アロス報われる
訓練場に満ちていたざわめきは、やがて一つの感情へと収束していった。
——畏怖。
そして——賞賛。
「……見事だ」
静かに、しかしよく通る声が響いた。
振り向くと、そこには女王陛下が立っていた。
いつの間にか訓練場の上段にある観覧席へと移動していたらしい。
その隣にはエベル王子、そしてルーリ王子もいる。
「剣技、体術、そして魔導の併用……どれを取っても一流」
女王陛下はゆっくりと立ち上がる。
「特に驚いたのは、“付与魔導”の扱いだ」
その言葉に、周囲の騎士たちもざわついた。
「通常、付与魔導は味方を支援するためのもの。だがそなたは違う」
「自らを強化し、戦況を支配し、敵を弱体化させる——まるで戦場そのものを操っているかのようであった」
……戦場を、操る。
その言葉が胸に刺さる。
今まで、そんな風に言われたことは一度もなかった。
「これほど完成された付与術師……いや、“戦闘型付与魔導士”は、余も初めて見る」
女王陛下の評価に、場の空気が一段と引き締まる。
そして——
「アロスよ」
まっすぐに、俺を見据える。
「そなたは“無能”などでは断じてない」
——ドクン。
心臓が強く脈打った。
「むしろその逆。“唯一無二”の存在だ」
その一言で——
胸の奥に溜まっていた何かが、ほどけそうになった。
「うむ!余も同意だ!」
エベル王子が大きく頷く。
「アロスの戦いは実に美しかったぞ!力任せではない、理にかなった戦いだ!」
「己の力を理解し、それを最大限に活かしておる!」
キラキラとした目でこちらを見るエベル王子。
完全にテンションが上がっている。
「正直に言おう!余はお主に惚れたぞ、アロス!」
「えっ」
「戦士としても!そして人としてもだ!」
ぐいっと距離を詰められる。
近い。顔がいい。距離が近い。
「余の側におけること、これ以上ない喜びだ!」
満面の笑み。
……なんだろう、この王子。
めちゃくちゃまっすぐだ。
「……くくっ」
横から低い笑い声。
グラリス王子だ。
「いやぁマジでやべえな、お前」
槍を肩に担ぎながら、楽しそうに笑っている。
「正直、最初は“兄貴がまた変なの拾ってきた”くらいに思ってたんだがよ」
「変なのって……」
「だが訂正する」
ニヤリと笑う。
「お前は“バケモン”だ」
さらっととんでもない評価を言われた。
「オレの全力に、あそこまで余裕残して勝つやつなんてそういねえぞ?」
「余裕は……」
「嘘つけ」
即答された。
「まだ何か隠してるだろ?」
ギクッとする。
……鋭い。
「ま、いいさ。そういうやつは嫌いじゃねえ」
グラリス王子は俺の肩をバンッと叩いた。
「これから楽しめそうだ。戦いも、色々とな」
その目は、完全に“戦闘狂”のそれだった。
……ちょっと怖い。
「……あ、あの……」
小さな声。
見ると、ルーリ王子がこちらを見ていた。
少しだけ頬を赤らめている。
「すごかった、です……」
消え入りそうな声。
「アロス様……かっこよかったです……」
……一瞬、思考が止まる。
あの静かなルーリ王子が、こんな風に言ってくるとは思わなかった。
「と、特に……その……」
もじもじしている。
「一瞬で後ろに回ったところ……びっくりしました……」
どうやらちゃんと見ていたらしい。
「……ありがとうございます」
そう答えると、ルーリ王子は嬉しそうに小さく頷いた。
「ふふ……」
女王陛下が穏やかに微笑む。
「良いな。本当に良い人材を得た」
その言葉に、周囲の騎士たちが一斉に跪いた。
「聞け、皆の者」
女王陛下の声が、訓練場全体に響く。
「本日より、アロスを王家直属の護衛として任命する」
ざわっ——
「その実力は、今見た通りだ」
「誰一人として異論はあるまい」
誰も声を上げない。
むしろ——
「……お見事でした」
「完全に王子を圧倒していた……」
「付与術師であそこまで戦えるのか……」
称賛の声が、あちこちから聞こえてくる。
さっきまでの“疑い”の視線は、もうどこにもない。
「アロス」
女王陛下が、もう一度俺の名を呼ぶ。
「そなたは今日、この国にとってかけがえのない存在となった」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「誇るがよい」
「……っ」
言葉が、出ない。
頭の中に浮かぶのは——
あの酒場。
嘲笑。
「無能」
「戦力外」
そして——追放。
……それが、今。
「……私は」
ようやく、声が出た。
「私は……ただ、自分にできることをやってきただけです」
震える声。
「それでも……それを認めていただけるのなら……」
一度、深く頭を下げる。
「これほど嬉しいことはありません」
しばしの静寂。
そして——
パチン、と。
誰かが拍手した。
それはエベル王子だった。
「素晴らしい!」
その一言を皮切りに——
パチパチパチパチ……!!
訓練場全体が、拍手に包まれた。
騎士たちも、使用人たちも。
誰もが、俺を称えている。
その中心に、俺は立っている。
……こんなこと、今まで一度もなかった。
この前までパーティを追放されて幼馴染やメンバーたちにコケにされ
ギルドからも見捨てられて
絶望の淵にいたのに
(……なんだよ、これ)
胸が熱い。
苦しいくらいに。
でも——
嫌じゃない。
むしろ——
「……ありがとうございます」
小さく、呟く。
(こんな居場所が欲しかった)
エベル王子が嬉しそうに笑う。
グラリス王子が楽しそうにこちらを見る。
ルーリ王子がそっと微笑む。
そして女王陛下が、静かに頷く。
俺はもう、“追放された男”じゃない。
この場所で——
必要とされる、“アロス”だ。




