1. ネフェリアと占い師
街の広場の片隅に小さなテントが張ってあった。
そのテントの中には小さなテーブルと二脚の椅子が用意されていて、二人の女が対面で座っている。そのうちの一人は占い師であった。
占い師の黒く滑らかな長い髪は天井から吊り下げられた灯りに照らされて妖しく輝いていた。薄いベールを深く被っているため目元は見えにくい。弧を描いた唇は赤く艶めいている。
占い師は丸テーブルの前に座り、卓上に並べた数枚のカードを一枚一枚、丁寧に表にめくる。小屋の中は薄暗く、香が焚かれていた。
「あまり良いカードの並びとは言えないわね。傲慢、無責任、独善、衝突…」
占い師はカードに描かれた絵の意味を手で示しながら、向かいに座るネフェリアに解説した。
「女神のカードは愛情、幸福を表していて一見良いように見えるけれど」
手のひらを移動させて、ネフェリアから見た右端の、麗しい女神の描かれたカードを示す。それから手首を返して左端のカードを指した。
「こちらの隠遁のカードが意味する、思慮深さ。それがかえって仇となる可能性もあるわね」
「えぇ…」
ネフェリアは占いの結果を受けて、あからさまにがっかりとした。
「それは先行き最悪なのでは?」
占い師はゆるりと首を振った。
「いいえ。成長の機会と捉えるべきね」
占い師はテーブルの上で組んだ両手で頬杖をついた。小さく微笑んで、ネフェリアへ助言を始めた。
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待ち合わせの場所に来たベルゼは、目当ての人物を見つけて噴水の前まで歩調を速めた。
「ごめん。遅くなった」
ネフェリアが噴水の縁に座って、ベルゼを笑顔で迎える。それから視線を広場の隅に移した。
「いいわよ。空き時間に占ってもらっていたから」
「ああ。あそこに行ってきたんだ」
ベルゼがネフェリアの視線の先を追いかけた。
広場の片隅、『クロウ』という屋号の入ったテントの前には長蛇の列ができていた。そのほとんどが女性客であった。
ネフェリアは、両手を上げて、ぐっと体を伸ばした。
「よく当たると評判だったけれど…正直期待外れだったわ。言っていることが抽象的で、どうとでも受け取れるもの」
ベルゼが視線を戻して不思議そうに首を傾げた。
「占いはそういうもんでしょ。適当に結果を良いように受け取ったり、忠告として受け取ったりして、自分の行動を顧みるきっかけにするんだよ」
「意外ね。てっきり占いの類には否定的だと思っていたわ」
ベルゼが軽く肩を竦める。
「占いは不確かなものだけど、使い様だよ。あとはよく当たるって言われている人は、それなりに理由がある」
ベルゼはテントのほうを一瞥してから、荷物を抱え直した。
「豊かな経験に基づく洞察力、カリスマ性、宣伝力。あるいは人の魔力の性質から、未来の行動を読み取る特殊な才能があるかもしれない」
ネフェリアは瞬きを繰り返した。
「未来の行動を読む……? そんな能力があるの?」
「うん。結構重宝される」
「……」
どこで、どのように重宝されるか、聞かないほうがいいとネフェリアは直感的に判断して口を噤んだ。
占いの列に並ぶ女性たちは、楽しげに会話を交わしながら順番を待っていた。ネフェリアは立ち上がった。ベルゼがネフェリアの持っていた荷物を取り上げる。ネフェリアは礼を言って歩き出した。二人はそれぞれ必要な買い物を済ませていた。ベルゼと並んで広場を横切り、今日の宿に向かう。
ネフェリアは歩きながら、先ほど話題に上った未来の行動を読むとは具体的にどういうことかと考えた。気になって、結局ベルゼに説明を求めた。
ベルゼ曰く、まず人の持つ魔力の性質や流れの強弱を読み取る。そのうえで、行動や思考、周囲の環境などから総合的に判断し、どういう結果が生じるか予測する。戦術や戦略の成功率を探るのに、なかなか有効であったらしい。
「ひょっとして、その能力が高じれば、未来視…とかできるのかしら」
「…予言者のこと?」
ネフェリアはどうかしら、と首を捻った。
「予言は、未来のことを推測して話すものでしょう。実際に自分が視て、体験したように感じることとは、違う気もする。でも、そういうのも予言のうちに入るのかしら」
「ネフェルは疑似体験したの?」
ベルゼが踏み込んで聞いてきた。ネフェリアの行動や性格の変化を薄々不審に思っていたことだろう。癒しの力が覚醒した折に変わった、婚約者への態度、軟化した頑なな性格。
ネフェリアが話さないことは、話したくないことだと判断したのか。不審気な表情を見せることはあっても、ベルゼがネフェリアに対して直接尋ねることは今までなかった。
ベルゼのそういった気遣いがむず痒い。同時に申し訳ない気持ちになった。
「今はまだ……話したくないの」
ベルゼの問いに肯定したも同じであったが、ネフェリアは明言を避けた。ベルゼの呪いはまだ完全に解けていない。話してしまえば、最悪の未来が訪れる気がして、話せずにいる。
「…そっか」
ネフェリアの予想通り、ベルゼはそれ以上追及することはなく、あっさりと引き下がった。
(もう少し、食い下がってくれてもいいのに)
聞かれても答える気はないというのに、相反する身勝手な感情が胸の内に巣食う。もどかしい思いで、ネフェリアは少し先を歩く黒いローブの端を、無言で掴んで引っ張った。気付いたベルゼが片手で荷物を持ち、空いた手でネフェリアの手を取った。そのまま指を絡ませる。
一瞬、頬が緩みそうになったが、ハッとしてネフェリアは手を振り払った。
「さわっちゃダメ」
「それ、まだ有効なんだ……手を繋ぐくらいなら、いいでしょ」
「む…」
わけあって、ここ最近、ネフェリアはベルゼに対して接触禁止を言い渡していた。
「……じゃあ、今だけ」
ネフェリアは少し悩んだが、結局恋人に触れたいという欲に負けた。




