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006 ♕ 保護者

 目が覚めた。

 真っ白の天井が視界に入ってくる。


 ゆっくりと体を起こせば、そこがどこかの部屋ということは理解できた。


 真っ白の壁に、黒いテレビとその台。

 自分が居たのは真っ白いベッドの上で、真っ白のカーテンが窓の端に綺麗にまとめられている。


 真っ白の雲と青い空が美しかった。


「目覚めたか、坊主」


 そう言いながら遠くのドアから静かに入ってきたのは男性だった。

 男性はドアを静かに閉めてからこちらに歩いてくる。


 身構えようとしたけど身体が痛い。

 それに男性から殺意を感じられなかったので警戒だけした。


 多分、自分が警戒していることは男性も解っていたと思う。


「あの裁判官が余計なことを言ったから、ここまで子供が単独行動だったのは大変だっただろ」

「……えっ」


 男性は阿修羅語で話しかけてきた。

 思わず驚き、警戒心は一気に消え失せてゆく。


 が、すぐに疑惑が生まれる。

 警戒を解くにはまだ早いと自分に言い聞かせた。


「どうして、」

「 "いつものこと" だよ。あの港はわざと密輸船を受け入れ、わざと亡命者を国内に逃がしている。いつもなら亡命者は犯罪者って率が高いんで、あの裁判官が罪の重さに応じて国内での行動に制限をかける」

「まさか電車に乗れなかったのは!」


 男性は目を丸くした後、少し考えてから答えてくれる。


「あぁ、それ自体は罪でも何でもない。この地域、独自の法律だから仕方ない。というか、それを無視して電車の外壁にでもしがみついて乗車したら向こう岸には渡れただろうし。違法だし、危ないけど」


 そう言われてみれば、母国でもバスにしがみ付いて移動していた貧困層が居た気がする。

 もちろん、母国でもその移動方法は無銭乗車になるので犯罪行為だったが。


 私が脱力していれば、男性はコホンと咳払いした。


「坊主の罪は、違法入国したことと、他人のパスポートを所持していたこと」

「あの時点で他人のパスポートとバレていた……のか?」

「顔写真があるから解るだろ。まして、坊主がかの有名なリヴァイアサン族とは思えなかっただろうし」

「え。どこが違うの?」

「逆に聞くけど、今までその違いに気づかないまま執事をさせていたの?」

「確かに自分は悪魔族で、サムは妖怪だったけど……」


 と言いかけて、気づく。


「って、なんでサムが執事だって知ってるの?!」

「あー、そこからなのか。まぁ、ここは警備が行き届いた病院で、すぐ退院するにも許可が出ないだろうし、坊主を受け入れる予定の事務所も片付いていないし。その間、一連の解説とこの国の説明をしてあげようか」


 男性はそう言って近くにあった椅子に腰をかけてくれた。



 男性の名は イチハラ カオル。国際弁護士の資格を持つが、普段は小規模の出版社の社長をしているらしい。

 そして今回、阿修羅帝国ではなく、その母体と言われているキスマーン諸国の女帝からの依頼が日ノ本国の国際弁護士団宛てに密書で届いた。それを国会で協議した結果、9日前に受理することが決定した。

 そして昨日、改めて女帝から受理に対する返事があったことで決行になった。


 女帝の最初の手紙には、阿修羅帝国の第三王子である自分が日ノ本国に違法入国したことに対する謝罪と、その者の手厚い保護を懇願していた。

 連絡が遅延したのは、女帝の元に辿り着いたのが貴族ではなく一般市民だったことと、その者が持っていた手紙の真相を確かめる為に調査団を帝国に派遣したせいだという。

 そして次の手紙では、諸国内で起きている反乱が治まってから女帝自ら日ノ本国に入り、本物の第三王子だった場合は未成年故に女帝が身元引受人になる旨と共に、その友好の印として、先んじて日ノ本国の鎖国の原因になっているモノの調査に出来うる限り協力する旨が書かれてあったという。


 だが、その2通の手紙は、すでに例の裁判官によって行動制限の罪は施行された後の話し。

 だからカオルはアトミと会って事情を聞き出した。


 とはいえ、アトミもまた、密輸船の中に違法な物資が無かったことから不審に思い、捕らえた船員から何が目的か聞き出そうとした。しかし、船員は誰もが "自分たちの大仕事は無事に終わった" としか答えなかった。

 そのことから、あの砂浜で出会った子供を運ぶことが目的だったのではないか、という答えに自力で辿り着いていたらしい。


 そしてカオルの方は、第三王子のことについて調べ、顔のそっくりなサムという執事が居たことと、王子本人は石属性の魔法が使えることが解った。

 そんな時に、既に市中の警備隊に "外国系の顔立ちの子供が居たら連絡が欲しい" と伝えてあったおかげで、追手に追われた子供の情報が入ってきた。


「それにコイツも俺の所に助けを求めてやってきたし。坊主の居場所まで案内してくれたから、魔力暴走する前に危険な毒を抜くことができたんだよ」


 そう言いながらカオルは空中をちょんと突いたが、自分には何も見えていないので首を傾げてしまう。

 が、すぐにカオルが気付いてくれた。


「坊主、そんだけの魔力を持っていながら妖精が見えていないのか?」

「フェアリー? って、あの伝説の?」

「伝説って。……あぁ、そうか。帝国は悪魔族の国だったから妖精は少なかったのか」


 そう言いながらカオルは瞳孔を真っ赤にさせた。


「魔力を目に集めて見てみろ」


 言われた通りに魔力を目に集めてみる。

 すると、今まで見えていなかった空中に人差し指ほどの大きさの人形が浮いていた。腕組をしていることまで解る。


「お前が、助けてくれたのか?」


 妖精は素直にコクンと頷いた。


「ありがとう!」


 その一言で妖精はニンマリと笑った気がする。でも、すぐに見えなくなってしまった。


「あ、あれ?」

「妖精が姿を見せていられるのは数分らしい。大妖精でも30分程度と言われているから仕方ない。まぁ、見えなくなっただけで近くには居ると思うけどな」

「そうなのか」

「ちなみに坊主を襲撃した奴らは、俺がはり倒して警察に連れて行ってもらった。が、奴らは標的を間違えたらしい」

「間違えた?」

「あぁ。坊主と同じ背格好、色白で幸薄そうな少年が電車を使わずに東都に向かう、という情報が入って、それが奴らの標的だったらしい」


 何ともまぁ、自分のタイミングが悪かったというべきか。

 確かに砂漠の国に居たとはいえ一族の遺伝なのか病的なほどに白く、日に焼かれれば数分で真っ赤になる。だから悪魔族用の日焼け止めの香草が手放せなかった。

 とはいえ、ここはそこまで日差しが強くはない。だから平気だったのだが。


「本物の標的はまた別の手段で東都に向かい、何事もなく無事に戻ってきたらしいがね。今頃は執事や護衛、友人らにこっぴどく叱られているだろうよ」

「あぁ、それは当然だろう」


 相手がどんな人物なのかは不明だが、執事と護衛と聞いた時点で高貴な身分の子供であることは理解できた。その友人たちだって、恐らくは同じような身分のはず。

 自分も以前に何度か怒られたことがあったので、その友人たちが怒らないはずがない。


「それにしても、諸国の女帝とは面識がないんだが、どうして自分の保護を引き受けたのだろうか?」

「坊主が純血の悪魔だから、と手紙には書いてあったが、実際のところはもっと違うだろうな」

「うん? じゃぁなにか、自分は解っていないというのに、初対面のカオルは解っているとでも?」

「まぁ、多分」


 しばしの沈黙。

 それだけじゃ自分には解らない。


 カオルはやれやれ、という表情をしてポットからぬるま湯を入れてくれた。

 確かに興奮して喉が渇いていた気もする。それを飲んで少し落ち着くことにした。


「坊主、本名は "ウィリアム・アシュラ・キース" で合ってるか?」

「……ああ」


 カオルは今更のように聞いてきた。

 警戒しつつもカオルの様子を伺う。


「密輸船ではどのくらい日数がかかって、中ではどうやって過ごしてた?」

「船に入ったのは早かったが、出港したのはその3日後。出港してからは5日と数時間くらい。夕食時は船員と食堂でとり、寝るまでの間はずっと同じ船員と行動をしていた。それ以外は与えられた個室から出なかった」

「船長の証言と同じか。なら、お前が第三王子で間違いないな」


 カオルが安堵した表情をしたので自分も警戒心を少しだけ解く。

 確かに、間違った相手を保護していました、では女帝相手にお話にならないか。


「今日からお前は "イチハラ ウィル" と名乗れ」

「……え?」

「漢字で書くと、"市原 未来"」


 カオルはすらすらと、ポットの近くにあった紙に文字を書いた。

 それが漢字と理解するまでに少し時間はかかってしまったが悪い気はしない。


「設定としては、坊主が抜けてきた山……舟山という名称だが、あそこで起きた内乱の孤児。違う街で平穏に過ごしていたが、悪魔族とバレて身を追われ、親と一緒に舟山に逃げ込んだが、内乱中だったことを知らなかったので親とは死別し、偶然にも命だけは無事に逃げ出せた悪魔族の子供」


 カオルはペラペラと話すので目を丸くしてしまった。

 まるで以前からその設定を考えていたかのように。


「親は阿修羅語を使っていたし、坊主はずっと家の中に居たから世間知らず。友達ももちろん居ない。よって孤児になっても阿修羅語しか使えなかったから、阿修羅語が使えるオレに話が来た。――っていう設定なら、この国に人権が無くて住んでいてもおかしくはない」


「……おかしくないか? だってこの国は、」

「無料の教育制度があるって? そんなん建前だよ、タテマエ。それが適用されるのは人間だけで、ここ数十年で天使族と悪魔族が、ここ数年で妖怪あたりがやっと加われたくらいなのに」


「えっ! それまでの悪魔族や妖怪は?」

「独学か、人間に化けて無害を証明して監視がある中で学校に通ってたか。それだって、人間に化ける手段を持たない奴には厳しい世界だった」


「は、初耳だ……」

「だろうな。それに今も、人間と同じ人権を得るには人型を保つ必要がある。つっても、昔よりはその手段が増えてきたから取得者も増加傾向にはあるが。それでも親が違法入国者だったら出産しても出産届を国に提出する訳にはいかないし、妖怪でも種族が違う場合は風習によっては隠れて子育てするし。この国の法律は未だに人間主体の国なんだよ」


 でも、そうなってしまうのは仕方ない。


 何せ国として統一している以上、最も多い種族が政治に関与しやすくなってしまう。

 帝国だって悪魔族が主体で、妖怪寄りのリヴァイアサン族のことは後回しにされていたし。


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