変態
理科の教科書を開けば、ジュリア・マイルーニという名がそこらじゅうに記されている。彼女はおよそ一万年前に生を受けた。幼き時より才覚を現し、十歳になるころには、自動車の基礎設計まで作り上げていたらしい。
四十二歳でその生涯を終えるまでに、世に送った発明品は数知れず。その他にも、万有引力の存在を知らしめ、原子の発見、相対性理論の発表をするなど、ユーマの居た世界で、二千年近くの時間を掛けて発見した理を次々と解明。
現代化学創生の母。人類史上最も神に近付いた人間。あまりの功績から、いつしか人々はそんな風に呼ぶようになっていた。
そして、その鬼才ジュリアの直系の子孫にあたる人物が、貿易大国『コータン』に在住している。ハイドとルートの二人は、情報を頼りにその研究所へ訪れた。
白を基調とした、ドーム状の研究所。その入り口に備えてあるインターホンを押して、ルートは返事を待った。
しかし、一向に誰かが出てくる気配はない。ハイドがもう一回押して、ルートの方を見る。
「……いるのか?」
「どうだろうね。出かけてるのかもしれないし……ん、あれは」
ルートはいつの間にか上空にいた白い機械に注目した。球体に近く、ひょこっと出ているプロペラで宙を飛んでいる。その球体は、眼の様に二つ埋め込まれているカメラで二人を確認すると、近づいてきた。
目の前で止まったと思うと、両手両足と思われるものを出した。二つのカメラで真っ直ぐ見つめて、機械的な声で喋り出す。
「どちら様でございましょうカ」
「へえ、結構流暢にしゃべるんだね。人工知能か何かかな?」
「ワタクシ、マスターの身の回りのお世話をしております、ポッドと言いまス」
「ポッド、ね。イリヤ博士とお話がしたいんだけど、大丈夫かな?」
すると、ポッドは腕を組んで、悩むような姿勢を取った。
「ワタクシでは、判断しかねますネ。事前に連絡を入れてくださればよかったんですガ……」
「うーん、じゃあどうしようか……」
「あ、少々お待ちくださイ。マスターから連絡ガ」
背を向けて、妙に人間らしく相づちをうちながら話すポッドをくすりと笑い、ルートは考えた。
――こんなとんでも装置、常人に作れるわけがない。もしかしたら、当たりかも。
やがて、ポッドが向き直って言った。
「先程、マスターから連絡が来ましテ……どうぞ上がってくれとのことでス」
「いいの? ほんとに?」
「なんか、あっさりだな」
ポッドがドアを開けた。遠慮なく二人とも入り、周囲を見渡す。空調が効いており、幾つもの部屋があるが、今はその何処も鍵がかけられているようだった。
ドアが閉められ、ポッドが手招きするので、着いて歩く。しばらく進んだところで、エレベーターが見えてくる。そこで立ち止まると、ポッドはボタンを押した。すぐに扉が開いて、乗り込む。全部で五階層まであるらしく、その内の三階でエレベーターは止まった。
「ここは主に、兵器に関係した発明品を創っているエリアでス」
ポッドの説明に耳を傾けながら、二人は黙って歩く。やがて、ポッドはとある部屋の前で立ち止まった。二回ノックをすると、中から声がした。
「入れ」
「失礼しまス」
ポッドの手が、ドアの傍の装置に置かれる。認証装置と思われるそれが反応し、ドアが横に開く。中にいたのは、一心不乱に何かを作り続けている青年だった。ポッドが中に入ったので、引かれるように足を踏み入れる。
青年――イリヤが眼も向けずに問いかける。
「来たか。まあ座れ。その辺にイスがあるだろう」
「あなたは良いんですか?」
「敬語は使うな。人如きのうちで上下関係を作るなど、下らん」
ルートは肩をすくめると、大人しくイスに腰掛けた。
――年はボクと同じ、十五前後ってところか。気になる点は……
まず、髪色に注目した。全体的に白いが、元からではない。多大なストレスによるものか、染めているだけか。恐らく前者だろう。それは、眼の下の隈からも伺える。
「何作ってるんですか?」
「レーザーを射出する兵器だ。もうすぐ完成するから、それまで少し待っていてくれ。質問程度なら答えよう」
「じゃあ、ここに一人でいるんですか?」
しばらく沈黙が流れる。こういう時、ハイドは基本的に口を挟まないので、目を瞑っている。イリヤが応えると同時に、何かを察知する。
――誰か、来る。
「一人のような気がする。世話用ロボならいるが……」
言葉の途中で、部屋のドアが開いた。慌ただしく駆け込んできて、派手に転ぶ。手に持っていたフラスコやビーカーが宙を舞い、散乱する。
突然の出来事に動じることなく、イリヤが呟く。
「ああ、助手がいたか。大丈夫か、アルマゲドン」
「誰です!? シンナですよ! それより、五階の食虫植物が暴れようとしてますけど!」
「鎮静剤を撃て。四階のどこかにあるはずだ。ダメなら殺して構わん」
「殺すって物騒な! 仮にも植物ですよ!」
「意思を持たせてしまったからな。植物と呼ぶのは語弊があるだろう」
「えーと。ちょっと、いいかな?」
ルートが思わず口を挟んだ。乱入してきた中学生くらいの少女が顔を向ける。と、そこで初めて二人の存在に気付いたのか、金色の澄んだ目を大きく開けた。
「誰ですか! まさか不審者!?」
「馬鹿者。客だ」
「……アハハ」
よくもまあ、ここまでテンションが正反対な二人が暮らしているものだ。いや、それより。
「大丈夫なの? 食虫植物が暴れかけてると、言ってたけど」
「そうだ、博士何とかしてください!」
「私は動きたくない」
「そんなこと言わずにお願いしますよ! あたし女の子ですよ!」
シンナはイリヤに詰め寄った。イリヤはため息を吐くと、引きだしからタブレットを取り出した。指を滑らせて、素早く操作する。
「ここか」
「これは……監視カメラの映像……かい?」
「ああ。基本全ての部屋に置いてある」
イリヤはさらに操作し、別画面を呼び出した。一寸の迷いもなく指を動かしていくと、突然上の方から爆音が響いた。
「なんだ!?」
「案ずるな。レーザーを射出したまでだ」
「そのタブレットでか。なんつう物騒な」
「それより、誰なんですかこの人たち!」
ハイドの言葉に割り込むように、シンナが口を挟んだ。イリヤが創っていたものを持ち上げ、出来を確かめながら答える。
「お前が、五年間待ち望んでいた人物だと思うぞ」
「え?」
イリヤが、視線をルートとハイドに向ける。そして、相変わらずの無表情でその先を続ける。
「お前たち、他の世界から来た人間だろう?」
「……ワアオ」
「あたり、のようだな」
「え、あなたたちが!?」
と、ここで予測していなかった言葉が飛び出た。ルートがシンナの方を向き、問いかける。
「君、さっきの言葉。まさか」
「えっと。あたしもいつの間にかここに居たってタチですけど……」
「っじゃあ、博士は?」
「俺は違うぞ。ただ、そいつから話を聞いただけだ」
有り得なくは、ない。転生者の共通点は持っているのだから。だが、さすがに助手が転生者だとは……。
――それにそもそも、なぜ博士はボクたちが転生者だと分かった?
目が合ったイリヤが笑みを浮かべた。ゆっくりと立ち上がり、口を開く。
「募る疑問は山ほどあるだろう。答えられる範囲で答えてやるが、とりあえずここを離れよう」
「どこ行くの?」
「知りたくはないか? タクトがどのように誕生したのか」
イリヤはドアに向かって歩いた。
「来るがいい。お前たちの知りたがっている真理に、少しは関係しているかもしれない」




