差
タクトの使用するスキルは、契約者の力で大きく左右される。運動能力、知能、思想、記憶、感情など、様々な要素が複雑に絡まり増えていくのだ。つまり、幾ら良いタクトを引いても、ルークの様に、契約者がタクトのお眼鏡に適わないのであれば、意味がない。
逆に言えば、契約者が優秀であれば、格下のタクトで格上を倒せるかもしれない、ということだ。
そんな理由で、ユーマは剣を学ぶという考えに至った。ルートにハイドと言った、自分と同じ境遇の人間は、恐らくまだいる。そして、二人の動き次第では、近いうちにそれ関係で大きな戦いが起こる。
その時が来るまでに、力を付けておかなければならない。
――同時に、決めておくべきこともある。
「さて、どうせ剣の降り方なんかは調べてるんだろう? 一回、自由に斬りかかってみろ」
ラルグは模擬刀を肩にトントンと当てながら、余裕ありげに言った。ユーマは余計なことを考えるのを止めにし、右足を後ろに引いた。重心を若干前にかけて、剣を右手に持つ。
流石に年齢による筋力の差はどうにもならないので、ユーマの持つ模擬刀は軽めにしてある。とはいえ、まともに当たればそれなりに痛い。初心者の手前、防御だけしか使わないようにするため、ラルグはユーマの運動センスがそこまでじゃないことを祈りながら、同じように構えた。
制限時間は三分。ないとは思うが、攻撃を喰らえばラルグの負け。
「行くよ、兄さん」
ユーマが走り出す。右手を上に掲げ、斬り込む――と見せかけ、蹴りを入れる。
「おいおい、いきなりトリッキーな……」
受け止められた剣にすぐさま足を掛け、無理矢理前に近付くと、膝を叩き込んだ。体を仰け反らして躱し、瞬時にユーマとの距離を取る。
息もつかせず、今度は突きを三発。二個の突きを躱し、最後は剣で弾いて防ぐ。ユーマは弾かれた反動で、右手から左手に剣を渡すと、流れるような動きで薙ぎ払った。
「お前、本当に初心者か!?」
「銃を撃ったことはあるけど、剣は初めて見たいなもんだよ」
「とても、そんな動きだとは思えんが」
辛うじて受け止めた。決して重いという訳ではないが、何しろ先が読めない。
――まさか、ここまでとは!
巷ではヴォルデモート家の次期当主はラルグだと言われているようだが、冗談じゃない。奴らはユーマの異常なまでの才能を知らないだけだ。
別に自分が凡人だと思う訳ではない。今獲得している地位や名声は、努力で同行できるものではないはず。しかし、ラルグは感じていた。
努力云々で越えられない壁を。自分を天才と称すならば、ユーマは神童と呼ぶにふさわしい。
「全く、不公平な世の中だな」
「考え事とは余裕だね」
ユーマの剣先が、服を掠める。ヒヤリとした。もしも、この試合に負けたら、何かが崩れてしまいそうだ。
「それだけは、勘弁願いたい!」
残り三十秒。
――俺の十年間をフル活用すれば、何とか防げる。
ユーマが絶妙なフェイントをかけ、鋭く剣を振るう。悔しいが、読み合いで勝てるとは思えない。動体視力に身を任せて、ほぼ反射で剣を受け止める。
果たして、何とか三分間耐え抜くことが出来た。ギリギリだったが、何とか大事なものを守れた。
「……だが、後何年だ」
「何か言ったかい、兄さん」
「いや、何でもない。それより、俺が教えることなんて特にないぞ」
「そう? 結構余裕に見えたけど。ま、今日はこんな所かな」
そう言って、ユーマは自分の部屋へ戻りに行った。ラルグは遠くに行ったことを確認すると、深く息を吐いた。それと同時に、関を切ったように汗が出てくる。
「何が余裕だ。馬鹿言ってんじゃねえよ……」
当たり前だが、打ち合いになれば負けはしない。しかし、それもいつまでかは分からない。一年もいらないかもしれない。今まで、ラルグも剣の天才たちと何度か打ち合ったことがあるが、ユーマはその天才たちと同じタイプ。
型がどうとか、基本がどうとか、そんなことは関係なしに闘う。言うなれば、センスで闘っているのだ。
――俺の経験上、そう言う奴らは闘れば闘るほど進化していく。
そんなことが出来るのは、全剣士の数パーセントぐらいだが、ユーマはそこに属せる。いや、既に属している。
「だが、俺はそこに属せない……! あいつ、一体どんな高みに行く気だ」
ラルグは拳を握った。悔しさと劣等感を振り飛ばすように、壁にぶつける。歯を食いしばり、ゆっくりと歩き出した。
――あと、何年だ。
「このちっぽけなプライドと劣等感が爆発しちまうのは……」
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――まあ、一応形にはなってるかな。
ユーマは自分で納得すると、右目につないでいたシュラの視界を断った。ラルグと打ちあう三分間、ユーマはシュラをルルの元へ向かわせていたのだ。
「今までは《ホークアイ》で高みの見物が出来てたけど、これからはそういう訳にもいかないだろうし……二つの戦場で闘う事も訓練しとかないとね」
剣術を齧ることで、新しいスキルも習得した。スキルの習得等は夏休みに励むとして問題は――
「シエルをどうするか、なんだよねえ」
――まあ、夏休みはまだあるし、ゆっくり考えるとするか。
「そういえば、ルークはどうしてんだろ。死んでなきゃいいけど」
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「ぶえっく! 何だ、誰か噂してんのか?」
いや、有り得ないか。ルークはこの異常なまでの寒さだという事にして、一歩踏み出した。それなりに登ってきたけれど、予想以上にこの山は難物だった。
寒さに空気の薄さ。今はまだそれだけだが、もう少しすれば高山病といった症状も出てくるかもしれない。
「それに、上に行けばもっと寒くなるだろうな。当然空気も薄くなるだろうし」
やっぱり、無謀だったかもしれない。が、ここで引き下がるわけにもいかない。力不足のせいで、怪我人まで出してしまったのだ。
あの日、水上訓練の後ルークはルカジの部屋に見舞いに行った。痛々しく包帯を巻いていたルカジは、ただ一言「気にするな」と言った。無理な話だ。
「俺がこどもだからとか、そんな言い訳したかねえ……!」
標高約二千メートル。高さだけなら子供でも登れる。
寒さは、根性と気合で乗り切る。がちがちの精神論だが、これ以外に頼る術などない。残り千五百メートル、何とかしなければ。
「食料とか考えれば、残り四日。もし頂上に行けなかったら……」
その先は言うまでもない。覚悟はしてきたが、やはり怖いものは怖い。
――って、そろそろそんなこと言ってられなくなるか。
ルークは上を見上げた。眼に入る光景に、思わず足がすくみそうになる。目の前にそびえるは九十度にまっすぐ上がる崖。
《ゼロマウンテン》が本当の猛威を振るうのは、ここから。
「さーて、喧嘩売らせてもらうぜ!」




