まやかし
前話のサブタイトルをミスしていました。困惑した人がいましたら、すいませんでした……。
長いようで短かった夏休みは終わりを告げ、王立テイマー学園は再び活気を取り戻していた。寮の自室に荷物を置き、ユーマはガチャリと開いたドアの方に目を向けた。
入ってきたルームメイトに、何気なく声を掛ける。
「ルークか。久しぶりだね。無事生還できたの?」
「……まあ、な」
二等分された室内の、ルークの範囲にかばんを下ろして、一つため息を吐いた。ユーマの方を向いて、ルークは聞いた。
「なあユーマ。もしも、だ。運命って奴があるとして、その運命が絶望的なものだとして、お前ならどうする?」
「いきなり変な質問だね。夏休みに何かあったの?」
「色々だ。色々……あったんだよ」
そう言ってルークが浮かべた表情を見て、ユーマは目を細めた。恐らく、巨大な何かにぶつかっている。
これはユーマの感想だが、ルークは『怪物』と称される存在に近いと思っている。ドラゴンと言う強大な力を、我が物にできる器を持っている。そのために苦悩し、努力するだろう。しかし、その力で悪に走ろうとはしない。むしろ、俗に正義の心と呼ばれるものを備えているので、他人のために使おうとする。
――もしもこの世界に主人公と言う存在があるなら、ボクはルークだと思うね。
だからこそ、闇を抱えているような顔は似合わない。
「ルーク。今日は午前中で終わるから、その後ちょっと付き合いなよ」
「え? 何に」
「勿論、七不思議の解明さ。質問の答えは、その時に伝える」
「七不思議……そういや、それがまだ途中だったか」
「残る謎は三つ。保健室の亡霊、真実の鏡、学園長室の場所。乗りかかった船だし、下りるなんて選択肢はないからね」
断っても無駄だという事は承知。ルークは頭を掻いて「わかったよ」と一つ頷いた。それを確認して、ユーマは体育館へ向かった。
教師による話を適当に聞き流し、それが終わると今度は教室に行くよう指示が出される。そして、ほんの少し復習などをするだけで、その日はお開きとなった。
「それじゃあ行こうか」
「……どこに行くんですか?」
ユーマの言葉を聞きつけ、シエルが後ろから呼びかけた。未だに仲直りは出来てないが、無視するわけにもいかないので振り返って言葉を返す。
「保健室さ。亡霊退治をしにね」
「じゃあ、あたしも一緒に同行します」
「何で? 来る必要は……」
「あります」
言葉を遮り、断言したシエルに少し気圧され、ユーマは押し黙った。
「あたしはユーマ様のボディーガード兼お目付け役兼見張りです。これ以上の理由がいりますか?」
「……分かったよ、降参だ。ルークを待たせてるから、早く行くよ」
「はい!」
笑顔でそう頷いたシエルに、ユーマは柄でもなくそっぽを向いた。
――どうもここ最近、思い通りにならないというか……。
溜息を吐きたくなったが、飲み込んで一階の保健室へ向かった。横開きのドアをスライドさせ、中へと入る。
「おう、来たか。って、シエルも?」
「何だかんだで、この三人に落ち着いたよ。それより、亡霊は現れたかい?」
「いや、まあ何にも見てないぜ」
ユーマはルークと話しながら、室内を見渡した。テイマー学園には、基本的に保健室の先生と言う人がいない。何故なら、教師全員が高レベルな治療術を身に着けているからだ。
そのおかげで簡単に忍び込めるのだが――
「ざっと見た限り、怪しげな物はないね」
「あたしもそう思います。プロジェクターのようなものはないようです」
「じゃあ、ここからはシュラの力を借りよう」
ユーマは窓を開けた。そして、シュラに保健室へ来るよう命じた。数秒後、開け放った窓から、シュラが入ってきて、ユーマの近くで停止した。
「さて、進化のほどを見せてもらおうか。シュラ、《ホークアイ》」
瞬間、ユーマの右目の視力が急激に上昇した。視界に移るあらゆる情報が解析されて、脳に叩き込まれていく。夏休みの修行の成果で、全てのスキルが以前より強化されているのだ。
――どこだ。
ぐるっと三百六十度を見渡すが、それらしき姿は見当たらない。顎に手をやり、考えようとした時に、ルークの焦っている顔が目に入った
「……? ルーク、どうかした?」
「ユ、ユーマ、後ろに!」
「っく……」
シエルもその姿を確認するや否や、恐るべき反応速度で飛び出した。一瞬で距離を詰め、ゾンビのようなものへ凄まじい速さで拳を振り抜く。しかし、その拳は空を切った。
「がぁぁぁああぁあぁ!」
突然、ゾンビが地鳴りのようなうめき声をあげたかと思うと、体がグニャリと歪み、無数のハエに姿を変えた。そのハエが、大音量の羽音共にユーマを覆う。
「このっ……」
手を振って払おうとするが、何故かすり抜ける。間違いなかった。実体がないのだ。冷静になってみると、ただの映像と変わりない。
――このハエは見かけ倒し。本体が何処かにいるはず。
「シュラ! 最大出力だ」
さっきよりも多い疲労が体にのしかかる。しかし、それだけの効果はあった。まやかしのハエは消え去り、術者の正体が浮かび上がる。
鋭い視線で睨みつけて、ユーマは言った。
「お前か。何者だ?」
「…………」
「無視か。面白い。なら……」
まだ見えていないとでも思っているのだろう。滑稽だ。ユーマはシュラに狙わせてみた。鷹狩りの要領で、シュラが襲いかかっていく。
鋭い爪が突き立てられようとしたところで、ようやく声を上げた。
「っちょ、勘弁や! ホンマに死んでまうて!」
寸でのところでシュラが止まった。ユーマが近づいていき、その首を掴む。
と、そこでルークの声が入ってきた。
「ユーマ、そこに誰かいるのか?」
「ああ、いるさ。もっとも……」
ユーマが手の先にあるものを睨みつけたことで意味を察したのか、堪忍してルークたちにも姿を現す。
「え?」と、素っ頓狂な声が二人から漏れた。
「これが、正体のようだね」
「た、たぬき型のタクト……ですか?」
「人じゃなかったのか……いや、それよりユーマ。お前何で言葉を交わせるんだ! 他人のタクトとの意思の疎通は無理なはずだろ?」
「確かにそうさ。でも、こいつは誰とも契約してない」
ルークは意味が分からなかった。しかし、それも当然だ。まだ、習っていない事なのだ。
ユーマが続きを言った。
「『野良タクト』と言ってね。このたぬきは、特別な手段を踏んで、契約者から契約を破棄されたタクトのことを言うんだけど、それならテイマー限定で言葉を交わせるんだ」
「契約を破棄って……つまり捨てられたってことか?」
「そう言う事だね」
ユーマは首を離してやると、床へ転がったたぬきに視線を向け、命令した。
「で、何故こんな悪戯をしたのか話してもらうよ」
「喋らんとあかんですか? 勘弁してもらうっちゅうわけには……」
「いかない。殺すよ?」
「ひぃぃ! 話すからその殺気しもうてな!」
大袈裟にリアクションを取るたぬきは、器用に足を組んで座ると語り始めた。
「事の始まりは、七年前ってところや。多分愛想つかされたんやろなあ。ワイともう一匹のやつが、唐突に契約破棄されたんですわ。今になってみれば、当然だったかもわからんわ。元主人さんのタクトめちゃ強かったからなあ」
「要するに、戦力外通告?」
「そういうこっちゃなー。で、そこからワイともう一匹はこの学園に流れ着いて、暇やから何かしようと思って、今に至る訳です」
「それでは……真実の鏡と言うのは」
シエルがたぬきの毛並みをなでながら、何となく見えてきた話を掘り下げる。
「その……もう一匹のやつです。得点制で、驚かせた人数の分だけ勝負しとって」
「やっぱり。どうしますか? ユーマ様」
「どうするって言ったって……」
保健室と鏡。何故二つの事件が交互に行われていたのかも分かったが、たぬきの処分をどうするか。
――このまま見捨てるのは、少し惜しいような気もするし。
「……とりあえず、そのもう一匹を呼んできてよ。話はそこからだ」
「いーや、その必要はないで」
目の前のたぬきとは違う声が、入り口から聞こえてきた。視線を向けると、そこにはきつね型のタクトが佇んでいた。
そのきつねは妙にキザっぽい歩き方でたぬきへ近づいて行った。たぬきがびっくりした様子で声を上げる。
「ありゃ、何でおるんや」
「お前がズルせんかと思うて見張っとっただけや。それにしても、にいちゃん」
「……にいちゃんって、ボクかい?」
「そうやでにいちゃん。なかなか見どころある奴やないか」
きつねはちいさな腕をユーマに向けた。
「で、ワシらをどうする気や。いってみぃ!」
「……ふむ。そうだな」
この二匹の処遇については、三つの選択肢がある。
一つは何もなかったかのように逃がす。二つ目は、問答無用で殺す。そして三つ目は――
「君たち、ボクと契約する気はあるかい?」




