15. セディアスの誤算
回想。セディアス視点になります。
婚約した当初から性格は合わなかった。ネフェリアはいつも偉そうで、しかも思い通りにいかないことがあると、よく癇癪を起こした。
貴族として仕方がないと割り切ろうとしても、年端もいかないうちから、反りが合わない相手と婚約することは不満だった。
成長するにつれて、ネフェリアの容姿や体つきは驚くほど見違えていった。セディアスの好みではあったが、性格はやはり合わなかった。
セディアスがネフェリアの手料理を断ったあと、ネフェリアは憂いを帯びた表情を浮かべることが多くなり、その様子が、ネフェリアの美しさを際立たせた。学校でセディアスに会いにくることがなくなったが、それもネフェリアがセディアスの気を引くための駆け引きに違いないと思った。
大人しくなったネフェリアは、本人の知らぬところで男子生徒たちの注目を浴びていた。
ジョゼと逢瀬を重ねながらも、セディアスの心に焦りが芽生えた。
あるとき、ジョゼが貴族の女子生徒に脅されたと泣いて訴えてきた。
話を聞いて、ネフェリアに違いないと思い込んだ。
(なんだ、やっぱり嫉妬しているんじゃないか。僕のことが好きなんだな)
優しくジョゼを慰めながら、優越感に浸った。
大勢の前でネフェリアを糾弾して立場を思い知らせるつもりだった。しかし。
ネフェリアが急に婚約を解消すると言い出した。
背を向けたネフェリアを追いかけた矢先、視界が回り、したたかに地面に体を打ちつけた。
(なぜ)
足を引っ張られた感覚があった。誰の仕業かと憤り、倒れた姿勢のまま背後を見るが、誰もいない。ネフェリアはセディアスの正面にいたので、引っ張りようがない。
ネフェリアが前屈みで声をかけてきた。
「大変。大丈夫? 先生を呼んできましょうか?」
口調こそ優しかったが、唇は弧を描き、瞳は侮蔑に満ちている。ネフェリアはセディアスを小馬鹿にして見下ろしていた。
遠くから、セディアスを嘲笑う生徒たちの声が届く。
(くそっ!)
心中ではあったが、思わず悪態をついた。立ち上がり、走ってその場を去った。
その後、意趣返しのため、ジョゼと示し合わせてネフェリアを貶める噂を流した。
(孤立無援にしてやる)
徹底的に打ちのめし、味方が誰一人いなくなったところで、優しく手を差し伸べるつもりだ。そうすればセディアスに感謝して、生意気な態度も改めるに違いない。そう考えた。
しばらくすると、ほかの女子生徒に声をかけているところをジョゼに見咎められた。
それを機に、次第にジョゼと言い争うことが多くなり、鬱陶しく思うようになった。
「私の友達にちょっかいをかけているって聞いたわ。本当なの?」
「そんなわけないじゃないか。僕より噂を信じるのか?」
否定してもジョゼは嫉妬深く、何度も追及してきた。
「しつこいぞ。いい加減にしてくれ」
あるとき、腕を払っただけのつもりがジョゼはバランスを崩し、階段から転げ落ちた。
学校から謹慎を言い渡され、両親からも追及されることになった。
セディアスの素行の悪さはセディアスとネフェリアの両親に筒抜けであった。
セディアスの有責で婚約が破棄されることが決まった。
***
まずいことになった。
ジョゼに怪我を負わせたことが明るみになれば、貴族といえども立場が悪くなる。周りからは白い目で見られる。理由が理由だけに、家を追い出されるかもしれない。今でさえ、婚約を破棄されたことで、学校や家で肩身の狭い思いをしているというのに。
とくに何か算段があったわけではないが、セディアスはジョゼの様子を見に戻ることにした。
横たわったジョゼの前に、誰かがしゃがみ込んでいる。ジョゼがほかの誰かに見つかったことに一瞬焦ったが、見知った人物であることに気付いた。
「ネフェリア…?」
背後から声をかけると、その人物はびくりと肩を揺らした。驚いた顔でこちらを振り向く。やはりネフェリアだった。さらに近付く。
横たわったジョゼは淡い光を帯びていた。見たことのない魔力の色だった。その色がジョゼの怪我の周囲にたゆたっている。
よく見ると、驚いたことにジョゼの傷は塞がっているようだった。
「ネフェリア……それは、一体なんだ?」
信じ難い光景に、声が震える。
「まさか、傷を癒したのか…」
ネフェリアの顔が強張った様子を見て、疑念が確信に変わる。
なんということだろう。
ネフェリアは女神から癒しの力を与えられたのだ。伝承でしか知ることのなかった奇跡を目の当たりにして、セディアスは歓喜に震えた。
「その力、いつから持っていたんだ? なぜ黙っていた」
「あなたには関係ないわ」
ネフェリアは冷たく言い放った。
拒絶されたというのに、自然とセディアスの口角が吊り上がる。ネフェリアがセディアスを警戒しながら、精一杯強がっているのが目に見えてわかった。
「婚約者に黙っているなんて、水臭いじゃないか」
「元婚約者でしょう」
ネフェリアは険しい顔で唇を噛みしめた。
「…………」
婚約を解消したことが、今さらながら本当に悔やまれる。しかしそこで諦めるつもりはなかった。
「なぁ……。僕たち、やり直さないか?」
「いやよ」
徐々にネフェリアを追い詰める。柔らかな物腰だったが、その目はギラギラとして獲物を狙っていた。
ネフェリアがジョゼを横たわらせたまま、立ち上がる。セディアスと距離をとった。
癒しの力を持つ者が身内にいれば、家の繁栄が約束されたも同然である。
セディアスは何としてでもネフェリアを自分のものにすることを決めた。ジョゼのことはもう頭になかった。
既成事実さえ作れば、あとはどうとでもなる。
あっという間にネフェリアとの距離を詰めた。
「離して!」
ささいな抵抗などものともせず、ネフェリアを腕の中に閉じ込めた。首筋に顔を埋めると、甘い香りがした。
「僕に釣り合う容姿だけは気に入っていたんだよな。胸もジョゼより大きいし」
震える華奢な体を強く抱き締めた。服の上から体をまさぐる。
ネフェリアが掠れた声を絞り出した。
「ベルゼ……!」
直後、ネフェリアの背後から黒い影が伸びて、セディアスを捉える。
「ひっ! なんだっ…これ!」
顔が覆われて、目の前が暗闇になる。それから後の記憶は定かでない。




