アロスの実力
女王陛下の言葉に、部屋の空気が一瞬だけ静まった。
「……どうした、アロス。何か不満でもあるのか?」
エベル王子が首をかしげる。
「い、いえ……ただ、その……」
言葉に詰まる。
王族の護衛——それは名誉だ。普通の冒険者なら、即答で飛びつく話だろう。
だが。
(また同じことになったら……?)
頭をよぎるのは、あの酒場での光景。
“無能”“戦力外”
そして——追放。
「……私で務まるのか、不安なだけです」
正直な気持ちが、口から漏れた。
その瞬間。
——ドンッ!!
床が軋むほどの音と共に、何かが目の前に叩きつけられた。
「だったら今ここで証明してみろよ」
顔を上げると、そこには——
グラリス王子が立っていた。
いつの間に戻ってきたのか、槍を肩に担ぎながらニヤリと笑っている。
「グラリス、無礼だぞ」
女王が軽くたしなめる。
だがグラリスは気にした様子もない。
「いいじゃねえか。ちょうど見てみたかったんだよ」
鋭い視線が、まっすぐに俺を射抜く。
「兄貴がそこまで惚れ込む実力ってやつをな」
「……試す、ということですか」
「おう。簡単だ」
グラリスは槍の穂先を軽く振った。
「オレと一戦やれ」
空気が張り詰める。
ルーリ王子がびくっと肩を震わせた。
「グ、グラリス兄様……ここで戦うのは……」
「安心しろ。殺しはしねえよ」
そう言いながらも、目は完全に“戦士”のそれだ。
(……本気だな)
逃げる選択肢もある。
だが——
ここで逃げたら、何も変わらない。
「……分かりました」
俺は一歩前に出た。
「お受けします」
その言葉に、グラリスは嬉しそうに笑った。
「いいねぇ……そうこなくっちゃなぁ!」
場所は王宮の訓練場へと移された。
広い石造りの空間。
周囲には騎士たちや使用人たちが集まり、ざわめいている。
「おい……相手は第二王子様だぞ……」「無茶だろ……」「でもあいつ、さっきの盗賊戦……」
ひそひそと声が飛び交う。
その中心で——
俺とグラリスは向かい合った。
「準備はいいか?」
「ああ」
俺は静かに頷く。
(相手は王子……でも同時に、一流の槍使い)
油断すれば、一瞬で終わる。
「始めっ!!」
騎士の合図と同時に——
グラリスが消えた。
「——っ!?」
次の瞬間、視界の端から槍が迫る。
速い。
盗賊とは比べ物にならない。
だが——
(見える)
ギリギリで身体を捻り、槍をかわす。
そのまま剣を振るうが——
キィン!!
金属音が響く。
槍で受け止められた。
「へぇ……今の避けるか」
グラリスの口元が歪む。
「やっぱ面白えな、お前!」
連撃。
突き、薙ぎ払い、フェイント。
嵐のような攻撃。
普通の剣士なら、数秒で崩される。
だが——
「——遅いな」
「……あ?」
ぼそりと呟く。
次の瞬間。
俺の身体が“消えた”。
「なっ——!?」
背後。
グラリスの死角に回り込む。
剣を振る——直前で止める。
首筋、数センチの位置。
「……これで、どうですか」
静寂。
誰もが息を呑む。
グラリスは、数秒固まったあと——
「……ははっ」
低く笑った。
そして。
「最高だな、お前」
ゆっくりと槍を下ろした。
「参ったよ。オレの負けだ」
ざわっ——
訓練場が一気に騒がしくなる。
「う、嘘だろ……」「第二王子様が……?」「あの男、何者だ……!?」
そのざわめきの中——
エベル王子が満足そうに頷いた。
「な?言ったであろう」
そして俺に向き直る。
「これで証明は十分だな、アロスよ」
まっすぐな視線。
逃げ場はない。
「改めて問う」
一歩、こちらに近づく。
「我らの護衛となり、この王宮で力を振るう気はあるか?」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
追放されたあの日とは、まるで違う。
ここには——
必要としてくれる場所がある。
「……はい」
俺は、はっきりと答えた。
「この身、王家のためにお使いします」
その瞬間——
新しい運命が、動き出した。




