表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/18

3、お姉さんが教えてあげる♡

 翌日の朝七時。ジョルノは目の前に置かれた食事を見て、血の気が引いていた。

「こっ、こんなに今から食べるんですか?」

「そんなオーバーな言い方しないでくださいよ。そんなに量はないでしょう?」

ここは駅前にある大手牛丼チェーン店『よし屋』のカウンター席。ジョルノと結佳ゆいかは隣り合わせで座っていた。二人が頼んだのは牛丼ではなく、朝食メニューの『焼き魚定食』だ。ご飯・生卵・味噌汁・焼き鮭が並んでいる。

定食を見て固まっているジョルノを見て、結佳ゆいかは言った。

「ジョルノ先生は国籍はイタリアでも、日系人のご両親の元で育ったのでしょう? じゃあ食生活は日本式じゃあないのですか?」

「いえ、イタリアの食生活を基本としていました。『なるべくイタリアという国に馴染んでほしい』と、親は思っていたようですから」

「そうなんだ。じゃあお箸は使えます?」

「いえ、あまり経験はありません。でも大体分かるので、なんとかしますよ」

「なら良かったです。とにかく食べましょうよ。別に食べれない物が置いてある訳じゃあないんですから」

結佳は食事の前で手を合わせ、言った。

「Buon appetito (ブオナアッペティート)」

ジョルノはその言葉に釣られ、不思議そうに結佳を見た。

結佳は困った表情になり言った。

「あれ? 間違ってました? 『頂きます』って言ったつもりなんですけど」

「間違っていないです。急にイタリア語を言うから驚きました」

「なんだ、よかった」

結佳は視線を料理に戻した。次に焼き鮭を箸でつまみ、一口食べた。

そして笑顔で言った。

「うん! Buono! (ボーノ! → 美味しい) 私、鮭が好きなんですよね~」

ジョルノは手を合わせずに言った。

「はぁ。じゃあ、僕も食べますよ。Buon appetito」

そう言うとジョルノは、渋々という感じで箸を持った。…が、持ったまま固まってしまった。

心配した結佳は言った。

「どうしました?」

「お箸が一本しかないんですよ。店員さんに、もう一本もらおうかと思って」

「いや、それ割り箸ですからね。二つに割ってくださいよ」

「箸を割る? こうですか?」

ジョルノは両手で箸の左右を持ち、箸を曲げようとした。

結佳は焦って言った。

「だから違いますって! それじゃあお箸が折れちゃいますよ! 中心を持って、左右に引っ張るんです!」

「言っている意味が分からない…」

「困った人だなぁ」

結佳はジョルノから割り箸を取り上げると、手早く『パキッ』っと二つに割って返した。

「すごい! お箸が二本になった!」

「やれやれ、割り箸は初体験でしたか。とにかく食べてくださいね」

結佳は簡単ではあるが、ジョルノに箸の使い方を教えた。そして自分の食事を再開しようとしたのだが、またもジョルノが固まっている事に気が付いた。

「ジョルノ先生、今度はなんですか?」

「これはなんでしょうか?」

結佳はジョルノの視線の先を追った。

「生卵ですね」

「これをどうしろと言うのですか?」

「お箸でといてから、ご飯にかけて食べるんですよ」

「生のまま食べるのですか? 今から焼くのかと思っていました」

「それじゃあ目玉焼きでしょうが! これは『卵かけご飯』と言うんです」

「Uova indiavolate(ウーバインディアボラーテ → 目玉焼き)の方が良いのですが…」

「なんの事が分かりませんけど。ともかく、そこに醤油があるでしょう? 生卵のお皿に、少し回しかけてください」

「ショウユ? うーん…」

「醤油がどうかしました?」

「コラトゥーラの方が良いのですけどね」

「なんですか、それ?」

「イタリア人にとってのショウユみたいなものですよ。魚や塩を原料とした調味料です」

「へぇ、そんなのあるんだ」

ジョルノは、少し離れた所にいる店員に言った。

「あのー、すみません。コラトゥーラください」

結佳は慌ててジョルノに言った。

「そんなのありませんよ!」

ジョルノの近くに来ようとしていた店員に、結佳は頭を下げた。

「すみませ~ん、なんでもないですぅ」

「あ、コラトゥーラは無いんだ」

結佳は少し語気を強めて言った。

「ジョルノ先生、ともかく今は醤油で食べてください!」

「分かりました、すみません」

「生卵は初めてでしたか。他のはどうですか?」

「えっと、納豆と味噌汁も初めてです」

「そうなんですね。ともかく食べてみてください。絶対に美味しいから」

 時刻は七時五十分。二人はコンビニのイートインコーナーに居た。カウンター席にジョルノ一人が座っている。前はガラス張りで、道行く人達がよく見える。後ろに結佳がやってきたのに気付いたジョルノは、スッと立ち上がって隣の椅子を引いた。

結佳はお礼を言った。

「あら、ありがとうございます」

「いえ」

結佳とジョルノは隣並びで座った。後ろから見て、結佳が左・ジョルノが右。

「はい、どーぞ」

結佳はそう言うと、ジョルノの目の前にトンっと紙コップを置いた。

「ありがとうございます。あれ? これはカプチーノですか?」

「そうです。やっぱりお好きなんですね。カフェのようにはいきませんけど、ペットボトルよりは美味しいと思いますよ」

ジョルノは結佳に尋ねた。

「『やっぱり』って?」

「帰国子女の友達に聞いたんです。イタリア人ってカプチーノが好きだって。昨日も研究室で飲んでいらしたでしょう? だからお好きなのかと思いまして。私は初めてなんですけどね」

結佳は紙コップのカプチーノを一口飲んだ。

「あら、想像ほど甘くなくて美味しいです」

ジョルノは結佳の服装を見て言った。

「今日は平日ですけど、お休みですか?」

結佳は半袖で薄い肌色のブラウスと、黒のロングスカートを着ていた。

「ええ。日曜出勤をした時の代休なんです。それより、ジョルノ先生に少し驚きました」

「驚く? 何がでしょうか?」

「まず、渋々ながらも一緒に朝ごはんへ来てくれた事。それに、その服装」

「服装?」

上は白いカッターシャツに、紺色のジャケット。、下は黒のスラックス。これでもしネクタイをしていたら、営業のサラリーマンと間違われるだろう。

「まさかちゃんとした服装で来てくれるとは思いませんでしたよ」

「別にしたかった訳じゃありません。女性と出かけるなら仕方ないですよ」

「仕方ないって?」

「だらしない格好をしてたら、女性が恥ずかしいでしょうから。迷惑でしょ? そんなの」

結佳はニコリとして言った。

「女への気遣いか。うん、私ジョルノ先生のそういうトコロ、気に入っていますよ」

ジョルノは気恥ずかしそうに、視線を外した。

結佳が続けて言った。

「さっきの食事はどうでした? お口に合いました?」

「はい、とても。生卵や納豆は覚悟が必要でしたが、美味しかったです」

「そう、それなら良かった。あの朝食が大丈夫なら、大抵の和食に馴染めますからね。朝の七時に、あの量を朝食として食べたのは初めてですか?」

「初めてです。びっくりしましたけど、意外に食べれるものですね。胃がもたれて、この後大丈夫かなと心配しましたが、スッキリしています」

「私から言わせると、朝食がクッキー数枚の方がビックリで心配です。明日からの朝食はどうなさるのですか?」

「まぁ…。たまには、ああいうのを食べようかと思います」

「あっ、嬉しいな。『もう食べません』なんておっしゃるかもと思ってましたから、お連れした甲斐がありました。あ、そうだ。お箸の使い方、練習しておいて損はないですよ」

ジョルノはカプチーノを一口飲むと言った。

「このコンビニのイートインコーナーは、どういう意味ですか?」

「意味って?」

「さっきの朝食は、和食と日本人の食事習慣を教えてくれたんですよね?

でも、このコンビニでカプチーノを飲む理由が分からないんです」

「ジョルノ先生、前を見てください」

二人はガラス越しに、外の様子を見た。色々な人が、絶え間なく通り過ぎて行く。

結佳は外を見ながら言った。

「何が見えます?」

ジョルノも前を向いたまま答えた。

「何って、人ですよね? みんな今から仕事に行くって感じの人達です。」

「そう、ほとんどがサラリーマンです。このあいだ、ジョルノ先生が『絶対やりたくない』って言っていたサラリーマンです。私もそうだし」

ジョルノは結佳の方を向いて、普通の表情で言った。

「怒っていると言いたいのですか?」

結佳はジョルノの方を向き、慌てた様子で右手を軽く振った。

「違います違います! ジョルノ先生に、日本のサラリーマンの事を知ってほしかったんです」

「日本のサラリーマン?」

「ええ」

二人は再び前を向き、通り過ぎる人々を見た。

そして結佳は外を見ながら言った。

「よく『九時 → 五時』なんて言いますけど、実際は違います。十二時間労働が普通ですよ。いや、それ以上の人もザラです。週休二日も守られてない会社も多いんです。『リモート』やら『フレックスタイム』やらで、労働者の利便性を高めようなんて時期もありましたが、定着しませんでした。『とにかく会社の為に働け』。これが、この国のサラリーマンの姿です」

「そんなに過酷なんですか?」

「あっ、知りませんでした? 来日してからずっと研究生活なら無理ないですね。イタリアにも韓国にも、世界中にサラリーマンはいるでしょうけど、日本が一番過酷じゃないかな?」

「へぇ…」

「だから小さな島国の日本が、世界と互角に渡り合えたりするんですよ。例えばG7(主要国首脳会議)なんて、参加しているのはアジアでは日本だけですから。中国ですら入っていない」

「改めて言われてみるとそうだ。アジアは日本だけですね」

「それはもう、サラリーマンのおかげ…は、極論かもしれませんけど、体どころか命を削って働いているサラリーマンの貢献は大きいですよ。官僚や公務員も含めてね」

結佳はそう言うと、ジョルノの方を見た。それに気付いたジョルノも結佳を見た。

結佳は視線が合うと言った。

「ジョルノ先生。なぜ朝ごはんを食べに行ったり、こんな話をしたりしたと思います?」

「えっ? いや、分かりません」

「知ってほしい。『貴方がいる日本は、こんな所なんだ』って知ってほしかったんです。『世間知らずの博士』のままウチに来ても、上手くいきませんよ」

「だから、行かないですって」

「正直に言いますね。私のスカウトには報奨金がでるんです。成功すると、対象者の年俸の半額ぐらいを基準にしてもらえます。ジョルノ先生は年俸五千万くらいになるだろうから、私には二千万円以上の報奨金がもらえるんですよね」

「それは凄い。それなら、必死にもなりますね」

「最初はそうでした。報奨金の為に貴方を口説いていました。でも、今は違うんです。報奨金が理由の全てじゃない。ジョルノ先生と同じ会社で、一緒に働きたいと思い始めています」

「僕とですか?」

「ジョルノ先生のように、桁違いの才能を持った人って、普通の人と感覚が違うんですよね。悪い言い方をすると、『変な人』です。みんなこだわりが強くて、仕事仲間に『バカ』だの『帰れ』だの、中傷を平気で言ったりします。周囲の人と上手くやっていけない。要するに、『扱いずらい人』。でも、それで良いと思っているんです」

「えっ? 良いんですか?」

「はい。それは『悪人』って訳じゃあないですから。普通の人と感覚が違うってだけなんです。人と感覚が違うからこそ、誰も思いつかないようなアイデアが浮かんだりするんですよね。特別な才能がある人は、常識の枠にはめたらダメなんでしょうね」

「なるほど」

「でもね、私はもうウンザリしています。何人かスカウトして会社に入ってもらいましたけど、おかしな人が多いです。天才なんですけど、その傲慢で周囲を顧みない態度に、ウチの社員は疲弊しています。でも、ジョルノ先生は違いますからね」

「僕ですか? 自慢じゃないですけど、僕もかなり偏屈だと思いますけどね」

「アハハ、本当に自慢じゃないですね。確かにジョルノ先生は、人付き合いが苦手。それは分かります。でも、それが自分で分かっているから、周りに迷惑をかけないように心掛けているのでは? 孤立した生活をしているのは、業界のしがらみにとらわれない裏側で仕事がしたいから。それもあると思います。もう一つは、自分が身勝手な性格だと分かっているから、他人を巻き込みたくないって事ですよね? 私のスカウトだって、もっと強硬に断ってもいいはずです。そうしないのは、女の私をなんとか傷つけないよう、言い方や方法を模索してくれているんじゃないですか?」

「…」

「その上、ジョルノ先生は女性に誠実です。『女に甘い』と、『女性に誠実』は違いますよ。根本が真面目で優しい人なんだと私は思っています。だからジョルノ先生なら、周囲と上手く…とまではいかなくても、大きく揉めたりせずにやっていけると思っています」

テーブルの上に置いてあったジョルノの左腕。その前腕に、結佳はそっと右手のひらを添えた。

「ね? だからジョルノ先生、ウチに来てください。組織に入れば面倒もあります。でも、利点もありますよ。先生も一人ではやりづらい事があるんじゃないですか? ウチの会社を利用してやるってお気持ちで良いんですから」

ジョルノは少し頬を赤くして、自分の左腕に添えてある、結佳の手を見ていた。

結佳は続けて言った。

「前にも言ったけど、私、君の事が気に入っているんだよ。女性慣れしていないのに、なんとか誠実に接しようとするトコロが可愛く感じるんだよね。何かあったら、絶対に私がなんとかしてあげる。絶対に守ってあげるから。君と一緒に仕事がしたいな」

ジョルノはそっと左手を引っ込めた。表情は困り切った顔をしていた。そして右手の人差し指で、右のこめかみを軽くグリグリと押した。

右手を降ろすと、ジョルノは言った。

丈璃乃たけりのさん」

「あっ、初めて名前で呼んでくれたね。嬉しいな。結佳で良いよ」

「おっしゃりたい事は分かりましたが、それでも僕は応じられません。ご理解下さい」

結佳は即答した。

「嫌だ」

「えっ?」

「私の人生のモットーは『満腹』なの。欲しい物は全部手に入れないと、気が済まない」

「貴方ねぇ---」

「あっ、欲しい物って報奨金だけじゃないよ。貴方も私は欲しいと思っているんだからね」

ジョルノは返答しようとしたが、言葉が詰まったようだった。

「困らせちゃってゴメンね。まぁそんなに結論を急がないでよ。時間はあるからさ」

結佳はジョルノ背中に、右手をそっと当てた。

「今日はカプチーノ飲んだら帰るね。三日ほど来ないけど、また来るよ。君と沢山お話がしたいから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ