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真の価値

王都・冒険者ギルド 休憩スペース


「はぁ? もう一回言ってみろよ、レナ」


ケフィルの声が、ギルドの片隅で鋭く響いた。


テーブルを挟んで向かい合う四人。

さっきのダンジョン撤退から、まだ一時間も経っていない。

ケフィルは椅子に浅く腰掛けたまま、杖を床にコツコツと叩きつけている。

その小さな体から出る苛立ちが、まるで毒のように周囲に広がっていた。


「だから……『何かが足りない』って言っただけです」


レナは視線を落としたまま、消え入りそうな声で繰り返した。

弓を握る手が、わずかに震えている。


「足りない、足りないって……誰のせいだよそれ!」


ケフィルがテーブルを平手で叩いた。

ガタンッという音に、近くの冒険者たちがビクッと肩をすくめる。


「ボクの魔法が遅い? 威力足りない? ふざけんなよ!

 ボクはSランク魔導士だぞ? アロスがいなくなったくらいで急に弱くなるわけないじゃん!」


その名前が出た瞬間——

空気が凍った。


ガウィンは無言で腕を組んだまま。

メディアは唇を固く結び、回復術師の杖を膝の上で握りしめている。

レナだけが、勇気を出して口を開いた。


「……ケフィルさん。

 アロスさんがいた頃は、確かに……魔法の精度も、みんなの動きも、全部違いましたよね」


「は?」


ケフィルが目を細める。


「つまりボクのせいだって?

 アロスがいなくなったからボクの魔法が急にゴミになったって言いたいわけ?」


「違うんです! 誰のせいとかじゃなくて——」


「うるさい!」


ケフィルが立ち上がった。

小さな体が、怒りでいっぱいになっている。


「ボクはちゃんと詠唱してた!

 炎槍だって、いつも通り撃った!

 なのに威力が……全然……!」


声が震えた。


「アロスがいるときは、ボクの魔法が『倍以上』強くなってたのに……

 今はただの火の棒じゃん!

 あいつが付与してくれてた『強化』がなくなっただけで、こんなに……!」


そこまで言って、ケフィルはハッと口を閉じた。


自分でも、認めたくなかった言葉を、ついに口にしてしまった。


「……は?」


ガウィンが初めて口を開いた。

低く、抑えた声。


「ケフィル。今、お前……アロスの付与の話、したよな」


「…………」


ケフィルは唇を噛んだ。

言い逃れできない。

もう、みんなの視線が自分に突き刺さっている。


メディアが静かに、しかしはっきりと言った。


「……私も、回復量が全然足りてないと思ってた。

 アロスさんがいつもかけてくれてた『魔力増幅』と『持続強化』がなかったから……

 私のヒールが、まるで水滴みたいに薄くなってる」


レナも頷く。


「矢も……当たってるのに、貫通力が全然違うんです。

 アロスさんが『精密射撃強化』と『重力補正』を付与してくれてたからこそ、Sランクの敵に通用してたんだって……今、ようやくわかりました」


沈黙。


四人の間に、重い空白が落ちた。


ガウィンが、ゆっくりと顔を上げた。

その目には、初めて——後悔の色が浮かんでいた。


「……俺たちは、アロスを『無能』だって言って追い出した」


声が震えていた。


「『付与魔導なんて大したことない』って……

 『裏方でこそこそしてるだけ』って……

 ケフィル、お前が一番笑ってたよな」


「うるさい!」


ケフィルが叫んだ。

目が赤くなっている。


「だって……だってあいつ、戦闘で目立たないじゃん!

 前衛じゃないし、派手な魔法も撃たないし……

 ただ後ろでチマチマ付与してるだけなのに……

 なんであいつがいなくなったら、こんなに……!」


テーブルに拳を叩きつける。

涙が、ぽろりと落ちた。


「ボクたち……Sランクになったの、あいつのせいだったの……?

 あいつが付与してくれてたから、みんなの能力が底上げされてただけ……?

 あいつがいないと、ただの……ただのAランクパーティ以下……?」


その言葉が、決定的だった。


メディアが静かに立ち上がった。


「……私、ちょっと……一人になりたい」


「待て、メディア——」


ガウィンが止めるより早く、回復術師は背を向けた。

足取りが重い。


レナも、弓を肩にかけながら小さく呟いた。


「アロスさん……今頃、どうしてるんでしょうね……」


ケフィルは椅子に崩れ落ちた。

小さな肩が、震えている。


「くそ……くそっ……!

 なんであいつ、もっと強く主張しなかったんだよ……

 『俺がいないとダメだ』って、言えばよかったのに……!」


ガウィンは黙ったまま、天井を見上げていた。


頭の中に、酒場での最後の光景が蘇る。

金貨の袋を投げつけて、

「お前は戦力外だ」と言い放った自分の声。


(……俺が、全部壊した)


胸の奥が、鉛のように重くなった。


その頃——


王宮 大浴場


「アロスよ! 背中流してやろうか!」


エベル王女(第一王子)が、湯気の中でにこにこと笑っている。

赤髪が濡れて、艶やかに肌に張り付いている。


「い、いえ! 自分でやります!」


俺は慌てて湯船の端に逃げた。

隣ではルーリ王女(第六王子)が、桃色の髪を泡だらけにしながら無言で俺を見つめている。

グラリス王女(第二王子)は、湯船の縁に腰掛けて槍を磨きながら大笑いだ。


「ははっ! 兄貴、焦るなよ!

 アロスはもう王家直属の護衛だぜ?

 遠慮すんな!」


俺は湯に浸かりながら、苦笑した。


追放されてから、たった二日。

人生が、こんなに変わるなんて。


「そういえばアロス」


エベル王女が、ふと真顔になった。


「さっき、ギルドから報告が来たぞ。

 例の元パーティ——ガウィンたちが、

 Aランクダンジョンで撤退したそうだ」


「……え?」


俺は目を丸くした。


エベル王女は、にやりと笑う。


「どうやら……

 『付与魔導士がいないと戦えない』という現実を、

 ようやく思い知ったらしいな」


グラリス王女が、槍の穂先をピカピカに磨きながら言った。


「へぇ……

 お前をクビにした途端、パーティ崩壊かよ。

 ざまぁねえな」


ルーリ王女が、小さく頷く。


「……アロス様が、いなくなって……

 みんな、困ってる……みたいです」


俺は湯の中で、静かに息を吐いた。


胸の奥に、複雑な感情が渦巻く。

悲しいような、

少しだけ、晴れやかなような。


「……まあ、

 もう俺の知ったことじゃないですけどね」


俺は笑った。


王宮の灯りが、湯面に揺れている。

ここが、今の俺の居場所だ。


一方、ギルドでは——


ケフィルが、とうとう泣きながら叫んでいた。


「もう嫌だ……!

 アロスがいないと、ボクたち……何もできないじゃん……!

 Sランクなんて、ただの看板だった……!」


ガウィンは、拳を握りしめたまま、

一言も言えなかった。


元パーティの崩壊は、

もう誰にも止められなくなっていた。


アロス再評価の波は、

ゆっくりと、しかし確実に、

王国中に広がり始めていた。

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