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007 ♕ 千波県

 カオルの提案を飲み込んで、退院までの数日。

 その間に特殊な自治権を持つ千波県(ちはけん)という地域に関して説明を受けた。


 東都や他の県と違い、千波県では美島市(みしまし)、小槌市(こづちし)、五十市(いそし)というたった3つだけの自治体で成り立っている。

 今居る病院は小槌市(にあるが美島市寄り)で、カオルが事務所と兼用で住んでいるのは美島市(にあるが小槌市寄り)とのこと。


 そして県内全ての市は主に妖怪が住んでいて、市長も妖怪で妖怪主体の政策をとっている。

 だから東都や他県の街中で差別を受けて住めなくなった妖怪や、逆に罪を犯してしまった人間など、多くの国民の避難所になっている。


 その3県を跨るように舟山があり、舟山には特殊なバリアーがあって常に守られている。

 その一角に密輸船を受け入れる港が作られているのは、舟山には多くの守護神が住んでいて、どの場所に居たとしても守護神が見張っているため。


 母国にも守護神はいたが、せいぜい街をバリアーで守る程度で街以外の地域までは守れなかった。

 もちろん、日ノ本国でもここまで守護神が集結している地域はほぼ無いらしい。


 ただ、昔から舟山に居る守護神曰く、舟山には守らなければならない存在が住んでいるらしく、それを守るために集まってきた者もいるとか。

 裁判官のアトミもその1人で、舟山の守護神たち、そして千波県の市長たち、更にはカオルを含めた民間企業までも結託しているらしい。


 とはいえ、千波県から犯罪者を東都に出す訳にもいかない。

 そのため、港から上がってきてすぐの違法入国者や犯罪者には罪の重さに応じて舟山から離れられない拘束系の術をかけ、守護神やその協力者が行動を見張り、問題が無いと判断されたら市街地への案内人を派遣する。

 アトミの術は、舟山の海側に対して有効程度、頑張れば海側から泳いで東都に入ることも出来たらしい。



「ウィルの言う遠縁ってのは "キシマ" のことだろ?」


 明日に退院を控えた、カオルの帰り際に聞かれた。

 明日はカオルが仕事で迎えには来れないが、代わりに従業員を派遣して事務所に連れて行ってもらえることになっていたので安堵しきっていた。


 それだけに、遠縁の名前を言われてもピンとこなかった。が、


「兄に持たされたメモがある」


 そう言ってポケットからくしゃくしゃになったメモを出して広げた。


 そこには日ノ本語で書かれていたのか、自分には読めない。

 しかし、カオルには十分だったのか笑っていた。


「あぁ、なるほど。これはショータロウ・キシマの自筆だ。それも住所と名前、それに元帝王のサインもある。元々、ウィルの兄もこれを頼りに亡国する予定だったんだろう」

「でも兄は、」

「それ以上は言わなくていい。ただ更に残念な話をすれば、ショータロウは今、この国に居ない」

「……ええっ!?」


 鎖国をしていると聞いていたのに、キスマーン諸国の女帝から連絡が来たり、ショータロウが国外に出ていたり。

 ――日ノ本国は意外と鎖国していないのでは?


「屋敷に残ってる家政婦の話しが本当ならば、キスマーン諸国に居るらしい」


 一瞬、そんなことを思っていたが、そういうことなら話が変わってくる。


「あ。だから女帝が保護の話しを?」

「可能性は高いだろうな。だが事実、諸国内で激しい反乱が起きている影響でショータロウですら戻って来られるか解らない状態らしい。何より今はまだ、ショータロウには会ってほしくない」

「会ってほしくない?」

「情報が正しければ、ショータロウの弟が犯罪者、更に悪鬼に憑依されている状態で、たまにお小遣い欲しさにショータロウの屋敷を訊ねてくることがあるらしい」

「うわぁ。最悪じゃん」


 思わず引き顔、更には素で言ってしまったが、カオルはそれを笑ってくれていた。


「もう1つ言えば、ショータロウには娘が居て、その娘とは絶対に接触させたくない、というのが俺の思惑」

「相手が女子だから?」

「いや。その娘が東都で流行している "謎の病気" を解決するために必要だから、かな」


 そういえばアトミも言っていた。

 そのせいで何十年も鎖国している、とも。


「原因がはっきりしていないのに解決できるのか?」

「あー、いや。原因は解ってるんだ、ある程度は。ただ、解決に至るまでの要素が揃わない。どれか1つでも欠けると最初からやり直しになっちまうんだよ」


 想像したのは護衛が作っていた薬。

 母国の一般人は薬も自前で用意することが普通だったので、護衛は当然のように薬を調合していた。

 必要な数種類の素材と、作るモノに合わせた量。それをすり潰して丸薬にする。だけど、すり潰す時間が不足していたり、量を間違えたりしたら、素材を揃え直すところから始まる。なにせ失敗した丸薬は薬としての効能が皆無だから。


 そして気づいてしまった。

 まさか、その娘の命を使おうとしているのではないか、と。


「何を想像してんのか知らんが、流石に命を使う訳じゃないぞ?」


 自分が真っ青になっていたのか、カオルは補足するように答えた。

 安堵する自分を他所に、カオルが悩んだ末に続ける。


「まぁ、ある程度は言っても良いか。件の原因の犯人は2人。どちらも頭が回る、逃げることに特化した悪神なんだよ。ただ、片方は元神様。それも四大神の1人ではないか、と言われている」


 母国でも、土地を守る神は "守護神" と呼ばれ、属性を守る神は "属性+神" の名前で呼ばれる。

 その属性の中でも主元素系の4柱を "属性神" と総称し、現象系の4柱を "四大神" と総称している、とは聞いたことがあった。


 本来、属性神と四大神は8つの国に分散して住んでいたらしい。

 ところが、過去の世界規模の大戦や内乱による亡命など様々な要因が重なった結果、日ノ本国に集ってしまったらしい。


 国連でも問題に上がっていたはずだが、事情が事情だけに閉口していた、とは帝王に同伴したことのあるサムが言っていた。

 もっとも、サム自身はその事情とやらは聴けなかったらしいが、こうして鎖国の理由を聞いていたら自分も閉口していたかもしれない。


「つまりは、その2人の悪神をどうにかしないと病気は治まらないし、鎖国も解除できないと」

「そういうこと。で、元四大神の極悪な悪神をどうやって処理するのか。殺すにしたって、守護神ですら憑依されて悪神になってしまうのに、誰が沙汰を出せると?」

「それで属性神や、他の四大神の手を借りるしかない、と。その女子がどれかの神、ということね」


 でも、ショータロウは悪魔族だが、兄の話しからして帝王(ちち)よりもかなり若かったはず。その娘とすれば、恐らくは自分と同じくらい。

 神の証拠となる神核は、確か相続してもすぐに使える訳ではない、と習った気がする。


「もしかして、神核を受け継いだばかりか?」

「そう。超能力者としては優秀だけど、精神的にはウィルよりも子供だね。何より、ショータロウは妻が自殺すると感じ取って、本来なら18歳で行う悪魔族の成人の儀を8歳くらいでやらせたんだ」

「げっ。あの殺人の儀を? 女帝でさえ嫌がって去年やっと廃止したあの儀を? ウソでしょ?」


 成人の儀の中身は知っている。


 純血の悪魔族に伝わる、出来の良い子供が母親を殺して母親の魔力を受け継ぐという儀式。

 元々女性は妊娠して子供を産む度に魔力の上限が大幅に減ってしまう体質らしく、大昔の男性は子供に強さを求めたことから生まれた儀式と聞いている。


 とはいえ、現代では男女平等、種族平等がスローガンになっている。まして、今の悪魔族のボスも女帝と称される女性。

 だからか、女を蔑ろにする文化を捨てさせるために女帝は中身を変えた。


 何故か他国では反対者は多かったと聞くが、それで多くの命が助かった。自分の母の命も救われた。

 もっとも、母親を殺したことにして逃げ出させたり、犯罪奴隷の女性を殺したりと、既に儀式を継承していなかった家も多いようだが。


「ホントだよ。おかげで彼女は色々と危うい。だから会わせたくないんだよ」


 儀式を行った後の子供は魔力が黒く染まり、場合によっては堕転して狂ってしまったり、二重人格になったり、憑依されて悪鬼になったりと、あまり良い話は聞かない。


 実際、自分の父親の兄は22歳で母親を、つまりは自分にとっての祖母を殺してから狂ってしまい、最終的には『殺してくれ』と本人に頼まれて弟である父親が殺したらしい。

 それを今の自分より低年齢で行うなどありえない。


「なるほど、解った。だがしかし、自分はどうしたらいい? ずっとカオルの事務所で世話になる訳にはいかないのだろう?」

「それなんだよな」


 カオルの事務所には従業員が居て、正社員が2人と、期間限定の契約社員が2人いるらしい。

 正社員はどちらも非能力者。ただ、魔法石の扱いには長けているらしい。

 契約社員の内の1人は病弱で長期入院中、もう1人は依頼内容によっては丸投げする程度で滅多に事務所に来ないらしい。


 しかし、カオルは妖怪、且つ超能力者、更に国際弁護士という肩書を持つがために、常に依頼が舞い込んで自ら出動することが多いらしい。

 その間に事務所に自分だけが残る訳にはいかないが、かといって危険な場所に連れて行く訳にもいかない。

 つまりは、自分を護衛できる者が皆無なのだ。


「まぁ、どちらにしても明日は退院だし、事務所以外に当てはないな。

 しばらくはウィルを連れて行っても問題がない仕事を選ぶさ」


 そう言ってカオルは自分の頭を撫でてくれた。


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