何者なんだ
よくもまあこんな施設を地下に作った物だ。ルートは周りの厳重すぎる警備を見て、苦笑した。
イリヤはあの後、シンナに五階の掃除をしておくように伝えると、二人に目隠しをしてこの地下まで連れてきた。この先にあるものは、滅多に部外者が見れるような代物ではないのだろう。
道中には、上手く隠してあるが無数のセンサー。上には物騒な兵器。加えて、ありとあらゆる方法で鍵がかけられた扉。その扉を開けること、二十五回。ようやく開けた空間が見えた。
「さて、着いたぞ。で、どうする? 質疑応答の時間を設けようか?」
「そうしてもらった方が、ありがたい」
ルートは言いながら、当たりを確認した。何に使われるのかは分からないが、途轍もなく巨大な装置が静かに機械音を発している。
しかし、今はそれよりも――
「何故、ボクたちが転生者だと?」
「転生者……ふむ、まあ、取りあえずそう呼ぶとするか。単刀直入に言えば、お前がいたからだ」
「俺?」
指を指されたハイドは、怪訝そうな表情になった。イリヤが一つ頷き、続ける。
「ポッドを通じて観察して分かったことだが、お前の中には何か『異質なもの』がある。その時点で、明らかに常人とは違うと判断した」
「……ハイド、落ち着きなよ」
「心配すんな。まだ手は出さねえ。まだ、な」
鬼の形相でイリヤを睨みつけながら、ハイドは強く拳を握った。
「まあ、深く詮索はしない。話を戻すが、さっき言ったことに加えて、もう一つ理由がある。それは名前だ」
「……名を名乗った覚えはありませんが?」
「ああ、済まないが勝手に個人情報をのぞかせてもらった。ポッドを通じて得た指紋を、三国が保有しているデータと照らし合わせた。出生時に指紋や血液、頭髪を採取し、個人情報等を管理しているのは、御存じだろう?」
「なるほど。あまりいい気分はしませんが、つまりだ」
少し間をあけて、言う。
「あなたは、我々の共通点を知っている。そういうことですか?」
「それが、とある価値観に従った名前のことを言っているのなら、その通りだ。シンナから聞いた情報だがな」
ある価値観。それはユーマの居た世界で言う日本風な名前。
前世で悠馬だったユーマ。ハイドも、拝戸や、灰土。ルートなら、逆から読んで透、徹、といった具合だ。勿論、意図せずそういう名前になる場合もあるので、必ずしもとは言えないが。
ただ、それを知るには、絶対に欠かせないものが存在する。
「待て、あの小娘から聞いただと? それなら、あいつは他の転生者を知っているということになるぞ」
そう、自分以外の転生者の存在だ。それがいて、初めて確証に変わる。
イリヤは溜息を吐いて、ハイドに言葉を返した。
「それは、尋ねても何も言わなかった。それに関しては、異常なまでに口を閉ざし続ける。私が自白剤を開発したとしても、何も答えないだろうな」
――何者なんだ、彼女は。
ルートは少し考えて、問うた。
「彼女とはいつ出会ったんですか?」
「五年前。研究所の前で行き倒れていたから、介抱した。行く場所がないと言うんで、助手としてここに置いておくことにしたんだ。ドジだが、頭の回転はそれなりに速かったんでな」
「五年前……ハイド、君がここに来たのは二十年前だったね。ボクが十五年前。ユーマ君は、確か十歳だから……」
やはり、ここにも法則はあった。何故かは不明だが、五年ごとにこの世界へ召喚されている。
しかし、一つ疑問が残る。
今の法則に当てはめると、シンナだけ七歳の時にこの世界へ来たことになる。
「何者なんだ……彼女は」
再度、今度は口に出して言う。だが、判明させるには情報が少なすぎる。今は、それより大事なことがある。頭を振って、切り替える。
「質疑応答は以上で結構です。ですから……」
ルートは巨大な装置に、視線を向けた。
「これが何なのか、そしてタクトの誕生について、話してもらいましょうか」
「……少し、長くなるぞ」
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「なかなか、有意義な時間を過ごせたね」
「ああ。だが、状況はかなり厄介になった」
イリヤから聞いた話は、驚くべき内容だった。二人が知ろうとしていることに関係もしていたが、ハイドの言うとおり状況をさらに複雑にしていた。
「全ての真実の一角に、ようやく触れたような気がする。でも、まだ掴めない。ピースが、少しだけ足りない」
「まあ、また考えるしかねえさ。それより、あいつはどこにいるのか分かったのか?」
「ああ、キラから虫の報せが入ったよ」
「……あのクソガキか。さすが情報屋だな」
鼻で笑いながら、ハイドは聞いた。
「で、どこだよ」
「奴さん、どうも『ゼロマウンテン』にいるみたいだよ」
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脳裏にかすかに残っている記憶は、足を踏み外して落ちていく嫌な浮遊感。そして、その後――
「……あれ? ここ、どこだ……?」
いつの間にか、ルークは薄暗い洞窟に横たわっていた。ゆっくりと体を起こし、辺りを見回すと、何枚もの羽が落ちていた。
「……羽? なんか暖かいと思ったら、これのおかげか」
誰が? と思った時に、不意に声が掛かった。
「起きたか、少年」
「ぅえ!? な、何でここに人が……しかも……」
「ほっほっほ。それはこっちのセリフなんじゃが」
ルークに話しかけた人物は、見たところ八十は超えているほどの翁だった。十歳児がこんなところにいるのも場違いだが、八十超えの老人がいるのも大概だ。
「え……と。じいさんが助けてくれたのか?」
「うんにゃ。ハイキングのつもりで来たんじゃが、疲れての。ちょいと休憩しようかとここに入ると、お主がおっただけじゃ」
「ハイキングって……じいさん何者だよ」
「ほほほ。犬のおまわりさんとでも呼んでおくれ」
「はあ?」
訳が分からなかったが、どちらにしても只者ではなさそうだ。
ルークは羽を一枚手に取り、老人に尋ねた。
「じいさん、俺崖から落ちた気がするんだけど、誰かに助けられたらしいんだ。じいさんがここまで来る時、誰か会わなかった?」
「誰も会っとらんが……お主に心当たりはないのか?」
「うーん……」
一瞬ユーマかと思ったが、すぐに違うと分かった。別に性格的な事を言っている訳じゃなく、今持っている羽はシュラの物とは別物だからだ。
色が真逆だし、何よりさわり心地が違う。依然シュラの羽に触ったことがあるが、この羽はそれよりも圧倒的にやわらかい。
「でも、この材質……どこかで」
「ふむ、まあ、いずれ分かるじゃろうて。少年、君ならな」
「え? 何でそう思うんだよ」
「眼、じゃよ」
老人が自分の眼を指差す。
「お主は良い眼をしておる。名前は忘れたが、お主はあやつらと同じ目をしておる。希望と優しさにあふれ、皆を導く指導者の眼じゃ」
「いや、そんなことねえよ。俺なんて……」
「ほほほ。若いうちは悩むがいい。ワシみたいな年になって悩んでも、どうにもならんからな。さて、そろそろ犬のおまわりさんは帰るとするかの」
老人は腰を上げ、背を向けてから右手を振った。
「武運を祈るぞ、少年よ」
ゆっくりと歩き出し、洞窟から出て行った老人を見送って、ルークは呟いた。
「……結局、何者なんだ?」
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そのころ、ふもとでは三人の人物が立っていた。
「やっと、まともに会えた。二年ぶりかな。相変わらず、フードを被っているんだね」
「そろそろ、正体を明かしてくれると助かるんだがな」
ルートとハイドが続け様にそう言い、それぞれのタクトをフードの人物へ向ける。矛先の人物は、黒いフードを目深に被り、口元すら少ししか見えないようになっている。
その口元が僅かに動く。
「君たちもしつこい。大人しくこちらから悪書運を起こすまで待っていればいいものを」
男なのか女なのか、年齢すらも掴ませない気味の悪い声。ルートが苛立った声で言いかえす。
「それはいつだ……一年後か、十年後か。それとも明日か……!?」
「冷静になれよ。そうだな、近いうち……これから半年くらいの間だよ」
「信用が出来ない。だから、今ここで決着を付ける」
その言葉を皮切りに、四匹のタクトが襲いかかった。




