊敬をされていましたね。勿論もちろん、僕も大尊敬していました」

「確かラッティーン博士の功績って色々ありますけど、最近では網膜色素変性症 (もうまくしきそへんせいしょう)の治療に貢献されましたよね? 治療薬に必要なたんぱく質を確立したという。ウチの会社のタンパク質科学研究部に、仲の良い子がいるんです。その子が『五年前の当時、私の大学内も大騒ぎになりました』って言ってました」

「日本でも、そうなっていたんですね。世界中の医学・医薬の世界で称賛されましたから」

「もしかして当時、ジョルノ先生も関わっていたのですか?」

「そう言いたいトコロですが、それはありません。当時の僕はラッティーン博士の研究を手伝わせて頂いていましたが、その頃はまだまだ駆け出しです。助手どころか、助手の助手も満足に務まりませんでした。チームにはいましたが、実質、見学していただけです」

「そうでしたか。惜しいですね」

「あの研究の中心人物は、みんな出世して、世界的に有名になった人もいますからね。僕もあの時に実力があれば…とは思いますけど。こればっかりは仕方ないです。それに研究にはお役に立てませんでしたけど、歴史的な研究の過程を間近で見れた。とても勉強になりましたからね。それで十分です」

「そうですか」

「そんな事もありましたけど、三~四年間、ラッティーン博士の下でみっちり勉強しました。あの、きっと御存知でしょうけど---」

「はい、ラッティーン博士は亡くなりましたね。もう四年くらい経ちますかね」

「長い間、病気を患っていらっしゃいましてね。僕は博士の事を尊敬して慕っていましたからショックでした。博士がいなくなったら、もうイタリアにいる気を無くしてしまって」

「何故ですか?」

「博士のチームのメンバーって、イタリアの医薬業界では有名なんですよね。僕のような末端の研究員でも、そこそこ名は知れてしまいました。仕事をしていると、どうしてもそれが付いてくる。自由もなくなってきましてね。嫌気がさしてきたんです」

「有名な芸能人の子供が、『●●さんの子供が小学校入学!』みたいに、マスコミに追われてしまうようなものですか?」

「あっ、そんな感じです。『放っておけよ! 俺と親は関係ない!』って思うでしょ? だから、自分の事を知らない街、いや、いっそ外国に住もうと思ったんです」

「なるほど。それで日本っていうのは、ジョルノ先生にとっては自然な流れですね」

「ええ。日本語を話せますし、日系人だから外見も目立たないだろうし。日本の医薬業界の研究は、世界的に見てもトップレベル。迷いませんでした」

「そうなんですね。そこまでは分かるんです。でも---」

「でも?」

「非合法な裏業界で研究をされるのは何故なんですか? 会社員のような仕事のスタイルが苦手だっていうのは、本当だと思います。でも、それなら個人で活動する『プロ契約』でも良いのになって思うんですけど…。表に出てくるおつもりはないんですか?」

「無いです」

「どうしてでしょうか?」

「個人でやったって、結局は一緒ですよ。不自由になります。個人で責任を負うプロスポーツ選手を見てて、自由に見えます? それになんと言ってもお金ですよね。中抜き一切なしだから、桁違いにもらえますし」

「嘘だ」

「えっ?」

「ジョルノ先生は、お金の為じゃない。イタリアでのお話を聞いても・今の仕事への打ち込み方を見ていても、お金じゃないって分かります。だから分からなくて」

「僕もそう思いますよ」

「えっ?」

丈璃乃たけりのさん、貴方の事です。こんなにも一生懸命仕事をなさっているのは、本当に報奨金の為ですか? 違う目標があるのではないですか?」

「いっ、いえ! お金です。ジョルノ先生をスカウトできたら二千万円ですからね。それが百パーセントの動機です。お金が目標の全てです」

「へぇ…。じゃあそういう事にしておきます」

「本当ですってば…」

ジョルノが壁の時計に目をやると、十七時を過ぎていた。ジョルノは言った。

「さて、そろそろ出ましょうか」

「あっ、はい!」

会計を済ませ、二人は店の前で向かい合っていた。結佳ゆいかは軽く会釈をした。

「御馳走様でした。美味しかったです」

「それなら良かった。あの、一つ聞いてもいいですか?」

「なんでしょうか?」

「どうして僕を口説かなかったのですか?」

結佳は慌てた。

「くっ、口説く? ジョルノ先生を? 私が?」

「はい、スカウトの件です」

仕事の事と分かり、結佳は体の力が抜けた。

「あっ、そっちね…。いえ、思ってましたよ。いつスカウトの話を切り出そうかって、ずっとすきを見計らっていました。最初はね」

「最初は?」

「仕事の事を忘れちゃったんですよ。お話をしている内に楽しくなっちゃって。スカウトの件を忘れてしまいました。スカウトマン失格ですね。アハハ…」

「良かったです」

「えっ?」

「僕と過ごしてくれた時間を、楽しいと思ってくれて嬉しかったです」

ジョルノに目を見て言われ、結佳は照れた。

「いっ、いえ! こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」

「僕は貴方の事を尊敬します。僕とは仕事の環境や考え方は違いますが、一生懸命に打ち込んでおられますよね。学ぶトコロも沢山ありました」

「いっ、いえ。そんな…」

「お話しにはなりませんでしたが、貴方の目標が達成されたらいいですね。陰ながら成功を願っています。ではこれで---」

ジョルノは軽く会釈をすると、立ち去ろうとした。

結佳は慌てて止めた。

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「なんでしょうか?」

「も、もういやだなぁ。そんな言い方をしたら、もう会わないみたいじゃないですか」

「はい、会わないです」

「安心してください。もうスカウトの件はお願いしません。ですから今後もたまにお会いして、情報交換しませんか? ジョルノ先生も、一般企業の情報は知って損はないでしょう?」

「はい、むしろ知りたいぐらいです。でも、丈璃乃さんとはもうお会いしません」

「…なぜ?」

「貴方の為になりません。僕のような裏業界の人間と接触している事が知れたら、丈璃乃さんの立場が危うくなります。警察官がMafia (マフィア)と会っているようなものです」

「まっ、マフィアだなんて!」

「貴方は僕みたいに汚れない方がいい。貴方の目標を遠ざけてしまいます。だから---」

ジョルノが言い終える前に、結佳はボソリとつぶやいた。

「…違う」

「えっ?」

結佳は怖い表情で怒鳴った。

「違う! さっきから何言ってんの! どういうつもりよ! おかしいじゃない!」

あまりの大声に、通り過ぎて行く人々が、二人をチラリと見て行く。

ジョルノは焦って結佳をなだめた。

「ちょっと丈璃乃さん、落ち着いてください!」

「いーや! 言わせてもらう! 今日のアンタの態度はなに? どうして優しくするの? 最初の頃みたいに、面倒そうにしなさいよ! なにか下心があるのかと思えば、あっさり帰ろうとするし! 訳が分からないんだよ!」

「お願いですから、声を落としてください!」

結佳はそんな頼みを聞き入れない。

「自分は汚れているだぁ? たかだか二十四年ぽっち生きたぐらいで、世の中を全部分かったみたいに言ってんじゃあないよ! 私は信じられないような社会悪をたくさん見てきた! アンタは自分のやり方で頑張ってるだけ! 汚れてなんていないの! 少しは自覚しなさい!」

結佳の迫力ある『お説教』に圧倒されたジョルノは、申し訳なさそうに言った。

「す、すみません」

やっと落ち着きを取り戻した結佳は言った。

「でも、私が一番怒っているのはソコじゃない。なにか分かる?」

「えっ、まだあるんですか? なんでしょう?」

「アンタ言ったよね? 『夕方まで時間ありますか』って。まだ夕方じゃないのに切り上げるなんて! 約束を守りなさいよ! 女を一人でポツンと置いていくなんて、それでも男なの?」

「でも、もう十七時過ぎてますが?」

「イタリアの夕方って何時なの?」

「えーっと、二十時ぐらいです。日没が、そのくらいだから」

「そうだよね? 友達から聞いた事があるから知ってたよ。じゃあ、まだ三時間あるじゃない」

「ここは日本ですよ?」

「アンタはイタリア人でしょ! だったら夕方は二十時なの! 分かった?」

「わっ、分かりました」

結佳は優しい笑顔になって言った。

「フフッ、ならよろしい。ジョルノ先生。私が以前、『日本の事を知ってほしい』って言ったの覚えてますか?」

「はい、覚えています」

「じゃあお姉さんが、また教えてあげる。良い経験させてあげるからね♡」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ