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12. デート

回想あり。前半ベルゼ視点になります。


 ベルゼが道端でネフェリアに拾われてから、数年が経った。屋敷の者に煙たがられつつも、新しい生活に馴染んだ頃、ネフェリアは不機嫌な様子でベルゼを呼び出して言った。

「いつまでそれを付けているの」

「それって?」

 ベルゼは首を傾げた。ネフェリアはベルゼが常に身に着けているローブを指差す。

「そのローブの留め具の紋章は、昔の所属と階級を示しているのでしょう?」

 身内から得た知識を武器に、幼いネフェリアはベルゼに毅然として指摘した。留め具はあちこち細かい傷があったが、鈍い光沢を持ち存在感を放っていた。


「もう故郷に戻れないくせに、いつまで未練たらしく見せびらかしているのよ。所属先が変わったのに外さないなんて、失礼にもほどがあるわ」

 ネフェリアが声高に正論を振りかざして、ベルゼを糾弾する。

「拾ってあげた恩を仇で返すつもり? あなたの主人はだれ?」


***


 ネフェリアは休日に父親から薦められた令息と何度か見合いをしていた。

 ベルゼが部屋に呼びつけられて訪れると、ネフェリアは鏡台の前で身に付けた装飾品を侍女に外してもらっているところだった。

「さきほどお見合いした方なら、もうお帰りになったわ」

 ベルゼが疑問に思っていたことをネフェリアは先回りして告げた。

「急に断りもなく肩に触れようとして、本当に不躾な人だった」

 いつかの自分のことは棚に上げて、ネフェリアは不快感を示した。


 この前は、学校で言い寄ってくる男子生徒たちを近づけないようにしてほしいという命令を賜っていた。

 色々な人間と接する機会を持つべきだと思ったが、進言は叶わなかった。ネフェリアは、反論は許さないとばかりにベルゼをきつく睨みつけた。気圧されて、結局ベルゼは口を噤んだ。


 群がってきた令息たちは家のための縁組というより、ネフェリアの美貌に惹かれて声をかけていたが、ネフェリア自身は気付いていなかった。ネフェリアは容姿に関して自己評価が低かった。もちろん、それとは別に年頃の娘らしく美容の追求には余念がない。

 実子ながら、両親にはあまり似ていない。母方の祖母の若い頃によく似ているとのことだった。ネフェリアの母ダイアナはそのことが気に入らないらしく、娘の容姿に関しては一切褒めたことがなかった。屋敷の使用人たちもダイアナの意向を汲み、大仰に讃えることをしなかった。


 そのような環境で育ったせいか、自分の長所に無自覚で、せっかくのチャンスを逃している。言い寄ってきた貴族の中にはバーリッシュ家より格上の者も何人かいた。



「誰ともお見合いする気なんてないのに」

 家長である父親の命令は拒否できない。ネフェリアはぼやいた。せめてもの抵抗とばかりに、見合い相手に自分の短所を見せつけた。

「まだ時間はたくさんあるんだから、選択肢を狭めずに視野を広く持ってほしい」


 ベルゼの諫言にネフェリアはムッと口を尖らせた。ネフェリアは部屋の前で待機するよう命じてベルゼを室内から追い出した。


 ベルゼは壁に寄りかかって、溜息を吐いた。

 一応ネフェリアに言われたとおりに、貴族籍を抜けるための準備を進めている。ただ、ベルゼはネフェリアが血迷った選択を覆す日を祈るような気持ちで待っていた。

 一度は協力する姿勢を見せたものの、生粋の貴族令嬢が貴族をやめて平民の生活を送るなど現実的ではない。いずれは破綻することが目に見えていた。


 ネフェリアは見合いをするたび、相手の年齢、容姿、家格から会話の内容まで事細かに話して、わかりやすくベルゼの嫉妬を煽ってくる。ベルゼはうんざりとして適当に聞き流した。ネフェリアの期待する反応はできそうにないし、したくない。

 もとから他者への関心は希薄で、さらに今は呪いの影響で感情の起伏が鈍化している。恋に恋しているネフェリアの茶番に付き合うつもりはなかった。それよりもチャンスをドブに捨てていることが残念でならない。数ある持ち駒の中からわざわざ悪手を選ぶことが理解できなかった。



 しばらくして、部屋からネフェリアが出てきた。外出着を着ているので、出掛けるつもりなのだろう。不機嫌な表情を貼り付けたまま、ベルゼを呼んだ。


「……街に行くから、付いて来て」

「じゃあ俺は影に潜っているから」

「影じゃなくて、隣を歩いて」

「……」

 屋敷の人間は胡散臭い魔術師を従者として連れて行くことを承知しないだろう。

 どうするのか聞く前に、袖を引っ張られた。ネフェリアは玄関のほうへ、ぐいぐいとベルゼを引っ張っていく。


(強行するのか~)

 帰宅後に待ち受ける執事の叱責を思うと気が重くなる。このところのネフェリアの横暴な振る舞いに、少し前の彼女を見る思いだった。


**


 大通りの雑踏に紛れながら、隣を歩くベルゼを見上げる。


 路地裏で話して以降、二人の関係に進展はない。

(あのとき、キスしておいたほうがよかったかしら……)

 そのほうが、ベルゼに対してなにかと優位に立てた気がする。ネフェリアは惜しいことをしたと後悔していた。


 最近、ベルゼは事前に知っておいた方がよいと、ネフェリアに平民生活の実態を説明したり、実際に見せたりするようになった。未来視で知ってはいるつもりだったが、実際の生活を目の当たりにするとやはり印象が違った。衛生面や食生活の質の低下、立場の弱さ、貧困層の困窮ぶりなど、貴族令嬢には過酷な現実を突き付けることもあった。

 試されている、と感じた。

 本心では、ネフェリアが貴族籍を抜けることに反対なのだろう。

 ネフェリアが心変わりして平民宣言を撤回するのを待っているように思えた。

(そっちがその気なら、こちらにも考えがあるわ)

 恋する乙女をなめるな。

 ネフェリアはぐっと拳に力を入れた。


 ようやくベルゼをデートに連れ出すことができたのだ。

 事前にリサーチしていたカフェに並んで入る。案内されたテーブルで、向かいの席に座るようベルゼを促した。


「このお店のコンセプトは、『身分にこだわらずに楽しめる場所』よ? ちゃんと座りなさい」

 着席を辞退するベルゼにネフェリアは言い募った。

「いや、護衛も兼ねてるんだから呑気に座るのは良くないでしょ」

「この辺りは治安が良いんだから大丈夫よ!」

 たとえ悪漢が襲ってきても、座りながら魔術で対処できるだろうに、体裁を気にするベルゼに苛々とした。

「同じ学校の人もいるよ」

 ひときわ目を引くので、ベルゼに指摘されずともわかっている。店の一角に異様に目立つ空間があった。そこにいる客だけ、周囲との距離が妙に離れている。特別待遇だった。

「レオノーラ様は末端の貴族のことなどご存じないわよ」

 ネフェリアはメニューを決めて、店員を呼んだ。ベルゼはネフェリアに強く促され、観念して椅子に座った。


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