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008 ☖ 舟山の事情

 司の情報も入らず、好きな人にも会えないまま、いつの間にか4月も最終週に入っている。

 ―― 前(・)回(・)ま(・)で(・) ならば既に会えていたはずなのに。


 いや、そもそも 前(・)回(・)ま(・)で(・) と同じならば、相手はオレのことなど覚えていないだろう。


「だから、前回とは状況が違うんだって、何度も言ってるだろうに」


 心を読んだ厳龍に怒られた。

 思わず肩を竦めるけども、フォローするように巫女さんが答える。


「とはいえ、確かに今回、イレギュラーが多過ぎるのよね。


 そもそも厳ちゃんが師弟契約したこともビックリだけど、その子がまさかの音属性とか。音属性ってそこまで多くない挙句、あの子、前回までは属性すら明らかにならないまま里の主に浸食されて魔力暴走するか、人形と間違われて協力者(かなこ)に殺されるか、どちらかだったし。

 それに女子校側では里の協力者、所謂死神教の工作員が急増中。で、その工作員になったばかりの子達が問題を起こし、こっちは毎日てんてこ舞い。

 もう学校に行きたくないわ」


 巫女さんがそこまで愚痴るのは珍しくもない。

 だけど、学校に行きたくない、なんてよっぽどの事なのだろう。そこまで聞いた記憶は無いし。



 好きな人のことで勝手に動いてしまった日から、ずっと "どうしてあの日だったのか" と悩んでいる。


 あの日はまだ春休み中で、皆みたいに成績不良ではなく、出席日数不足を補うための登校だった。

 担任のローズ先生から課されたプリントをただ解いて提出するだけの、暇な午前中だけの授業。


 帰り道に、何らかの話しを耳にして、すぐに行動しなきゃ!と思ったのだけど……。

 ―― そのあたりの記憶が曖昧で。



「男子校には皆無ですって?」


 巫女さんの愚痴は続いていた。

 何を思ったのか、厳龍が唸る。


「そこなんだよなー。これ、今度行くことになる修学旅行中の墓荒らし事件、どうなるんだ?」

「全部女子校(こっち)側で起こるってことじゃない? 想像もつかないくらい、私が忙しくなりそうなのよね。……2人とも、女装してこっちを手伝ってくれない?」


 巫女さんは、そう言って厳龍と光を交互に見ていた。

 もちろん、2人とも首を横に振っている。


 ―― 何で光にまで言っているのか、良くは解っていないけど。



 そうそう。


 厳龍が学校で音属性持ちの後輩と契約したらしい。なんでも、巫女さんの義理の弟・蓮君のクラスメイトだとか。

 多分、厳龍の持つ音神の核を継がせるつもりなのだろうけど、前回まではそんな人、1人も現れていなかったはず。



 で、巫女さんの通い始めた学校では、オレの片思い中の人が巻き込まれる事件があったらしい。

 もっとも、その人が機転を利かして何も知らない水神を守ってくれたというのだから、驚かないはずがない。

 ―― 前回までの彼女は、自分の能力ですら、使うことに消極的だったから。



「死神教(あっち)でも何か(イレギュラーが)起きてるんだろ」


「……本来であれば司様も、厳龍様と同じそちらの学園に通う予定でした。ですが、司様はスポーツ推薦で他校に行ってしまわれたので、今回も在籍はしていません」


 不意に給仕をしていた光が呟いた。


 何回か前までは、弟の司も厳龍と同じ学校に編入する予定だった。

 ―― だけど、覚えていないはずの司が最初から他校へ通い始めた。


「前々回からよね、それ」

「そのことが関係しているのではないでしょうか?」


 皆の会話は飛ぶから、よく解らない。

 難しすぎて、いつも途中で理解を放棄する。


「関係あったとしても、現状は変わんねぇよ」


 厳龍がオレの様子を見て溜息をついた。

 巫女さんも吹っ切れて笑ってしまっている。


「そうね。それに私が嘆きたいのは予測が出来ない、私が下手に動けないってことの方。

 イレギュラーの原因を取り除いたところで過去も今も変えられないし、変わらない。


 強いて言えば、発破をかけることくらい?」


「そのせいで属性神が潰れちまって輪廻し(まわっ)てんのかもしれねぇぞ?」

「えぇー?」



 なお、この会合は、いつもオレの屋敷の庭で行われる。

 平日は月曜と木曜を除いてほぼ毎日。

 土日と祝日は用事が無ければと(・)り(・)あ(・)え(・)ず(・)来ることにしているらしい。


 美島市の結界で市の全域を覆われている上に、ここは議事堂と同じ結界で覆っている挙句、智神の神器の結界で覆ってもいる。

 さらに、こういう会話をする時は厳龍が消音の結界を張ってくれるので声は外へ漏れない。



 厳龍はテーブルに頬杖をついてノートに何かを書きながらブツブツ言っているし、その椅子の足に寄り掛かる巫女さんは呆然と明後日の方向を見つめているし。

 光は無表情のまま、いつもの体勢で突っ立っている。


 会話をしては、皆して黙り込んで。

 たったそれだけの内容なのに、どのくらい時間を費やしているのか、もう解らないほど。


 でも、会話をしない時間もまた、オレには心地良いのだけど。


 ちなみに、オレだけはここで宿題や試験勉強をすることもある。


 流石の2人は毎回同じ宿題、同じ試験問題なので、解答は暗記してしまっているらしい。

 ―― オレは何度繰り返していても暗記できないから、きちんと解いているのだけど。


 何となく解っていることは、前(・)回(・)ま(・)で(・) とは全く状況が異なるということだけ。

 でも、オレにはそれだけで十分だった。


 難しいことは、今の会話が理解できた人が考えてくれたらいい。

 オレはそれに便乗して、好きな人と司を救うことだけを考えればいい。



「異母妹がご迷惑をおかけします」

「あの子の立場じゃ、仕方が無いわよね」


 光の一言に巫女さんが答えた。

 なんでも、光の妹さんが巫女さんと同じクラスなのだとか。



 執事の 麻生 光 は、今の麻生家当主の父親と前妻との子供で、魔力が多すぎて暴走しやすい体質だったがために、滅多に自宅から出してもらえない幼少期を過ごしたらしい。

 それを抑える魔法石を入手してから麻生家当主と共に議事堂へ来るようになり、そこで事情を知った首相の一言で、オレの執事として仕えることに決まったのだとか。


 その麻生家当主は、今の奥さんと再婚したことで当主となったので、光は麻生家の血筋とは言えない。

 だから光がどんなに健康で頭脳明晰になっても、麻生家を継ぐのは異母妹だと決まっているそうだ。


 で、その麻生家も、吉村家と同じく政府七人衆の1人ではある。


 そもそも政府七人衆は、昔から日ノ本国に住んでいた皇族の分家筋らしい。

 詳しいことは解らないけど、その末裔の皇族が子を成さず、『国王のように1人が治める国ではなく、国民すべてが平等に治める国であってほしい』と遺言を残して亡くなったことが、政府七人衆の発足になったとは小学校の歴史の授業で習う事。


 まぁ、風見家と岸間家が追放されてから実質5家の当主のみで担っているので、名称を "政府五人衆" に変更しても良いとは思うのだけど。



 そんなこんなで時間がだいぶ流れた後。



「おー、おー、皆して神妙な顔、しやがって」


 そう言って屋敷の方角からやってきたのは風見。

 今日は遅番のはずだけど、既に執事の服装になっていた。


 その隣には幼い少年が控えるように歩いている。

 オーラの違いから妖怪だとすぐに気付いた。


 風見は近くで足を止める。

 当然、少年もその後方で足を止めた。


 オレ達を見止めて目を丸くしたあたり、全員の正体は察したらしい。


「他国の王子を案内した奴、連れて来てやったってのに」

「こ、こんにちは」

「…… "ギンロウ"?」


 巫女さんの一言に、緊張していただろう少年が目を丸くしていた。

 が、すぐに目を反らしてしまう。


「うん、まぁいいや。貴方が案内をしてくれたのね?」

「えっと、多分、そうです」

「その時、感じたことを教えて欲しいの」

「感じたこと、ですか? ……いえ、特には……」

「……悪霊が避けた?」


 少年は目を丸くしていたけど仕方ないことだと思う。

 巫女さんが読心術を持っている、なんて見た目だけでは想像も出来ないのだから。


「山を越える時に悪霊が避けた。うたた寝をしている時に何かが結界を張っていた。まるで誰かに守られているような感じがした」


 巫女さんが読心術で少年の声を代弁した。

 そのためか、少年は諦めた表情をして答え始める。


「……変だな、と思ったのは、川沿いを歩いていた時に妖怪が道を譲ったことです。そもそも、自分はまだ案内人として山神様に認可されていないので、自分に話が回ってきた時点で疑問に思いました。どうして自分なのかと。正直に言えば偏見になってしまうのですが。……海外の、得体の知れない存在が宿っている、そう感じました」

「だから一族から切り捨てる選択も可能な自分だったのか、そうも思ってしまったのね」

「……はい」


 少年は悔しそうに答えた。

 何となくだけど、少年が言いたくなかった理由が解った気もする。


 他国の王子が違法入国か何かして、舟山の森へ解放されたのだろう。

 その案内人に抜擢されたものの、その王子に殺されても問題がない者として、つまりは生贄として選任されたのではないか――と思ってしまった、ということ。


 まぁ、よくある話しだし、それは解った。


 巫女さんは真面目な表情でそれに応(・)え(・)る(・)。


「一族が貴方を派遣したのは切り捨てるためではなく『長引きそう』だったから。貴方も一族の出なら輪廻(ぜんかい)のこと、覚えているでしょう? 今年は何が起こる年?」

「えっと、確か妖怪戦争が起きる年だったかと」

「もし戦争になると解っていたら主力は残しておきたいでしょう? かといって相手は他国の王子。それも得体の知れない相手。実力、地位共に下手な案内人を送るわけにもいかない」

「まさか、半年以上も他国の王子は美島市に滞在するのですか?」


 光が驚愕の表情で巫女さんを見つめていたが、巫女さんは軽く頷いただけで話を続ける。


「彼に宿っているのは恐らく妖精よ。ただ、彼を守るために宿っている訳ではない。恐らくは体内に魔法石か核があるのだと思う。多分、それが妖精の狙いだと思う」

「体内に魔法石……だったら浸食されているのでは?」

「そうね、その可能性もある。それに核だったら悪鬼が狙うかもしれない。だから彼の行動を見張る必要があるの。だけど半年以上も一族の主力を付けるわけにはいかない。そこで貴方というわけ。貴方は自信がないのかもしれないけど、既に一族から信頼されているのよ」


 少年の目に輝きが戻った、気がした。が、すぐに表情を曇らせる。

 今度は違う意味で困惑した様子ではあったけど、巫女さんの言葉で少年の杞憂は解消されたらしい。


 まぁ、それもいつものこと。

 巫女さんは、事実と異なる思考に囚われた相手へのフォローは上手いし。



 風見の案内で少年は裏門の出口に見送られ、光は厳龍が飲みまくっていたコーヒーのお代わりを作りに屋敷へと戻っていった。

 残された3人に沈黙が来るかと思ったものの、気になったので巫女さんに尋ねてみる。


「巫女さんの、神社に呼び出せば、良かったのでは?」


 同じ舟山に住む者同士、その方が近かったはずだし。

 そう思っていたら何故か厳龍が鼻で笑った。


「小槌市側の妖怪は、美島市側の舟山には来たがらないんだよ。ましてさっきの奴、一族の掟が厳しい所の出だろ?」

「うん、そう。山神からの情報で知っていたからね。だからココを利用させてもらったの」

「利用されるのは、構わないけど。……どういうこと?」


「掟によっては市の境になっている川を越えて美島側に入ったら追放する、という所もあるのよ。それで、ウチの神社には呼び出せない。

 かといって私が小槌側へ行けば、無関係な一族にも警戒されてしまう。話しを聞かれて王子の身に危険が及ぶかもしれない。

 そこで、舟山の阿吽一族と契約している貴方の執事にお願いした、ということ」


 納得はした。だけど、何で少年が悩んでいたことに気づけたのか。


「会うまでは知らなかったわよ」


 巫女さんの呟きに厳龍も頷いていた。


「ただ、会った瞬間に聞こえちゃったのよ、声が。それで察したから言い方を変えただけ。最初から彼には王子の味方で居て欲しかっただけなのよ、私は」

「まぁ多分、一族が奴を選択した理由も間違っちゃいねぇだろ」

「多分ねー」


 クスクスと巫女さんは笑っていた。

 ――多分、ということは、つまり。


「推測で、希望を持たせちゃった、の……?」

「多分、大丈夫よ」「いつも通りだよ」

「……いつも思う、けど。大丈夫、じゃないよ。間違っていたら、」

「今回の場合は大丈夫よ」


 巫女さんがオレの目を見て応えてきたので黙ることにした。


「それにしても妖精か。随分と厄介な存在を連れてきたものだ」


 厳龍が話しを変えるように呟いた。

 それと同時に、遠目の屋敷から光がポットを持って出てくる姿があった。裏門側からは風見の気配も感じ取れる。


「海外の妖精って強いんだろ? それこそ神サマ候補から核を奪い取れるくらいに」

「そうね。でも人間と同じで妖精にも性格があるのも事実。強欲が増せば奪い取ることもするでしょうね。だけど、王子の妖精の場合は……」

「庇護欲が強い、って感じ?」


 光より先に戻ってきた風見が答えた。

 巫女さんは頷きつつ、光の方向にカップを差し出している。遠くから察した光が "瞬足" という術を使い、気づいた時には巫女さんの前に片膝をついて注いでいた。


「ただ王子の感情に手助けする様はない。そうだな……強いて言えば『誰かに命じられて守ってあげている』という感じに近い」

「属性が一致しないと誰にも仕えないことで有名な妖精が?」

「だから多分、一致はしているんでしょうね。その核か魔法石とは」

「すると、何だ? 王子本人の属性は、所持している核か魔法石と異なると?」


 厳龍のツッコミに巫女さんは答え、風見は首を傾げながらも光を見た。

 光は新しいカップにコーヒーを注いでいたが、その1つを風見が居る方へと動かした。


「天使族がほぼ全ての属性を扱えることは、有名な話しでしょう? そのせいで多くの天使族が奴隷や実験体にさせられていた過去もあるくらいだし」

「純粋な悪魔族は核や魔法石を契約なしで体内に保管できる能力があるんだよ」


 厳龍は嫌そうな表情で光を見た。


「以前に光が持っていた、どんな核でも保管ができる神器。あれは元を辿れば純粋な悪魔族が諸事情から神器に成ったモノ。世界でも未だ3個しか存在していなかっただろ?」

「お高い買い物でしたが便利でしたね。もっとも、レンタルだったので既に手元にはございませんが」

「今の天使族並みに希少価値が高いんだよ、かの王子は」


「話し、戻すわよ?」


 巫女さんは皆を見回し、同意されているのを確かめてから続ける。


「ようは、王子はその体質を利用されて "何か" を保管させられている可能性が高い。妖精はそのお目付け役っていう所だと推測したってわけ。ただ、そんな強い妖精が魔法石程度を守るとは思えないから神核ではないか、と思うのだけど」

「あの女帝も連絡を寄越したくらいだしな。それだけ強い核の可能性もあると」

「問題はこちらへの影響度よ。まさか密輸船の全船員を朱雀族の管轄下に置くとは。これから始まる妖怪戦争にも影響が出るでしょうし、何より魔力持ちが市街地よりも多く舟山側に集まってしまったことも不安要素ではあるの」

「王子の護衛には優秀な側近が多かったみたいですしね」

「それも大半が悪魔族だろ? 純粋じゃないとはいえ」


 巫女さんの説明に風見と光まで一緒に溜息をついていた。

 ――うん。難しい話しは、皆にお任せしよう。


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