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4、蜜月のパートナー

 ここは上内じょうない製薬。日本有数の大手製薬企業である。ビジネス街にある、二十階建ての綺麗な自社ビル。この三階には社員食堂がある。学校の体育館並みに広く、端から見ると、奥にいる人が誰だか分からないほどだ。室内は白が基調になっており、床やテーブルも白くて清潔な印象だ。カウンター席から二~八人用のテーブルまで、色々な席が揃っている。


お昼の十二時四十分。研究用の白衣姿でカウンター席に座り、A4サイズの書類の束を熟読している女性がいた。名前は「玖口 鞠子 (くぐち きくこ)」。二十七歳。身長百五十九センチ。中肉中背よりは、少し細め。髪の色はブラウン。形は頭の右横でまとめている、サイドテールという髪型だ。毛先は肩まで届いている長さだ。

研究本部の一部門『タンパク質科学研究部』に所属している。タンパク質は人間の組織を調整するのに必要な栄養素だ。鞠子はタンパク質の構造や機能を分析し、人間の体の仕組みを解明していく業務にあたっている。

鞠子の左後ろから、聞き慣れた声がした。


「おはよう、キク。もうお昼ゴハン終わった?」


声の主は結佳ゆいかだった。鞠子きくこの左隣の椅子を引いて座った。

鞠子は嬉しそうに言った。

「あっ、ユイさんだ。おはようございまーす。ええ、言われた通りに、お先に食べましたよ」

鞠子はそう言うと、書類の束を簡単にトントンとそろえて、テーブルの上に置いた。

「キクっていまだに紙の書類派だねぇ。昼休みに書類とにらめっこは、キクの日課だね」

「みんなタブレットで書類を共有してますけど、私は紙に印刷もしたいんで。簡単に書き込めるし・目にも優しいし、良いトコだらけですよ」

「確か受験勉強も、スマホのアプリとかは使わなかったんでしょ?」

「そもそも、スマホを買ったのは就職してからですもん。勉強は、辞書と参考書と赤ペンという三種の神器を使った『ど根性スタイル』でしたから」

「そんなアナログな子が、社内一の研究者だものね。つまり実質、日本一も同然! みんなも見習うべきだよ」

「ユイさん、それ言い過ぎ! ところで、今日もレシ(レシピエント → スカウトの対象者)の所へ行ってきたんですよね?」

「そう、ついさっきまでね。私服だったから一度帰ってスーツに着替えて、事業開発部じぎょうかいはつぶで仕事して、やっと今からお昼ご飯。もうすでに疲れてるよ。休日のフリをするのって面倒くさいね」

「アハハ、お疲れ様でーす」

結佳はコンビニのレジ袋から、テーブルにサンドイッチ・あんパン・お茶のペットボトルの順で置いていく。それを見ていた鞠子が言った。

「あれ? お茶のペットボトルだ。ユイさんのお昼三点セットと言えば、『サンドイッチ・菓子パン・コンビニのブラックコーヒー』じゃないですか? 一緒にお昼を食べるようになって三年くらい経つけど、お茶なんて初めてかもしれないです」

結佳は面倒そうな顔をしながら、ペットボトルの蓋をねじって一口飲むと言った。

「今朝さ、コンビニでカプチーノ飲んだんだよね。変に甘くて後味がベッタリしてさ。美味しくないどころか気持ち悪かったよ。だから、今日はゴクゴク飲めるようにお茶にしたの。あっでも、キクの教えてくれた通りだった。イタリア人ってカプチーノが好きなんだね。上手くいったよ」

「それは良かったです。でも、コーヒーは絶対的にブラック派のユイさんが、カプチーノなんて嫌ですよね? それが機嫌が悪そうな原因ですか?」

「そうなの。それに生卵や納豆も食べてさ。朝から精進料理みたいなもん喰ってられないよ。でも、今日は仕方なかったんだよね。ま、鮭は好きだったから我慢できたかな」

「そっか、大変ですね。じゃあ、今回のレシの説得は手こずってるんだ?」

結佳はそう言われると表情が一転し、笑顔でサンドイッチを頬張りながら言った。

「それが逆! もう堕ちたも同然だよ。あと一押し・二押しで絶対堕ちるね!」

「そうなんだ! 初日は『苦労しそう』ってこぼしてたのに。オッケーもらったんですね?」

「言葉としては言ってないよ。でも絶対に堕ちたね。手応えありだよ」

「良かったですね! 今度のレシは『若い』って言ってましたよね?」

「うん、二十四だったかな?」

「若い! 私より年下かぁ。どんな子ですか?」

「もうとにかく、人と接するのが苦手な子でさぁ。一人で研究業をしているのは、いくつか理由があると思うの。一番大きい理由は、他人が苦手なんだろうね。特に女。女とまともに会話したのは、私が数年振りなんじゃない? あと、女に変な幻想を抱いてるタイプかもね」

「幻想って?」

「清楚で・控えめで・ヒラヒラの白いワンピースとか着る女が好きそうな男って事だよ。レシの気は引かなきゃいけないけど、ヒラヒラの白ワンピなんて、死んでもいやだ」

「うわぁ、それは私も苦手だな。あっ、白ワンピで思い出した。白いワンピースだけじゃなくて、ユイさんにとって、もう一つ嫌いな白衣ってありますよね?」

「んー? なんだっけ?」

「ウェディングドレスですよ、白のウエディングドレス。よく文句言ってるでしょ?」

「あっ、あれね。あれは大嫌い! 『あなた色に染まります』って意味があるらしいからね。冗談じゃないよ。『お前が私色に染まれって』言ってやりたいもん。黒か赤にしてやろうかな。まぁ当分、そんな心配いらないけどね」

鞠子は苦笑いをしながら言った。

「アハハ…、それは私もです。あっ、話を戻しますけど、レシと会話をした時間って、せいぜい数時間でしょう? 『女が苦手』とか『幻想を抱いてる』とか分かるもんなんですか?」

「分かるよ。少し顔を近づけただけでオドオドするし、軽くボディタッチしただけでビクッとするもんね。『誠実』だの『真面目』だの持ち上げまくったら喜んじゃってさ。すごい単純。そうだ! 指紋の採取、ありがとうね。助かったよ」

「あれは私も苦労したんですからね。もう勘弁してくださいよ」

「ごめんねぇ。でお礼をするって言っているのに、お願いだから何か言ってよね」

「お礼なんていいですよ。話を聞いてるだけで面白いし。で! レシですけど、条件面ではどうです? 納得してました?」

「いや、していないね。あの子は年俸五千万円ぐらいじゃあ動かないよ。私の推測だと、今の裏取引の世界で得ているお金の方が、もっと多いに違いないし。天引きも無いから」

「えっ? じゃあどうやって納得させたんです?」

「『私もセットだ』って言ったの。『君の事を守ってあげる』って。そんな訳ないのにね」

「ま、そりゃあそうですよね。現実はそうです」

「今日は三日目だったんだけど、スーツじゃなくて初めて私服で行ったの。休日のフリをする為にね。そしたら私の服装を見て驚いた様子でさ。『僕の為に、わざわざ休日に来てくれたんだ』って思ったんじゃない? 上手くいったよ。他にも急に敬語を止めて馴れ馴れしく話したりね。あとはワザと偉そうにしたり、ふざけたり。どの作戦もドキッとさせた感触アリだったね」

「うわぁ~、いつもながら狡猾こうかつだなぁ、ユイさんって」

「フフッ、それは誉め言葉だね。嬉しいな」

「じゃあ、明日ぐらいにでもトドメを刺すと?」

「いや、明日は行かないよ」

「あれ? どうして? いつもなら、一気に畳み掛けるのがユイさんじゃないですか?」

「そうだよ。でも、あの子は違う作戦で行ったほうが良いの。押す時は押して、あえて焦らせる。その方が効果がある子なの。『明日は来ない』って言った時、残念そうな顔しちゃってさ、笑いこらえるのが大変だったよ」

「悪いんだぁ~、ユイさん」

「三日間、『丈璃乃たけりの 結佳ゆいかと会わない日』を過ごしてもらう。そして自分の中で、『丈璃乃 結佳という存在が大きくなっているんじゃないか?』って、自覚してもらうよ。そうしたらもう、私の下僕決定だから」

「三~四日で二千万円かぁ。羨ましいなー」

「レシとの交渉期間が三~四日ってだけ。そこに行きつくまでの下準備には、時間も手間も経費も、ムチャクチャかかっているんだから! もう少し欲しいくらいだよ」

「今回のレシって、イタリア人なんですよね? 私のイタリアの知識、役に立ちました?」

「うん、立ったよ。アンタの事、帰国子女って事にしておいたから」

「へっ? 私が帰国子女? ウチの大学に、イタリアの留学生がいただけですよ。結構仲良くなったから、簡単なイタリア語ならは少しは覚えましたけど」

「それじゃあ格好つかないでしょ? 帰国子女の方が信憑性が高まるってモンよ」

「ほぇ~、徹底してますねぇ」

結佳は話し込みつつも、昼食を食べ終えた。

鞠子はさらに聞いた。

「レシにも色々な人がいると思いますけど、やりやすいタイプってどんなレシですか?」

「レシも三割くらいは女性だからね。女性相手に『女の武器』は通用しないから難しいね。だから一番やり易いのはオジサン。どんなにごねられようが、デートでもすれば、まぁ堕ちる。説得する過程で小さなミスがあっても、それでなんとかなるから。チョロいもんだよ」

ニコニコ顔で聞いていた鞠子だったが、表情がかげった。

それに気付いた結佳は言った。

「あっ、そんな顔しないでよ。いつもじゃないから。そういう作戦もあったって事だよ」

「いや、デートだったらいいんですけど…。あの……今は、その---」

ピンときた結佳は鞠子の肩を抱いて引き寄せ、顔を近づけて周囲に聞こえない小声で言った。

「あ…、今でも『枕営業』をしていないか、心配しているの?」

「はっ、はい…」

「してないよ。事業開発部の仕事で、念願の新薬の開発を目指していた時期には…。でも、今はしていない。スカウト業務を兼任してからはしていないよ。二年前くらいかな? キクに大泣きされて止められたからね。それ以来、一度もしていないし、もう止めたから。それよりも、アンタは私のスマホを勝手に見るクセを止めなさいよ!」

「ごっ、ごめんなさい!」

「冗談だよ。別に怒ってないから」

「あの…もうしませんよね?」

「………うん」

「ちょっと! 今の間はなんですか?」

「アハハ、ごめん。本当にもうしてないし、今後もしない。私だって嫌で仕方ないんだから」

「私、ユイさんに感謝してるし大好きなんです。だからユイさんが傷つくのを見るのが辛くて」

「傷つく?」

涙目で鞠子は言った。

「仕事の為にユイさんが…。それって気持ち的には、強姦されていたようなもんじゃないですか? 綺麗で優しいユイさんが辛い目に合っていたのかと思うと、胸が締めつけられるんです」

結佳は、右手でそっと鞠子の頭を撫でながら言った。

「ありがとう。『綺麗で優しい』なんて言ってくれて、嬉しいよ」

「ユイさん…」

「まぁ、『アレ自体』はノーマルだったからさ。別にどうって事ないよ、アハハ」

「私を心配させまいとして、そんな気丈に振る舞わないでください」

「ん?」

「いつだったかな? ユイさんが酷く酔っ払った時、私にポロッと言った言葉が忘れられないんです。ユイさんは泣きながら言いました。『少しでも思い出すだけで体が震えて、涙が止まらな---』」

結佳はキクの話を止めて言った。

「私、そんな愚痴言ったんだね。でも今は、割り切ったからいいんだよ」

「確かにユイさんの『功績』のおかげで、新薬の開発が幾つも進展しました。特に小児系の難病の治療薬が完成したのは、ユイさんの力と言っても過言じゃありません。でも、それでも---」

「もう心配しないで。キクが苦しまないでほしいな。もう絶対にしないから。キクに誓うよ」

鞠子は安心したように言った。

「はい!」

二人は顔と体を離し、普通の声量で話し始めた。

「とにかく、今回のレシはチョロいよ。極端な苦労は無いと思うから安心してね」

「そっか、なら良かったです」

「良かったって?」

「ユイさんは、私にとって恩人だから」

「恩? オーバーだね。なんの事を言っているの?」

「ほら、三年前。ここで私が…ちょうどこの辺りのカウンター席だったかな? 夜に泣いていたら声を掛けてくれて、色々と…。あれで救われました。それからずっと仲良くしてくれているし。私が今生きているのは、ユイさんのおかげです」

結佳は恥ずかしそうに、軽く右手を振った。

「それ言い過ぎだって! 私は会社に友達いなかったから、キクと仲良くなれて嬉しいんだよ」

「私、ユイさんを癒したいです。私に出来る事があったら、なんでも言ってくださいね」

「うん、分かった。ありがとうね」

「じゃあ明日、会社終わりに食事へ行きましょうよ。レシと会わないんだったら、少しは時間に余裕ができません? お店は私が予約しておきますから」

「行こう! キクが連れていってくれるお店は、いつも美味しいもん。お腹を空かせとくね」

「はい! 任せてくださいね。何か食べたいモノ、リクエストありますか?」

「うん、あるよ。えっとね---」

 翌日の会社帰りの夜。二人はイタリア料理店にいた。綺麗な内装だが、特別に高級な感じはしない。一般的なファミリーレストランという感じだ。四人用のテーブル席で、二人は向かい合わせで食事をしていた。料理は四つならんだ。

一つ目は『ミネストローネ』。野菜や豆、ショートパスタなどが入った具沢山のスープだ。

二つ目は『フリッタータ』。キノコ・野菜・チーズなどをいれた卵料理で、見た目はしっかりと形のできたオムレツという感じ。

三つ目の『タリアータ』は、牛肉を薄く切って焼いてあり、オリーブオイルや塩などで味付けがしてある、ローストビーフの様な料理だ。

四つ目は『フォカッチャ』という、平焼きにされているパン。

結佳は手を合わせて言った。

「Buon appetito (ブオナアッペティート)」

結佳は少し驚き気味に言った。

「あっ、イタリアの『頂きます』だぁ。ユイさん、イタリア語の勉強をしてるんですね」

「挨拶程度だけどね。少しでもレシの母国語が話せたら、機嫌取れるでしょ?」

「さっすがぁ。じゃあ一つアドバイス。イタリア人は、『頂きます』で手を合わせないみたいですよ。大学時代にイタリアからの留学生の子と仲良くなって、よく食事をしましたけど、合わせていませんでした」

「あっ、そうなの? それは良い事を聞いたよ。ありがとうね」

二人は美味しそうに食事を進めていった。

鞠子が聞いた。

「こういうお店で良かったですか? 希望通りにすると、このお店になったんですけど」

「うん! もう全てがバッチリ! こういうのがイタリアの日常的な食事なんだね。ありがとう、よく見つけてくれたよ」

「高級店じゃなくて、庶民的なイタリア料理を出す店っていうリクエストでしたもんね」

「今回のレシはイタリア人だからね。イタリアの食事を知っておきたかったの。

それには、実際に食べるのが一番だからね」

「ふーん、そんなモンなのかな。よく分からないです」

「キク、例えばさ、アンタがイタリアに数年間、留学していたとするでしょ?」

「はい」

「で、現地で知り合ったイタリア人が食事に連れて行ってくれた。それが日本食のお店だったら嬉しくない?」

「あっ、嬉しいですね」

「さらに言うなら、料亭みたいなお店じゃなくて、定食を出してくれるような庶民的な店の方が嬉しいんじゃない?」

「本当だ! 日本の日常を思い出させてくれる感じがして、嬉しいかも。イタリア暮らしが長いとしたら、普通に肉じゃがとか卵焼きとかが食べたいです」

「でしょ? イタリア人にとっての肉じゃがってなんなのか、知っておきたかったの。あのレシを接待するのに有効だからね。この店は使えるよ」

「しっかしユイさんって仕事熱心ですよねぇ。プライベートな時間は仕事を忘れないと、体が持ちませんよ」

「キクと食事が出来るんだから、これは楽しいよ。楽しみと仕事を兼ねてるの。一石二鳥ってやつだね」

「だと、いいんですけど」

「それに仕事熱心なら、キクには負けるよ。連日、『セプロラビィの解明』に没頭しているんでしょ? 終電ギリギリまでの日も多いらしいじゃない。体、気を付けてよね」


『セプロラビィの解明』とは…

10万 → centomile (セントミール)

タンパク質 →  proteina (プロティーナ)

迷路 →  labirinto (ラビリント)


この三つの単語を合わせて出来た言葉、『セプロラビィ』。『タンパク質の大迷宮』といった感じの意味だ。天文学的な数と言えるタンパク質の組み合わせを解明できたら、医療や薬科の分野で、不可能が無くなると言われている。その研究を『セプロラビィの解明』と呼び、世界中の医薬会社などの研究機関が、解明を行っている。

「はい。でも、それはやるしかないんで、頑張りますよ」

「とにかく体だけは気を付けてよ。まぁ、世界の医療界全体を揺るがすくらいのプロジェクトだから、大変だとは思うけど」

「ありがとうございます。今回のレシ。ウチに来るとしたら、私のいるタンパク質科学研究部に来るんですよね? セプロラビィの解明の、戦力になりますか?」

結佳は言い切った。

「なるだろうね。もしかしたら、将来的には解明できるかもしれない」

「本当ですか! ユイさんをそこまで言い切らせるなんて、余程の研究者なんですね」

「社交性のない世間知らずってだけで、能力は一流どころか天才的。この四年間の功績を見ていたら衝撃が走ったから。彼の獲得は、社運が掛かっていると言っても過言じゃないからね」

「じゃあ何がなんでも、堕としたいですね」

「だから、もう堕ちたって」

「アハハ、そうでした。今回のレシって、どんな経歴の持ち主なんですか?」

「分かんない。四年前に来日して、今みたいな裏の研究屋みたいな生活している感じなんだよね。それ以前はイタリアに住んでいたらしいけど、詳しくは言わないしね。調べたいけど、外国じゃあ調べるにも限界があるから」

「ふ~ん、そうですか。見た目は? イケメンですか?」

「日系人だから、見た目は日本人と同じだよ。顔はカッコイイいいよ。八十五点くらいかな?」

「あっ、高得点だ! 他に特徴あります? 例えば話し方とか?」

「口数は少ないけどね。うっかり本音を漏らしちゃうタイプだね」

「身長は? スタイルは?」

「背は私より低いね。百六十五~六ってトコかな。体は細身でって…、何? この質問」

「いや、初めてだなって思ったんです」

「初めて? 何が?」

「ユイさんがレシの話をする時、だいたい不機嫌じゃないですか?」

「あーゴメンね。いつも愚痴っちゃって」

「いえ! それは良いんです! そうじゃなくて、今回のレシの話をしている時、機嫌が良いというか、ちょっと嬉しそうに感じたんですよ。それに男のルックスには厳しいユイさんが、八十点台を付けたでしょ? 何百人もいる男性社員の、最高点が五十八点でしたからね。どうしてかなって思ったんです。レシとの間に何かありました?」

「えっ? 違う違う! 予想以上に順調に話が進んでいるからね。そりゃあ機嫌も良くなるでしょ?」

「あっ、そっか! そうですよね!」


二人は食事を終え、ワインをチビチビと飲みながら話していた。結佳のペースは速い。すでに、少し酔い気味だ。

鞠子は心配して言った。

「ちょっとユイさん、ペース速いよ。大丈夫?」

「イタリアって赤ワインが有名らしいよ。これは、それの勉強だから仕方ないの!」

「いやいや、シンプルにワインが好きなだけでしょうに」

鞠子はワインを一口飲むと言った。

「ところでユイさんって、恋人作らないんですか?」

結佳はガックリと肩を落として言った。

「またその質問? 定期的にそれ聞くよねぇ。私もう三十六だし。いいよ、そんなの」

「いや! 『まだ三十六』ですよ! こんな美人を遊ばせておくの勿体もったいない! 私がユイさんと仲良くしてるからでしょうけど、メッチャ来ますからね、男の社員が私の所に。ユイさんの事を『紹介してくれ』って」

「それさぁ、アンタも同罪なの分かってる? 私の所にもキクの事を『紹介してくれ』って男が沢山来るんだからね。キクの希望通り、断っているけど」

「アハハ…、そうでした。でも、話ぐらい聞いても良いんじゃないですか? エリートサラリーマンを選び放題ですから、放っておく手はないですよ」

「もういいってば。今の私は、時間を恋愛に使うのが勿体ないの」

「それはやっぱり、あの『夢』の為ですか?」

「そんな大そうなモノじゃないよ。ただの『目標』だよ」

その後も二人は飲んで喋って、楽しい時間を過ごした。特に結佳は飲んでいた。

 時刻は二十三時を過ぎていた。二人は電車に乗り、並んで座っていた。完全に酔っていた結佳は、鞠子に身を任せて眠っていた。鞠子はそんな結佳を見て呆れ顔だったが、気持ち良さそうに寝ている結佳の顔を見れて、嬉しくもあった。

「やれやれ、これは起こすのに一苦労しそうだなぁ。ユイさん、今夜は私の家に泊まります?

まぁ、返事なんてできないよね」

「--- -- ----- ---」

「ん? ユイさん、なにか言った?」

結佳はなにかを呟いたが、鞠子には聞き取れなかった。今度は結佳の口元に耳を寄せた。

そして結佳が言った言葉に、鞠子は驚きを隠せなかった。

「ユイさん! それって…?」

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