005 ♕ 殺意
阿修羅語は独特の言語ということは知っていた。
だから共通言語と言われている英語を使ったが、日ノ本国では英語がそこまで浸透していなかったらしい。
最初は空き家に寝泊まりした。
が、それが違法だと偶然にも外出中に知ったので公園のベンチにお世話になった。
日ノ本国の公園には水場もある。
蛇口を捻れば水が出てくるので、そこで体を洗った。
母国と違い、夜もそこまで気温は寒くならないし、日中も暑くはない。
天気も晴れていることが多く、雨の時は広い道路を渡るための階段の下で休んだ。
たまに優しそうな人が軒下や庭、小屋を貸してくれることもあったが、迷惑になると思って朝には出て行った。
また違う人は、今から食べようと手にしていたサンドウィッチをくれたこともあった。
そうして毎日、うろうろと1人きりで街を彷徨った。
街はどこもキレイだった。
ゴミもあまり見かけなかった。
だけど時折、自分と似たような境遇なのか、子供が集団で窃盗やスリをしているのを見かけていた。
それでも、治安が悪いとは思わない。
何故ならば、見かけるのは深夜で飲み過ぎて公園で寝ている人から盗っているから。
母国だったら公園で寝るなんてことはホームレス以外にありえない。
まして、子供の集団でも通行人を殺して身包み全てを盗ることだろう。
やっとのことで駅を発見したものの、東都方面への乗車のチケットを購入するためには、15歳未満の場合は保護者が同伴するか、学校や職場などの許可証が必要ということ。
その理由は、この駅から出ている電車は "特急列車" と呼ばれる特別車両を利用しているから、とのこと。
またチケットを購入するにしても、渡された分では金銭が全く足りていなかった。
そのあたりの知識が皆無だったので質問を沢山したが、代わりに紹介されたのが無料で使える図書館だった。
もっとも、館外への持ち出しは市内在住の証明が無ければ利用できなかったが、そのあたりは母国と同じだったので仕方ない。
しかし、その図書館には英語訳の本も多かったので、数日かかったものの、何となくだが理解はできた。
ようは、特急列車は事前予約制。これが15歳以上ではないと予約できなかった。
予約しなくても乗車できるチケットもあるが、そもそもが通常のチケットと違うので当然ながら高額、というわけだった。
電車が無理ならタクシーを使えばいい。
そう考えたものの、駅前のタクシーも予約制だった。
それはこの地域のタクシー会社が1件しかなく、台数も少ないからだそう。
しかし、予約をする為には "ケータイデンワ" という機械が必要らしい。
その機械の金額を見に行ったものの、高額だったので諦めるしかなかった。
結局は、自分の足で行くしかない。
そう思って東都方面へと歩いて行くことにした。
街のバリアー、この国では結界と呼ばれる透明の壁を出たら、民家も小屋もない平原が広がっていた。
時折、細くて赤い花が咲いていたものの、少し気味悪く感じて正直好きにはなれそうにもない。
その花ですら避けるように線路があり、電車は自分を悠々と追い抜かしていった。
平原で野宿して、2日目の日中。
ようやく平原の端に辿り着いた。
しかし、
「このひび割れは、なんだ?」
地面に巨大な亀裂が入っていた。
断崖絶壁の真上から、恐る恐る下を覗き込む。
かなり下の方で、水が激しく流れているのが音で解る。
だけど、その水飛沫は見えるが、肝心の水量が全く目視できない。
――それほどまでに深いのだろう。
それに、水の音が煩くて周辺の気配が解らなくなってしまうことを恐れたので、それ以上は危険と判断し、しっかりとは覗き込まなかった。
平原の亀裂は谷底まで直角だった。
恐ろしいほど深いはずなのに、水の音はこの地上にも届いている。
――下手に降りれば死ぬだけだろう。
しかし、線路用の橋がかかっているだけで歩道用の橋どころか、道路用の橋すら見当たらない。
線路用の橋を使えば渡れるかもしれないが、その間に電車が来たら避けようがない。
「もしかして、この川……川で良いんだよな? この上流まで行かないと向こう岸に行けないのか……?」
思わず独り言ちる。
そして潮の香りがする海とは逆側を見てみる。
平原はずっと奥まで続いているのか、遥か先に山があることは解った。
ただ、この亀裂はかなり先まで曲がりくねりながら続いているのか、奥の方にもただ平原が続いているようにしか見えない。
ちなみに、向こう岸の奥には堤防が築かれているようで、少し離れた場所にある家屋の屋根が見えている。
もっとも、かなり深い場所で水が流れているのだから堤防があっても意味はない気がするが。
亀裂はどこまで続いているのか解らないし、そもそも上流に向かっても橋がありそうな感じもしない。
諦めるしかない、か。
――そう思った瞬間だった。
「っ!?」
急に殺意を感じ、身の危険を感じた。
後方に2歩分ほど飛び退けば、先ほどまで居た地面に何かが刺さっていることを確認する。
この国の映画で見た、シノビが使う飛び道具だったと思う。
殺意は未だに感じていることから、相手が "イントン" という術を使っていることも理解した。
だが、それに対処する術が自分にはない。
精々、バリアーを張って時間を稼げるくらい。
攻撃する術はあるが、今はその条件が満たされていないので使えない。
バリアーに飛び道具が当たったが、その一撃で消えるほど軟なバリアーでもない。
だからこのまま街に引き返すことにした。
こんなこともあろうかと魔力を残す為にわざわざ歩いてきたのだから、帰りは全力で街のバリアーに逃げ込んでしまえばいい。
母国の城よりも強力なバリアーがあったのだから、きっと自分を助けてくれるだろう。
そう思っていたのに、街のバリアーを抜けて繁華街に向かっても追手の殺意は自分に向けられていた。
すれ違う人たちは誰もが驚くだけ。
誰も助け船を出してくれない。
中にはポリスに伝えてくれた子供もいるようだが、違法入国している自分を救ってくれるかは解らない。
疲れが出てきたのか、殺意の攻撃を避ける内に路地の行き止まりまで誘い込まれていた。
それでも何とか避け続けたけども、通路に戻りたいのに出口が隠されてしまっていた。
困ったことに、ここで叫ぶにしても周辺に殺意以外の気配は感じ取れない。
殺意の攻撃が前後左右から飛んでくる。
だから飛ぼうとしたが、上にも何かが設置されていた。
そして設置物の方が危険と判断したが、遅かった。
4方向からの飛び道具が身体に突き刺さっていた。
痺れと、毒。そして痛覚を麻痺させるモノでも塗られていたのだろう。
血は瞬時に噴き出たのに痛みは全く感じなかった。
「怖い」
せっかく母国から逃げたのに。
結局独り他国で死ぬくらいなら。
――せめて兄たちと一緒に死にたかった。
「王子篇」のタイトル通り、主人公は ♕こちら です。




