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13. 勧誘

 

 運ばれてきた料理を前に、ネフェリアは顔を綻ばせた。

「私が頼んだキッシュ、どんな味か気になるでしょ? せっかくだから、ひとくちあげる」

「……」

 ネフェリアの手からサンドイッチを食べたことを思い出しているのか。ベルゼの眉間に皺が寄った。

 ネフェリアは慌てて誤解を正した。

「違うわよ? お互い食べる前に、それぞれの料理を少しずつ分け合おうってこと。違う味が楽しめるから構わないでしょう?」

「……それならいいけど」

 ベルゼは渋い顔のままネフェリアの提案を受け入れた。


「どう? 味はわかる?」

「うん。少しだけど味覚が戻ってきてる」

「…………よかった」

「ご主人様、ありがとう」

 ベルゼが珍しく屈託のない、満面の笑みを浮かべている。ネフェリアは頷き、頬を染めた。緊張しながら料理を口に運ぶ。視線を上げたとき、離れたレオノーラと目が合った。


 レオノーラはこちらを見て、従者となにか会話を交わしていた。やがて立ち上がり、こちらに向かってくる。

 ベルゼが気付いて席を立ち、ネフェリアの背後に控えた。


「バーリッシュ家のネフェリア様。随分とみすぼらしい従者を連れているのですね」

「……レオノーラ様。ごきげんよう」

 末端の下位貴族のことなど覚えていたとは思えない。先ほど従者に確認したのだろう。ネフェリアは立ち上がって礼をとった。

 一体なんの用かと訝しむ。あまり良い予感はしなかった。

 レオノーラはテーブルを回り込んで、ベルゼの前に立った。


「外見はともかく、魔力量は多そうですわね」

 ベルゼを上から下まで値踏みする。レオノーラの瞳が妖しく光った。

 レオノーラが、人材の引き抜きに余念がないということは学校の話題に上っていた。ネフェリアはレオノーラの思惑に気付き、内心焦った。

「どうかしら。あなた、我が家に仕える気はない?」

 レオノーラはベルゼに悠然と微笑んだ。

「今よりも十倍以上の給与待遇を保証いたしますわ」

(じ、十倍!?)

 破格の提示にネフェリアは度肝を抜かれた。胸がざわめく。


 彼の主人であるネフェリアを介さず、直接使用人を引き抜こうとするのは礼を欠いている。ネフェリアはレオノーラの横暴な振る舞いに唇を噛んだ。

 レオノーラはネフェリアにはチラリと視線だけ寄越した。

「ネフェリア様…だったかしら。別に構いませんわよね」

 レオノーラ本人はネフェリアに確認する体裁を整えたが、有無を言わさぬ迫力があった。

 家格が違い過ぎる。ネフェリアに拒否権はない。ネフェリアはスカートの裾を強く握りしめた。


(ベルゼは……)

 ベルゼの返事を聞くのが怖い。

 レオノーラの勧誘に対して、ベルゼが無言で首を振る。ネフェリアは安堵したが、同時に不安が胸に押し寄せた。レオノーラの表情が険しくなる。

 レオノーラの叱責を覚悟して俯いたが、その機会は訪れなかった。

 ネフェリアがレオノーラの様子をそっと窺うと、その視線ははるか後方に注がれていた。


「ミシェル殿下……!?」


 レオノーラの視線の先を追う。通りに面した窓を見てハッとした。ネフェリアもレオノーラ同様、見知らぬ女性と王子が並んで歩いている光景に釘付けとなった。

(う、浮気? そんなまさか)

 二人が親しげに会話をしている様子が遠目からでもわかった。

「っ」

 振り返るとレオノーラと目が合い、気まずくなって互いに顔を背けた。


「今日のところは失礼しますわ」

 レオノーラは慌てて店を出てから、ミシェル王子が消えた方角へ去っていった。何とも言えない気持ちで人混みの中に消えていく背中を見送った。


「助かった…けれど」

 胸を撫で下ろしつつ、ネフェリアは不安な気持ちを吐露した。

「どうしよう。レオノーラ様に目を付けられたわ。ひょっとしたら嫌がらせを受けるかもしれない」

「大丈夫。次に会ったときはご主人様と俺のことは忘れてるって」

 いやに断定的な物言いをする。見るとベルゼは薄ら笑いを浮かべていた。ネフェリアは首を傾げた。

「そうかしら……。でもベルゼは断って良かったの? 高位貴族に仕えるなら、お給金はうちとは比べ物にならないわよ? 良い暮らしができるわ」

「お金が増えたとしても、ああいうタイプには仕えたくない」

 ベルゼは小声で不快感を露わにした。そこでネフェリアは初めて衆目に晒されていることに気付いた。周りの客がチラチラとこちらの様子を窺っていた。

「表には出せない仕事でこき使われそう。血生臭いことはごめんだよ」

 組んだ両腕の先で自らのローブを握りしめ、ベルゼは吐き捨てた。

「ご主人様は、魔術にあまり関心がないからいいんだ。何も追及しないし、力を悪用しない。最高のぬるま湯だね」

「褒めていないわよね」

 ネフェリアは唇を尖らせた。

「そういうわけじゃないって。良い職場だよ」

(ぬるま湯でなく熱湯にしてやろうかしら)

 不穏な考えが頭をもたげたが、残念ながらそのための手段は思いつかなかった。

 いらぬ注目を浴びたため、二人は食事もそこそこに店を出ることにした。


***


 馴染みの服飾店グランレイス。

 ようやく目的の場所に辿り着いて、ネフェリアは安堵した。

「少しここで待っていて」

 ベルゼに店の外で待機するように命じて、ひとり中へと入る。


 買い物を済ませて外へ出る。ベルゼの胸元を一瞥して、ネフェリアは意を決した。

「これ……あげる」

 受け取ってもらえないかもしれないと思いながら、おそるおそる留め具の入った包みを差し出した。

「その。ローブの新しい留め具に、どうかしら」

 ベルゼが目を丸くした。

「え。いいの」

 ネフェリアの予想に反して、ベルゼはあっさりとプレゼントを受け取った。


「約束を覚えていてくれたんだ」

 包みから取り出して、感慨深げに留め具を眺めている。

「思い出したの。……昔、ひどいことを言ったわよね」

 罪悪感に囚われていたネフェリアだったが、ややあって、首を傾げた。

(…約束? 覚えていてくれた?)

 頭の中に疑問符が浮かんだ。

「ん?」

 ベルゼも違和感を覚えたようで、ネフェリアを見る。

「……」

「新しい留め具を買うって約束したことを、数年越しに思い出したんじゃないの」

「……約束…した?」

「え~。そのことを言っていたんじゃないの」

 ベルゼが不平を漏らした。ネフェリアは瞬きをして首を振った。


「故郷の大事な思い出の品なのに。私、昔ベルゼに無神経なことを言ったわ。それで、ベルゼは留め具の表面を削って…」

 ベルゼが得心して頷いた。

「そのことを気にしてたの? あのとき言われたことは納得したし、気にすることないよ。それを言うなら、俺は普段ご主人様の十倍くらい無神経な発言してるよ」

「…………」

(まぁ…言われてみればそうかも……)

 妙な説得力に感心してしまった、が。ネフェリアはキッと眦を上げた。


「自覚があるなら少しは慎みなさいよ」

 ベルゼは小言を聞き流して、留め具の模様を眺めている。

「花と空がモチーフなんだねぇ。なにか由来はあるの?」


「意味? あったかしら。何となく選んだからわからないわ」

 ネフェリアは嘘をついて、すっとぼけた。

(本当は熱烈な愛情表現を示しているんだけど、ベルゼは知らないわよね)

 そっと自分の両手の指を絡ませる。

(恥ずかしくて言えないわ)


「……調べたらわかるよ?」

 ベルゼがネフェリアの胸の内を見透かしたように発言する。

「っだめ! …あ」

 とっさに否定したことで、何かしら意味を知っていて渡したことが完全にばれた。

 墓穴を掘ってしまい、両手で口元を覆う。小さく呻いて、失態を恥じた。

「わかった。調べないから」

 簡単に引っ掛かったネフェリアを揶揄うでもなく、ベルゼは困った顔で気遣いを見せた。

「ご主人様は騙されやすそうだから気をつけてね…」

「……」


 沸々ともどかしい感情が湧き上がってくる。

 デートだというのに一向に恋人らしい、甘い雰囲気にならない。思うようにいかず、ネフェリアは業を煮やした。ついに堪えきれなくなり、口を覆っていた手を下ろした。



「あなたは私のもの」

「え?」

「そのモチーフの意味よ」

「……そうなんだ」

 ベルゼの目が細められて、笑みが深くなる。


 喜んでいるわけでも、嫌がっているわけでもなさそうだった。

 何を考えているかわからない。


 不安になって、手を伸ばす。ベルゼの指に自分の指を絡めた。現金なもので、握り返された手に気を良くした。

「ベルゼは……私のどこが好きなの?」

 ネフェリアは前から気になっていたことを訊ねた。

「私、ずっとあなたにひどい態度を取っていたし、性格も…良くないし」

「我儘だし暴力的だしね…って、いたいって。そういうところ良くないよ」

 握った手に思い切り力を込めていた。

「顔だけとか、思っていないでしょうね」

「顔が良いって自覚あったんだ……いたいって」

 憎まれ口を叩くベルゼに軽く爪を立てた。痛覚が鈍っているというわりに非難がましい目をする。

「学校で不躾な視線を大量に浴びればいやでも気付くわよ」

 以前はネフェリアの性格のきつさに加え、セディアスの立ち回りが上手いことが作用して、防波堤となっていた。セディアスとの婚約が解消されてからは、男子生徒たちの視線が纏わりつくようになった。


「ねぇ、どこが好きなの?」

「う~ん……」

 ベルゼは長い沈黙の後、肩を竦めた。


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