卵
薄暗い洞窟を、チェインの後ろに着いて歩く。すると、しばらく経ってほのかな光を放つ場所が見えてきた。あそこが、チェインの言う「面白いもの」のある場所なのだろう。
近づくに連れその光の正体が徐々に明らかになっていく。はっきりと確認できるようになって、ルークは思わず声を上げた。
「これ……まさか」
視界に飛び込んできたのは、無造作に散らかっている数えきれないほどの『光る卵』だった。
驚愕のあまり、言葉が出ないルークにチェインが話しかける。
「タクトと呼ばれる存在は、契約者がいて初めて外の世界に出れる。なら、その契約者が死んだ後、タクトがどうなるか分かるか?」
「……いや、知らねえ」
「答えは、休憩をとる」
「休憩?」
「期間は百年ってところだな。休憩場所は幾つかあるが、その休憩場所の一つが、ここだ」
ルークは卵を見つめた。そして、ふと沸いた疑問をぶつけた。
「ここの卵を手に取ったら、孵化するのか?」
「いや、休憩中の卵は孵化しない。そういう仕様だ」
かぶりを振って、チェインは答えた。
「ただ、持ち帰ることは可能だ。だが、それをやるとタクトは死んでしまうからな。アホな人間が休憩中の卵を持ち帰らないように、ここみたいな危険地帯が休憩場所となっていて、赤、青、白、黒それぞれの龍が番人を務めているんだ」
「百年経ったら、どうなるんだ?」
「それは……お、丁度そのタイミングが来たぞ」
チェインに促され、ルークは視線を一つの卵に絞った。その卵は輝きを少し強くしたかと思うと、宙に浮かび上がった。そのまま二、三秒停止して、今度は霧のように掻き消えてしまった。
「何処に、消えたんだ?」
「さあな。休憩を終えた卵は、ランダムに迷宮へ転送される。原理は知らんが。ちなみに教えといてやるが、タクトの力ってのは卵の中で過ごした時間に左右される」
「つまり、より多くの契約をしたタクトは、それだけ強いってことか?」
「単純に考えればな。他に、聞きたいことはあるか?」
チェインはぎょろりとした目をルークに向けた。しばらく考えて、ルークが問う。
「そういえばさ、学校に始めて来た時、何か言ってたよな。その名前は慣れないって。あれはどういう意味だったんだ?」
「……その問いに答えるには、こっちからも話を聞かせてもらう必要があるぞ」
「え?」
「七年前になるか。お前……」
瞬間、ルークは何か嫌な物を感じ取った。何か、知りたくないものを知らされるような、そんな感じがした。
チェインの低い声が、言葉を繋ぐ。
「どうやって俺と契約した?」
「……そういえば、何でだ?」
ズキリ、と。頭の奥底に眠る何かが目覚めようとして、痛みが襲いかかった。考えてみれば、おかしかった。なぜ今まで疑問に思わなかったのかが不思議なくらいだ。
「俺の家は、ただの一般家庭だぞ……? いつ、どうやって迷宮をクリアしたんだ?」
「……事情があるようだな。ついでに教えるが、ドラゴンは契約方法がちと面倒でな。卵に入らずずっとここに居るから、直接ここに来て俺に血を飲ませる必要がある」
「だれが、だれがここに来たんだ!?」
「それが分からんからこうして質問しとるんだ!」
ますます意味が分からなかった。何故、チェインが知らないという話になるのか。
「今ままでの話をまとめると、お前は七年前に俺の血を飲んだことになるんだろ? それなら、俺は三歳だぞ? だれかが俺をここに連れてきているはずだ。何でお前がそれを知らないんだよ!」
「こっちが聞きたいわ。記憶がすっぽり抜け落ちてんだよ」
今度は目眩がしてきた。ルーク自身、自分がテイマーだと分かったのは最近のことだ。学園から手紙が来るまでは、そんなこと思ってもいなかったのだから、こんなこと考えもしなかった。
――俺は、いったい何者なんだ?
そもそも、だれかが自分とチェインを契約させたのなら、両親は――
「……突き止めねえと。俺は、何なのか。だれが裏で糸を引いてるのか……!」
血流が加速し、息が荒くなる。急に不安が押し寄せ、頭がパンクしそうになる。
「話を進めるぞ。質問に答えてやる」
チェインの声も、右から左へ抜けていく。辛うじて聞き取ったのは、今まで一人だけルーク以外の契約者がいた、という事だけ。要は、その頃の名前に慣れているから、新しい名前が慣れない、ということだ。正直、どうでもいい。
ルークは拳を強く握り、地面に叩きつけた。何かに、大切な何かに亀裂が入ろうとしている。
「チェイン、全ての謎を解くために、付き合ってもらうぞ」
「わーったよ」
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「……不吉だな」
時は随分過ぎ、八月の半ば。綺麗に真っ二つに割れたカップを見て、ユーマは呟いた。
「ま、中身は何も入ってなかっただけ、良い方か」
ため息を吐いて、周りの派手な装飾を見渡す。煌びやかすぎて、眼が痛い。周りにいる大勢の人間まで神々しく見える。
――何でもかんでもキラキラさせればいいってもんじゃないだろ。
場所は四大貴族の一角、ヴェルライズ家の豪邸。不定期に、一年に四回開かれるパーティーの真っ最中。出席するのはだるいが、『ミゼラン』国の貴族である限り強制出席なので、渋々ながらも正装に着替えてやってきたのだ。
「それにしても、眼が痛い」
「おや、どうしましたかなユーマヴォルデモート殿」
「……いや、カップが変な割れ方をしたものでね」
嫌な奴が来た、とは思いながらもユーマは比較的人当たり良くその人物に接した。まるでこの空間の様に煌びやかな金髪金眼に、これまた派手な服装。かなり整っている童顔は、軽い笑みを浮かべている。
名はシャイニー・ヴェルライズ。低い背丈と、稀代の童顔のせいで十代に見えるが、実際の年は二十三だ。
シャイニーは馴れ馴れしくユーマに話しかける。
「カップは新しく取り替えると良い。それより、君のお姉さまか、メリッサがどこにいるか知らないか?」
「さあ? その辺にいるんではないですか?」
「連れないなあ。近い未来ボクは君のお兄さんになるかもしれないのに」
「何を言っているんだお前は!」
突然、シャイニーの頭を引っぱたいたのは、巫女装束に着替えたメリッサだった。シャイニーはその姿を確認すると、有り得ない反応速度で振り向き笑顔を振りまいた。
「これはこれはメリッサ。巫女装束姿の君も美しい! そう言えば聞くんだが、まさかボクと言う存在を差し置いて婿候補などいないだろうね?」
「いい加減にしとかないとセクハラで訴えるぞ。貴様を婿に迎える気など毛頭ない」
「そんなあ。君とボクはなかなかお似合いだと思うけどなあ」
「やめろおぞましい。……む、来てしまったか」
「え、だれが? おお! ルル殿ではないか!」
近くに立ち寄ってしまったルルの元へ一目散に走っていき、シャイニーは驚くほど自然な動作で手を握った。
ユーマ率先の元、何とかダイエットに成功したルルは、突然何処からともなく出てきたシャイニーに呆然として、言葉を失った。
「やあ、随分しばらくぶりだね。この日をどれだけ待ちわびたことか!」
「……それはこっちのセリフよ」
「え? 嬉しいなあ。そんなにボクのことを……」
「そんなわけあるか! ちょっとこっち来なさい」
「ちょっと、どこに行くんだい?」
襟を掴まれ、ズルズルと連行されたシャイニーを見送りながら、メリッサはユーマに話しかけた。
「彼女は何かあったのか? 尋常じゃない怒りを感じ取ったのだが」
「ストーカー紛いのことをされたとかどうとか。それがストレスで激太りもしてたし」
「なるほど。なら自業自得だな。そういえば、シエルとは仲直りできたのか?」
ユーマは目を細めて、軽く睨んだ。
「何で知ってるの?」
「誰だって、スタンガンで気絶させられたら頭にくる。お前は違うのか?」
「見てたわけだね。悪趣味な」
「仕事だ。で、どうなんだ?」
「別に、普通だけど」
「仲直りできてないわけだな」
さらにきつくなった視線を意に介さず、メリッサは手を振ってその場から離れた。
「夜間校舎に忍び込むなら、ばれないようにやってくれよ」
最後に、そんな言葉を残して。
「……言われなくても。見つけられるものなら見つけてみなよ」
その後は特にこれと言った災難もなく、パーティーは終わりを迎えた。
そして、幾つもの思惑が絡まり、歯車が大きく動いた夏休みも終わりを迎えた。




