11、決心は女子会で
そして三日後。平日の夜に三人での女子会が実現した。平日だったので、結佳の服装はスーツ姿、鞠子は私服で、タートルネックのセーターとデニムという、簡素な格好だ。
ノミアも私服だが、おしゃれ着だ。丈が膝上までのミニスカート。上はかなりゆったりしたオーバーサイズのスウェット。色はどちらもグレー。靴は底が厚めの、黒色のダッドスニーカー。靴下はグレー。
ノミアは世界的に有名なサッカー選手である。結佳と鞠子は『きっと目立たない格好で来るだろう』と予測していた。しかし実際は、若い女の子らしい、おしゃれな服装で来たので驚いていた。目立つことに臆していないのか、何も考えていないのかは分からないが。
人気回転ずしチェーン店の、テーブル席に向かい合わせで座っていた。前後に高い敷居があるので、外から三人の様子は簡単には窺えない。三人でテーブル席に座る場合、より親しい者同士が隣に座るものだが、ノミアは結佳の左横に座っていた。
ノミアは向かい側に座っている鞠子に、申し訳なさそうに言った。
「鞠子さん、ごめんなさい。結佳さんの横を取っちゃいました」
「いや、いいよ。別に謝らなくても」
「私、横に人がいないと寂しいんですよね。どちらでも良かったんですけど、結佳さんにしました。次は鞠子さんにしようかな。フフッ」
ノミアは結佳の左腕を、笑顔で両手で抱きしめた。
結佳と鞠子は、内心で思った。
「(可愛い…)」
鞠子はノミアに聞いた。
「もう十一月だし、今日は少し冷えるよ。ミニスカートで寒くない?」
ノミアは結佳への手をほどき、鞠子の方に体を向けて言った。
「寒いです! でも、私は寒さよりもオシャレ優先のタイプなんです。例え真冬でも、ミニスカートに生足で頑張りますよ。それに今日は、会社のハイヤーでアパートから直行直帰だから、寒さは大丈夫なんです」
次に結佳がノミアに聞いた。
「ノミアちゃんは有名人でしょ? そんなオシャレで目立つ格好で来て大丈夫だった?」
「店の外や中にもいっぱいガードの人がいるから、多少は目立っても大丈夫です。それにせっかくお二人に会うので、おしゃれ着で来たかったんです。これでも、色合いは黒とかグレーにして、控えめにしたんですよ」
結佳は感心して言った。
「なるほどね」
「私、『諦める』ってイヤなんですよね」
「ん? どういう事?」
「『寒いから』とか『人目についたらダメ』なんて理由で、好きな事を諦めたくないんです。オシャレも、その一つかな。何事もそんな感じです。欲張りなんで。アハハッ!」
「へーえ」
結佳は表情を変えずに返事をしたが、ノミアの気持ちの強さに押されていた。
三人は、和やかに食事を始めた。
マグロの握りずしを口にしたノミアは絶叫した。
「これが日本のtonno (トンノ)かぁ。イタリアとは全然違う! 美味しいですぅ!」
結佳は笑顔で言った。
「それは良かった。でも、こういうお店で良かった? もっと高級店に行きたいかと思ってた」
「全然です。こういうチェーン店系だって、『美味しい』ってイタリアでも評判ですよ。かしこまった店に行っても、堅苦しいですし」
鞠子が言った。
「ノミア…って、呼んで良いのかな?」
「はい! 勿論ですよ!」
「ノミア、それ醤油かけ過ぎじゃない?」
お皿にある一貫のマグロ寿司。醤油をかけ過ぎて、すこし浸かっている状態だ。
「えーっ、これぐらいしないと、魚の生臭さが消えないじゃないですか?」
「生臭さというか、それが魚の味だと思うけど。イタリア人って、魚を生で食べないの?」
「食べますよ。カルパッチョなんかそうですから。でも、オリーブオイルをたっぷりかけたりして、味はしっかり付けますね」
結佳は聞いた。
「コラトゥーラをかけたりするの?」
「あれはサラダとかスパゲッティですね。というか、よくコラトゥーラなんて知ってますね?」
「え? あっ、あのね、ジョルノ先生が言ってたの。納豆にかけたがってたから」
「へぇ~。ソーマさんと一緒に、納豆を食べたりするんですね。仲良いんだ…」
「一度だけだよ、一度だけ。一緒に牛丼屋さんに行った時に、一度だけね」
鞠子は少し笑みを浮かべて、結佳に言った。
「フフッ。ユイさん、今のは牽制球ですか?」
「変に勘繰らないでよ!」
ノミアは不思議そうな顔をして、二人を見た。
「『けんせいきゅう』ってなんですか?」
結佳は慌てて両手を振った。
「なんでもないからっ!」
三人は、楽しく食事をすすめた。食べたお皿の数は、結佳八枚。鞠子十枚。ノミア三十二枚。ノミアの枚数に、結佳と鞠子は驚いていた。
結佳がノミアに聞いた。
「ノミアちゃんすごいわね。若いのもあるけど、現役のアスリートだからかな?」
「そうかもしれません でも、まだデザートを食べたいから抑えているんですよ」
鞠子はさらに驚いた。
「まっ、まだ食べれるの?」
「はいっ!」
ノミアは備え付けのタッチパネルを操作して、注文をした。数分で、注文した品物が揃った。結佳と鞠子はアイスコーヒー。ノミアは温かい緑茶を選んだ。
三人の前には、ノミアが頼んだデザートの皿が無数に並んでいる。大学芋・みたらし団子・チョコケーキなど、色々だ。
沢山のデザートを前にして、ノミアは上機嫌で言った。
「うわぁ~爽快だぁ! 適当に頼みましたから、みんなで食べましょうね」
結佳が言った。
「ノミアちゃん、頑張ってね…」
ノミアは『美味しい』を連呼しながら、デザートを喜んで食べていた。
すると、結佳と鞠子の視線が、自分に向けられている事に気が付いた。
「あら、お二人ともどうしました? 私、はしゃぎすぎでしょうか?」
結佳は言った。
「そうじゃないの。『普通だな』って思っただけだよ」
「普通?」
鞠子も言った。
「うん、私も思ってた。『普通』だなって。『普通の女の子なんだな』って思ってたよ」
ノミアは困った表情になった。
「う~ん、あまり意味が分からないです」
「つまりさ、私達はもっとワガママな子を想像していたの。プロサッカーのスター選手で、世界的な会社の次期CEOなんだから。でも真面目で礼儀正しい。しかも、とっても素直で可愛い。だから驚いちゃってさ」
「あー、これはプライベートだからですよ。サッカーの練習や試合中だったら、ガンガン怒鳴ったりしますし、我を通したりもしますよ。でも今は、お友達二人と食事中。楽しいんです」
「真面目で礼儀正しいのはどうして?」
「それはソーマさんの影響が大きいですね。あの人は、日本人的な礼儀をしっかり守るイタリア人なんです。ソーマさんのお父さんは厳格な方ですから、彼もそうなったんでしょうね。私もソーマさんと幼い頃から一緒に過ごしていたせいか、自然とそうなっちゃいました。お二人に対して緊張しているとかじゃあ、全然無いんですよ」
「そっか。それならいいんだけどね。あと、聞いてみたかった事があるの」
「なんでしょうか?」
「この間のヒーローインタビューで、ノミア言ってたでしょう? 『札束で焚火をして栗を焼く』とか『イタリアのお寿司は創作寿司だからイヤ』とか」
「ええ、言いましたけど?」
「それと同じような話を、ジョルノも言っていたの。それって偶然なのかな?」
「えっ? その話はソーマさんがイタリアにいた頃、私が言った冗談と日常会話です。へぇ…ソーマさんがそんな話をね。私との話を覚えてくれていたんだ」
「偶然じゃなかったんだ。それにしても、ノミアは本当にジョルノの事は嬉しそうに話すね」
「それは大好きなソーマさんのお話ですから当然ですよ。そのソーマさんのお話を、私の大好きなお二人に話すんですからね。自然とテンション上がっちゃいます!」
結佳が聞いた。
「それ、初対面の時にも言ってたね。どうして私達にいきなりそういう気持ちになれるの?」
「だって、ソーマさんと仲良くしてくれていたんですよね? それは感謝しますよ。『俺は一匹狼』みたいな雰囲気を出しているけど、実はとても寂しがり屋なんです。裏の業界で生きてる人だから、友達を作る訳にもいかないし、そもそも人付き合いが上手くないし。そんな生活の中で、お二人と出会えた。しかも綺麗な女性! 嬉しかっただろうな」
「そうかな。そうだったのかな…」
「はい! そうですよ! だから私が、お二人の事を好きになるのは当然です。現にお会いしてお話してみたら、やっぱり良い人でした。私達と仲良くしてくださいね」
結佳は内心で思った。
「(『私達』か…。ジョルノ先生は、この子の中では自分側にいるんだな)」
「ただ、ちょっと心配にはなりましたけど」
「心配って?」
「お二人がソーマさんを好きになるなんて事は絶対に無いでしょうけど、逆はあるから。一応・万が一・念の為に伺いますね。お二人とソーマさんの間に、何もないですよね?」
「うん、無いよ。なにも無い」
「ですよねー、安心しました」
鞠子が聞いた。
「ジョルノとの新生活は順調?」
「それはイマイチです。頑として、自分が『北九条 颯真』だと認めないし。でも、夕食時に何度も顔を出していたら、私の分も作ってくれるようになったんです。ソーマさんは自分で夕食を作るから、『ついで感』が凄いですけど、嬉しいですよ」
「そうなんだ。それは距離が縮まった感じがするね」
鞠子はノミアに返事をしつつ、チラリと結佳の方を見た。結佳がどんどん辛そうな表情になっているのに気付いた。ジョルノとノミアの交流の話を聞かされたら、嫉妬にかられるのだろう。結佳を気の毒とは思いつつ、結佳の為にどうしてもノミアに聞かねばならない質問をした。
「ノミア、アパートの『第三の部屋』はどう? 使ってるの?」
「第三の部屋ってなんでしたっけ?」
「寝室用の部屋。この間、食堂で言ってたのは、『二人の共同の寝室』って意味だよね?」
結佳が鞠子を止めた。
「ちょっとキク、それはプライベートが過ぎるよ。聞いたらダメだって」
結佳はそう言いつつも、聞いてみたかった。そして『なにもない』という返事を願っていた。
ノミアは残念そうに答えた。
「それが使えてないんです~。意気地がないのか、真面目が過ぎるのか…。あっ、両方かぁ」
結佳は表情には出さないかったが、ホッと胸を撫で下ろした。
鞠子は言った。
「それは真面目が理由だよ。ノミアの事を大切に想っているからじゃない?」
「エヘッ、だと嬉しいな。でも鞠子さん、どうして真面目だと思えるんですか?」
「それは私達も、ジョルノに対して似たような経験をしているからね」
「経験って?」
「つまり私達二人も、ジョルノを誘惑しようとした事があるんだよ。ノミアが話してくれたから、私も話さないとフェアじゃないよね」
結佳は慌てて言った。
「キクッ! バッ! バカッ! ノミアちゃん、嘘だから! 冗談だからね!」
ノミアは結佳の様子を見てから、鞠子に言った。
「結佳さんの慌てようを見ると、それは本当みたいですね」
「うん。恋愛が動機ではないんだけどね。一応、正直に話しておきたくて」
「それで、どうなったんですか?」
「振り切った。ジョルノはハッキリと断ったよ」
「今のお話は、全部本当なんですか?」
「本当だよ。私達が誘惑したのも本当だし、彼がちゃんと断ったのも本当」
ノミアは右手を自分の胸に当てて、ホッとした。
「そうでしたか。断ったんだ。良かった…。もしその時、私の顔が一瞬でも浮かんだりしたのなら、嬉しいんだけどな」
結佳は聞いた。
「ノミアちゃん。貴方の話を聞いていると、嘘を言っているとは思えないの」
「えっ? そんな! 嘘なんてついてませんよ! 本当ですってば!」
「疑っているとは、似ているようで違うの。私達はノミアちゃんの事を、悪く思っていないよ。ただジョルノ先生は、貴方と真逆の事を言うでしょ? だから信じて良いのか分からないの」
「あ…」
「でも、今のホッとした表情。あれは演技じゃできない。心から安心していた顔だった。だからノミアちゃんの言っている事も、本当だと思えてしまうの」
「分かりました。私とソーマさんに昔、何があったか聞いてもらえますか? そうすれば私の事を信じてもらえると思います。何より、ソーマさんの為に信じてほしいんです」
結佳と鞠子は、静かに深くうなずいた。
スイーツの皿は片づき、飲み物だけになった。
ノミアはアイスコーヒーを一口飲むと、話し始めた。
「お分かりだとは思いますけど、私はラッティーンの実子ではないんです」
結佳は答えた。
「うん、見た目がアジア人だものね。ちょっと西洋寄りだけど」
「クォーターらしいんです。両親は日本人ですけど、祖母に当たる人がイタリア人です」
「『らしい』って、詳しくは知らないの?」
「はい。私は孤児だったんで、自分の出生に関する事は、あまり記録が無くて」
「ごっ、ごめんなさいっ! この話、止めようか?」
「全然いいですよ。お二人には聞いてもらいたいし。それにイタリアでは、私が養子だって事は公表していますよ。見た目ですぐに分かりますしね」
「確かにそうだね」
「私にも早く打ち明けられました。良い家族だったから、ショックはありませんでしたし」
「博士の家には、いつ迎えられたの?」
「一歳だと聞いています。私は養子縁組が難航していて、父が志願してくれたらしいんです」
「難航って?」
「網膜色素変性症で、生まれつき視力が悪かったんです。お二人なら御存知の病気でしょ?」
二人ともうなずいた。
鞠子が聞いた。
「当時の視力って、どのくらい?」
「水の中で目を開けたくらいですね。ボンヤリとしか見えなくて。そういう病気や障害があると、養子って難しいんです。でも、両親が快く引き取ってくれました。特に父親が熱心に働きかけてくれたそうですよ。私の目の事を知った上で、引き取ってくれたんです」
鞠子は少し嬉しそうに言った。
「そっか、あれだけ医薬界に貢献している方だから、どんな人なのかなって思ってた。やっぱり良い人だったんだね」
「ええ。私とも沢山遊んでくれましたよ。『お前の目は、俺が直してやる』が口癖でした。母親も兄弟も、私を分け隔てなく育ててくれました。とても幸せでした」
「家族に恵まれたなら最高だね。じゃあ良い幼少期だったんだ」
「ただ残念だったのが、近所に同い年くらいの子供がいなかったんですよね。幼稚園には通いましたが、目が不自由だと、友達を作るのも難しくて。幼稚園から帰ると、一人で遊んでいましたね。親は仕事でいないし、兄弟は中学生以上でしたから、夕方までは帰ってきません」
「そう。それは子供なら辛いよね」
「五歳になった時くらいかな。私、気付いたんですよね。夕方になると、決まってサッカーボールを蹴る音が聞こえてくるんです。そして、それが家の周囲を回っているんです。不思議だなって思い始めました。それから夕方になると家の庭に出て、音を聞いて追っていました。一週間くらい経った頃です。その『音の主』から声を掛けられました。『カルチョに興味あるの?』って。その人が---」
「ジョルノ・ヴェロネ―ジだった?」
「そうです。私的には『北九条 颯真』ですけど。当時で十歳くらいかな」
結佳は、少し驚き気味に言った。
「そうなの? 彼の性格だと、寂しそうにしている子供に声をかける感じがしないけど」
「私達の住んでいる町は、子供が少なかったんです。だからソーマさんも孤独な幼少期を過ごしたらしくて。いつも一人でポツンとしている私が、気になったんだと思います」
「ジョルノ先生は、家の周りで何をしていたの?」
「サッカーボールを蹴っていたんです。ドリブルをしながら、新聞配達のアルバイトをしていました。もちろん法律違反なので、内緒にはしていましたけど」
「アルバイトって、家計が苦しかったの?」
「家族はお父さんだけで、楽ではなかったようですね。ソーマさんはサッカー選手になるのが夢だったから、スクール代を貯めようとしていたんです。『アルバイト中にドリブルもできて、一石二鳥』だと言ってました」
結佳はあまり、ピンときていない感じだ。
「ジョルノ先生が、サッカー選手?」
「あら、結佳さんも鞠子さんもピンとこない感じですね。でも、本当なんですよ」
「うん、驚いているよ」
「最初は私に、ボールを手に触れさせる事から始まったんです。足の裏で軽く触らせたり、脚のつま先でボールをツンツンしたり。ドリブルになって、パスになって---」
「丁寧にサッカーを教えてくれた?」
「はい。まぁその時はソーマさんも十歳だから、教えると言うよりは、一緒に遊んでるようなものですけどね。一日に一回、十分程度だったんですけど、二十分になり、三十分になりました。週三~四回は一緒にやってましたね。両親も私の運動機会があまりないのを心配していた頃だったので、ソーマさんとサッカーをするのを歓迎してくれました」
「ジョルノ先生が、サッカー選手を目指そうとしたキッカケってあるの?」
「それはイタリアの子供…特に男の子なら全員と言っていいほど、誰でも思いますよ。日本人の子供が、一度は『プロ野球選手になりたいなぁ』って思うのと同じくらい、イタリア人にとってサッカーは身近なスポーツですから」
「そっか」
「イタリアでは小学校に入ったら、家庭教師が就く事が多いんです。私はソーマさんに就いてもらいました」
鞠子が言った。
「ジョルノが勉強が出来るのはそうかなって思うけど、視覚障害の子を教えたり出来るの?」
「弱視レンズっていう、まあ虫眼鏡みたいな器具だと思ってください。そういう器具とかを使って工夫をすれば、本やノートの読み書きはなんとかなりました。だから通常の勉強はできたんです。スピードはとても遅いですけどね。でも、ソーマさんはイライラせずに根気よく待ってくれて、丁寧に教えてくれたんです。優しい人なんですよね。フフッ…。あと、日本語も教えてくれました。これは趣味の範囲ですけどね。楽しかったから、どんどん覚えましたよ」
「えっ? ノミアって日本語は喋れなかったの?」
「はい。私は日本人っぽい見た目をしているから、そう思われがちですけどね。生みの親は日本人ですけど、生まれはイタリア。それに一歳からラッティーン家で育っていますから」
「じゃあ、当時はジョルノと何語で話していたの?」
「イタリア語ですよ」
「ジョルノって、イタリア語が喋れるんだ?」
「アハハ、鞠子さん違いますよ。イタリア語が標準です。ソーマさんはイタリア人ですから」
「あ、そっか」
「特別支援の小学校から帰ると、ソーマさんと勉強とサッカーをしていました。毎日が楽しかったな。そしてソーマさんと出会って五年が経ち、私が十歳・ソーマさんが十五歳になりました。そのタイミングで、ソーマさんに大きな決断を迫られる時がきたんですよね」
「決断?」
「サッカーチームにスカウトされたんです。アンダー十五のチームにね」
「すごい! ジョルノって、そんなにサッカーが出来たんだ!」
「しかも、その見出された方法が変わってるんです。あるトラブルが原因で」
「なにかあったの?」
「お二人って、欧米やヨーロッパ圏に長期滞在された事はありますか?」
結佳は答えた。
「無いね。海外旅行の経験はあるけど、台湾と韓国だったから。それも一週間くらいだし」
鞠子も答えた。
「私は海外旅行すら行った事が無いから、全然だよ」
「そういう地域って、アジア人に対する差別って過酷なんです。普通に町を歩いているだけで、背中を蹴らりたりする事もありますよ。日本にいたら、想像もできないと思いますけど」
「それは酷いね。怖いよ」
「私は外見は日本人で、視覚障害者。差別の対象になっている上に家は裕福ときてるから、妬みや差別が凄くて。酷い目に何度も会いました。白杖を投げ捨てられたり・道を尋ねたら、ワザと真逆の方向を教えられたりね。歩いているだけで罵声を浴びせてきたり」
「辛かったね…」
「でも、家族やソーマさんには内緒にしていました。心配をかけたくなかったんです。でも、バレちゃったんですよね。私が大ケガをしたから」
「大ケガ?」
「十四~五歳の少年グループが囲んできて、罵声を浴びせてきたんです。五~六人くらいはいたと思うんですけど。その内の一人が石を投げてきて、私の頭を直撃しました。額が切れて、流血したんです。それを知ったソーマさんが激高して---」
「まさか、相手のグループ相手に殴りこんだ?」
「その通りですけど、ケンカをしに行ったんじゃないんです。あっ、ケンカかな?」
「どういう事?」
「相手の少年グループは、サッカーのクラブチームの選手だったんです。チームがグラウンドで練習をしている最中に、怖い形相で入って行って、こう叫んだそうです。
『俺と勝負しろ! 俺が勝ったら、二度とあの子に手を出すんじゃねぇぞ!』ってね。
今回の件とは関係無い選手も含めて、相手は十人ぐらいだったそうです。それでも全員をドリブルで抜き去り、シュートを決めたそうです」
「すごいっ!」
「連中はケンカよりも、サッカーで日本人に見える男に負けた事で、鼻っ柱がへし折られたんでしょうね。私へのイジメはなくなりました。私はソーマさんには『友達として好き』っていう感情があったんですけど、そこに『感謝』と『尊敬』が加わりました。私にとって、彼は憧れなんですよね」
結佳は内心で思った。
「(私の憧れか…)」
「それを聞きつけたサッカー関係者がソーマさんの事を調査して、勧誘してきたんですよ」
サッカーに疎い、結佳が聞いた。
「あのさ、『アンダー十五に勧誘される』って、どういう感じなの?」
「分かりやすい表現で言うと、『君は才能があるから、サッカーの養成機関に入ってプロサッカー選手を目指さないか?』という誘いを受けたんです。ソーマさんにとってサッカー選手になる事は夢だったから、私達は歓喜しましたよ。でも、そのチームの場所がトリノだったんです」
「トリノ?」
「はい。私やソーマさんが住んでいるサルデーニャ島からは、遠く離れた都市です。日本で例えると、置縄県 (おきなわけん)に住んでる人が、福丘県 (ふくおかけん)に引っ越しをするようなものですね」
「ジョルノ先生は、トリノには行かなかったの?」
「はい。口には出しませんでしたけど、私の事が放っておけなかったんだと思います。私も両親も、『絶対に行った方が良い』と言ったのですが、行きませんでした。私も『行ってね! 夢を叶えてね!』と言っていましたが、内心は違っていました。『お願いだから、行かないで!』って叫んでいました。もうソーマさんがいない生活は、考えられなくなっていましたから」
「そう…、そんな一面がジョルノ先生にはあるんだね」
「その時、私は誓ったんです。『勉強とサッカーを頑張ろう。ソーマさんの気持ちに報いるんだ』ってね。それから二年後。私が中学校二年生の時です。日本で言えば小学校六年生くらいかな? 私が十二歳で、ソーマさんが十七歳くらい。その時に新たな転機が、私達に訪れました」
「へぇ、なんなの?」
「ソーマさんが私の父親、ラッティーン博士の研究室で働く事になったんです」
「あっ、そうなんだ。それは本人から簡単には聞いていたよ」
「ソーマさんが私の家庭教師になってウチに通うようになってからは、父ともよく話をするようになっていたんです。父はそこから、ソーマさんの才能を感じたんですよね。自分の研究室に通わせ、指導するようになっていきました。すると、あっという間に頭角を現して---」
結佳はノミアの話を聞いて、戸惑っていた。
その表情が気になったノミアが、話を止めて聞いた。
「結佳さん、どうかしました?」
「ジョルノ先生からは『当時は助手の助手にもなれなかった』って聞いているけど」
「まさか! 父親本人も周囲の人達からも、『博士の右腕』と言われるようになったんです。欠かせない主力の研究員になったんですよ」
「そうなんだ。謙遜したのかな」
「それから三年が経ちました。私が十五歳・ソーマさんが二十歳の時です。網膜色素変性症の薬が完成しました。長年に渡って研究してきた、ラッティーンのチーム全員の努力の成果です。でも、なんと言ってもソーマさんの功績が大きくて。父も『ソーマなくしては、この薬は完成しなかった』と言っていました」
結佳は内心で思った。
「(あれ…? 微妙にジョルノ先生の言っている事と違ってきている。確か『薬の開発の役には立てなかった』と言ってた…)」
「変性症の患者って世界中に二百万人いるんですけど、私が投与第一号になれたんです。父が色々な関係機関に働きかけてくれたおかげでね。そしていよいよ、治療開始の日程が決まったという時に、問題が発覚してしまって…。お二人なら、もう知っているかもしれませんね」
「うん…。『データの盗用』の事だよね?」
「はい。ソーマさん自ら言ったのか・父が気付いたのかは分かりません。こんな事が表沙汰になったら、薬の開発が遅れるどころか立ち消えになってしまうかもしれない。つまり、何万人もの患者と家族の人生に悪影響を与えてしまうという結論になって---」
「世間には知られないように、手を尽くしたんだ?」
「良く言えばそうですけど、ハッキリ言えば『揉み消した』んです。盗用された側の方に、多額の補償をお支払いして、納得して頂いたそうです」
鞠子は言った。
「本当だったんだ」
「えっ?」
「ジョルノがデータを盗用したのは、本当だったんだね。ユイさんは間違いであってほしいと思っていた。私は、ほんの少し・ほんの一かけらだけど、間違いかもと思ってた。でも、本当だったんだ」
「それはソーマさんが、自分からお二人に話したんですか?」
「…うん」
結佳は聞いた。
「ジョルノ先生は、『これがキッカケで博士の心臓病が悪化して亡くなった』と言っていたけど、そうなの?」
「はい。盗用が発覚してから、急速に持病の心臓が悪化しましたから。心労がたたったんです。私の目の手術と投薬が終わって、いよいよ包帯が取れるって時に、亡くなりました。私の目が治るのを生きがいにしていた人だったから、無念だったと思います」
「ジョルノ先生は、『博士が他界したからイタリアを離れた』と言っていたけど?」
「はい。ソーマさんは、逃げるようにしてイタリアを去りました。ただ、私には言ってくれたんです。『イタリアを離れる』って。イタリアにとどまってほしいと説得したんですけど、聞いてくれなくて。せめて、あと数日は待ってほしいと頼んだのですが、ダメでした」
「数日待つって、何かあるの?」
「私の目の包帯が取れて、目が見えるようになっているかもしれなかったからです。目が治った私の姿を見てほしかったし、私もソーマさんの姿を、一目で良いから見たかった。これまでも見てはいましたが、水の中で見ているようなボヤッとした感じでしたからね」
鞠子が言った。
「分からない。私、分からないよノミア」
「なにがですか?」
「ジョルノはアンタにとって、父親を殺した仇みたいなモンだよ? 恨みとか怒りはないの?」
「無いとは言いません。今でも心中は複雑です。でも思うんです。私は五歳から十年近く、ソーマさんと一緒に過ごしました。彼がいたから、どんな困難も乗り越えられたし、なにより楽しい日々を作ってくれました。ソーマさんの一部分が黒かったからと言って、全部を黒いとは思いたくない。全否定はしたくないんです。彼との思い出は、私にとって黄金の記憶だから」
「ユイさんと同じ事を言うね。本当にアンタ達は、感心するやら呆れるやら---」
「えっ? 呆れるって?」
「なんでもないよ。いずれにせよ、『北九条 颯真』だと認めさせて、ハッキリと事情を聞きたいんだね?」
「えっ? 違いますよ。もう事実関係はどうでも良いんです。ソーマさんがデータを盗用した事は、今の私にとっては重要ではありません」
「じゃあ、どうしたいの?」
「簡単な事です。私はまたソーマさんと、幸せな日々を過ごしたい。『ジョルノ・ヴェロネージ』ではなく、『北九条 颯真』とね。当時は私が面倒をかけっぱなしだったから、今度は私がソーマさんを幸せにしてあげたいんです」
「じゃあ、本当にDNA鑑定をするの?」
「はい。本当はこんな警察みたいな事はしたくないんですけどね。仕方ないです。もう一つ、確実な判断方法があるんですけど、それは難しいんで」
「えっ? どんな方法があるの?」
「私を心から抱きしめてほしいんです」
「抱きしめる?」
「幼少の頃から、サッカーをしている時とかに、軽くハグし合う事はあったんです。でも恋人にする様に、強く抱きしめられた事は無かった。でも最後に、一度だけされたんですよね」
「最後っていつなの?」
「イタリアを去ると告げられた時です。強く・優しく抱きしめられて、耳元でソーマさんは言いました。『Quanto mi dispiace… (クァント ミ ディスピアーチェ)→ すまない』って。
あんなに温かくて力強いハグは、あれが最初で最後です。あの時と同じように、心から私を抱きしめてくれたら、絶対にソーマさんだと分かるのですが…。してくれないでしょうね」
「その事は、ジョルノには言ったの?」
「言いましたよ。これだけじゃなくて、色々な思い出を話しました。でも、『知りません。僕はソーマではありません』の一点張りで」
「…よし、分かった。分かったよ、ノミア」
「なにがでしょうか?」
「ノミアの言う通りだと思う。ジョルノはDNA鑑定を受けるべきだよ。このまま真実が分からず、曖昧なままで過ごすなんて気の毒過ぎるよ。ねぇ、ユイさん?」
「そうだよね。遠いイタリアから訪ねてきてくれているのに、ずっと素っ気ない態度はどうかと思う。ノミアちゃんが可哀そうだよ」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」
「ノミアを気の毒だなと思うのは当然です。私はユイさんが気の毒だって言ってるんです」
「私が? どうして?」
「いくら私が『ノミアの事は気にしないで』と言っても、この事は知りたいでしょう? 気になって・気になって、なんにも手につかないと思います。マジで体調を崩すかもしれません」
「あのね---」
結佳が言い返そうとすると、ノミアがさえぎって鞠子に聞いた。
「あの、仰っている意味が分からないんですけど」
「つまりさ、ユイさんはジョルノが好きなの。男の子として好きなの。恋愛として好きなの。大好きなの。恋人になりたいの」
「キク! あんた---」
結佳は語気を強めて言い返そうとすると、鞠子は厳しい口調で言った。
「ノミアの前だからって、『そんな事ない』なんて言わないでくださいね。もうノミアにも、ユイさんの気持ちは知っておいてもらった方がいいですよ。バレるのは時間の問題だから。と、言うよりは---」
ノミアは苦笑いをしながら、鞠子の言葉を紡いだ。
「はい、もう分かってます。バレていましたよ、結佳さん」
「ど、どうして? いつからそう思ってたの?」
「お会いした初日ですよ。スタジアムで会った日です」
「私、なにか変な事を言ったかな?」
「違います。反応ですよ、結佳さんの反応。
スタジアムで、私とソーマさんがキスしたでしょう?」
「ええ」
「あれには二つの意味があったんです。一つはソーマさんとの距離を縮める事。もう一つは、お二人の反応を見たかった。お二人は日本でのソーマさんの数少ない知り合い。しかも美人。だから関係性を確認したかった。直接聞いても、本当の事を言ってくれるか分からないから」
鞠子はノミアに聞いた。
「ノミアと私達って、結構な距離があったよ。それでも見えたの?」
「現役のプロサッカー選手なんで。あれぐらいなら見えるし、分かりますよ」
結佳は少し緊張気味に聞いた。
「それで、私達はどう映ったの?」
「鞠子さんは、シンプルに驚いていました。とても驚いていたけど、それだけです」
結佳は恐る恐る聞いた。
「私は…?」
「もう驚くを通り越して、大ショックを受けていましたよね? 結佳さんは目を見開いて、両手で口をおおってたでしょ? そうですね…。例えば漫画みたいにセリフを付けるとしたら、『私の好きな男の子が、他の女とキスしてるぅ!』みたいなのがピッタリくるかな」
「ごめんなさい」
「えっ? 謝る必要なんて無いですよ。今の時点で、ソーマさんは私の恋人ではないんですから。結佳さんの感情にどうこう言う気はありません。さっきも言いましたけど、ソーマさんが女性に好かれているなんて、嬉しいぐらいです。しかもガチ恋!」
「申し訳ないというか・恥ずかしいというか…」
鞠子が言った。
「ノミア、もう私は口を出さない。ただ、鑑定の結果が分かったら、ユイさんには教えてあげてくれないかな?」
ノミアはキョトンとした表情で言った。
「いや、なにを言っているんですか? 鑑定は上内製薬でやりましょうよ。私達四人でね」
「私達って、私やユイさんも立ち会うの?」
「はい」
結佳は言った。
「それはダメだよ。二人の問題でしょ? しかもかなりプライベートな内容だし」
「だからです。結佳さんと鞠子さんは、私はもう当事者だと思っています。知らない所で鑑定して・紙一枚で結果が送られてきても納得できないでしょう? 四人全員が納得する形で決着する。これが止まったままの私とソーマさんの時間を進める、唯一の方法だと思いますから」
●
数十分後、ノミアは迎えのハイヤーに乗って帰った。
結佳と鞠子はタクシーに乗っていた。結佳は後部座席の左側に座っている。鞠子は結佳の真横で、結佳に少し体をもたれかけて座っていた。
結佳は言った。
「タクシーまで用意してくれるとはね。さすが次期CEO」
鞠子は力の無い声で言った。
「ごめんなさい、ユイさん」
「ん?」
「DNA鑑定の結果、どうなると思います?」
「十中八九…というか百パーセント、ジョルノ先生は『北九条 颯真』だと判明するだろうね」
「それで、二人はどうなると思います?」
「ジョルノ先生が、自分を北九条颯真である事を否定する理由は分からない。でもノミアちゃんを嫌う理由はないよ。むしろつっかえが取り除かれて、二人の仲は一気に加速すると思う」
「私もそう思います。ごめんなさい」
「さっきから、なにを謝っているの? DNA鑑定を勧めたから?」
「私、ノミアの話を聞いていて、考えが変わったんです。あの二人の絆は固いんだなって。ジョルノの正体が判明しなかったら、何か月も・何年も今のような状況が続くかもしれない。その間、ユイさんはずっと悩んで苦しむんです。私、そんなの耐えられません。だから---」
「時代劇でいう『介錯』をしたかったって事かな?」
「ごめんなさい」
「キクが謝る事じゃないよ。私も早く決着がついた方が、全員の為だと思うから。それに、もういいの」
「いいって?」
「私はジョルノ先生を尊敬しているし、ノミアちゃんも良い子だと思う。そんな二人が幸せになるなら、それで良いよ。投げやりになって、悔し紛れに言ってるんじゃないからね。勿論、私自身は残念に思っているし、悲しいよ。でも二人が幸せになるなら、納得ができるから」
「はい…。あの、気持ちが苦しいようだったら、鑑定当日は来なくてもいいんじゃないですか?」
「ううん、行くよ。たぶん、ジョルノ先生と会う最後の機会になるかもしれないでしょ? キチンとした形で終わりたいの」
「じゃあ私もそうします。ジョルノに悪態はつきません。盗用に関しては怒りもありますけど、良いなと思う部分も確かにあるんですよね。さっきのノミアの話が全て本当だとしたら、彼女と医薬界に対する献身は凄いと思いますし。だからユイさんとジョルノの、最後の場を大切にしたいんです」
「うん、ありがとう」
お礼を言われた鞠子は、結佳の右腕を両手でギュッと抱きしめた。
鞠子を見て結佳は言った。
「あっ、思い出した」
「なにをですか?」
「私には『恋人』がいたんだよね?」
「フフッ、そうですよ! 浮気は許しませんからね!」




