014 ♕ サムの妙案
白いバンダナ族のリーダーの返事の翌々日。
シズカの案内で、サムと一緒に都内にあるシズカの自宅へとやってきていた。
そこは中層マンションの屋上で、3部屋しかない内の真ん中だという。
部屋は思っていたよりも広かった。なんなら事務所よりも広い。
そして綺麗好きのシズカらしく、整頓された質素な室内になっていた。
―― そもそも、どうしてシズカの家に来ているかと言えば。
『娘から返事があってねー。永瀬さん、部屋2つ持っているんですって?』
昨日の日中、唐突に事務所へ現れたキサキがシズカへと攻め寄っていた。
シズカは後ろめたいことでもあるのか、複雑な表情で後退している。
『あー、そのー、』
『その1部屋、2人に貸してあげたらどう?って。娘の渡した魔石による結界もあるのでしょ?』
なお、カオルは最初こそ驚いてキョトンとしていたが、やがて私と同じくらいのタイミングで住処のことかと気付いたらしい。
悪い顔をしたカオルがニタリと笑う。
『あぁ、そういやぁ、そうだよなぁ』
『え。ちょ、所長までっ?!』
『ローンの担保ってー』
『ああっ?! そそそ、それは言わない約束じゃないっすかぁ~~っ!!』
シズカが動揺する姿は新鮮だった。
が、すぐに溜息をつき、元の表情に戻っている。
『正直、巫女さんからではなくとも、所長からは言われると思っていましたよ。―― キサキさんは予想外でしたが』
『都内に住むって憧れだったのよねぇ』
『キサキさんも来るのぉ?!』
『行かないわよー、奥さんに迷惑がかかるじゃない?』
『キサキ、今の流れ、行く流れだったからな?』
カオルのツッコミにキサキは笑って答え。
―― そんな経緯でシズカの自宅に住むことになりました。
「リビング以外の部屋が4つ」
「台所が広い……」
「浴槽がある!!」
「「窓の外に電車が走ってる?!」」
「昔の職場仲間が宿泊しに来ることもあってね」
「元々食べることが好きで、料理も嫌いじゃないから」
「日ノ本国では浴槽付きが普通のお風呂だよ」
「あぁ、ここは目の前に線路があるからね。駅からも徒歩5分だし。
エレベーターは低速でなかなか来ないから+3分くらいかかるけど、まぁ良い場所だと思うよ」
私達の発言に一々答えてくれたシズカは、最終的にリビングのテーブルにペットボトルを3本、出してきてから座った。
シズカが座ってしまったら、自分たちも座るしかない。
まだ部屋を堪能していたかったけど、住むなら説明が終わった後でも堪能できるだろう。
「それで早速だけど、サム君が言っていた案を教えてくれないか?」
サムから話しは全く聞いていない。だから私もサムを見つめた。
飲み物を頂いてホッとしたのか、言葉をまとめただろうサムが話し出す。
「簡単な話しです。黄色いスカーフ(族)を挑発する発言をすれば、聞いた構成員は向こうから暴力を揮ってくれるでしょう? 私がリーダーであれば、向こうもリーダーを出してくるはず。そう思い描いただけですよ」
「あー、やっぱりその考え方だったかぁ」
答えたシズカは大きく溜息をついた。
「黄色い方は、何をやってもリーダーが出てこない」
「「えっ」」
「恐らく死神教の幹部がリーダーじゃないか、という目安はついているらしい。しかも、殺しがあっても死体が一切残らない。だから他の色は普通の抗争じゃないから嫌煙しているってワケ」
私達は思わず目を合わせた。
「でも、ワイ……白雲運河や国軍が関与していないのはなぜですか?」
「ウチは国軍、無いんだよ。で、白雲運河は死神教と不可侵条約を結んである」
「殺人があるのに?」
「死体という証拠が残らないから裁きようがない。抗争相手の証言だけじゃぁ弱いからね。
それでもサムが関わろうとしているのは、どうしてかな?」
―― 確かに。
そう思ってサムを見たら、サムは一瞬だけ目を丸くした後、観念した様子で話し出す。
「父・ハムバが生み出した違法魔法石には、ハムバの淀んだ魔力が含まれています。黄色いスカーフ(族)の抗争を偶然にも目撃した時、その違法魔法石を使用している悪魔の血筋の妖怪が居ました。
全ては、私が父を止められなかったから。
私としては、父にこれ以上の犠牲者を出してもらいたくはないのです。まして、この国の住民は無関係だというのに」
「目標としては、その違法魔法石を回収したい、ということで良いかな?」
「はい。多分、その石さえ回収してしまえば、そのチームは弱体化すると思います」
「サム君の意見は解った。だけど、リーダーになるのは危険だ」
「はい。手紙を拝見して、自分もそう思いました。しかし、思った以上に厄介でした」
つまり、サムはそれ以上の意見や案を持っていなかったらしい。
だから私から意見を言わせてもらうことにした。
「阿修羅の違法魔法石って、悪魔族や妖怪しか扱えない代物だったよね?」
少し前に思い出したことをサムに聞けば頷き返された。
「じゃぁ、阿修羅語で罵れば向こうからやってくるね」
何故かシズカもサムも驚いていたけど。
きっと例の巫女さんもその答えが出ていたから暗示で教えてくれたのだと思う。
サムもシズカも、私の一言で納得できたらしい。
「問題は、こちらの数ですね。流石に2人で立ち向かうのは厳しいかと」
「そうだね。かといって、自分もそっち関連じゃぁ伝手はないんだ」
『あの喫茶店の方々は?』
―― 妖精が呟いた。
意見を言ってきたことに驚いたが、2人には聞こえていなかったらしい。
が、そのことを伝えたらシズカは更に驚いていた。
そんな急な引越から数日経った。
というか、数日間は私生活に必要な品を購入しに行っていたので動けなかった、というのが正しい。
やっと進展したのが今日だったのだけど、しかし今、ここにはシズカが居ない。
というのも、意外と記事の執筆者としてのシズカもかなり優秀らしくて、今頃は他の記者と自宅で打ち合わせをしていることだろう。
それに、シズカは能力者ではない。だから一緒に来たとしても、この結界を通れない気がした。
その代わりに、今はサムが隣に居る。カオルとは違う安心感が半端ない。
だけど、そんなサムでも目の前にある歪んだ結界の扉は見えていないようだった。
―― 私は2回目だから見えているのだろうか。
「誰に用事?」
不意に声をかけられて振り返れば、1人の少女が立っていた。
少女は短いツインテールの片方を指先でクルクル回している。
「えっと、ユエっていう方か、ムラオカっていうマスターに」
「あー、ダブった。なら、ちょうどええわ。コレ、渡しといて」
少女はそう言って1枚の紙をサムに押し付けた。
サムは受け取るしかなく戸惑っていれば、少女はニタリと笑って答える。
「渡せば解るモンやて。無関係とちゃうし。ほなな~」
「――ということが、ありまして」
喫茶店に入って、ユエにカウンター席へ案内されつつも説明しながらその紙を渡せば、マスター・ムラオカが大きな溜息をつきながら手紙を読んでいた。
なお、先に目を通したユエは考え込んでしまっている。
「確かに『無関係ではない』、ね?」
ユエはマスター・ムラオカへ言った。
マスター・ムラオカは更に大きな溜息をつく。
事情が解らない私達はユエを見つめていたら、ユエがカウンターの奥の壁を親指で示した。
そこにあったのは、大きな和風の掛け軸。
「赤い、刺繍」
サムの呟きで私も気付く。
店内を見回せば、あちらこちらに赤い刺繍の絵画やタペストリーなどが飾られていた。
「その女性が、白色の実質のリーダーですよ」
やっと口を開いたマスター・ムラオカは、そう言って紙を私へ見せてくれた。
女性、と言われて出てくるのは先程の紙を渡してきた少女のことだろう。
なお、紙にはただ一文、『限界がきたので白の名の下にて黄色を排除します』とだけ書かれてある。
「今まで彼女が手を下さなかったのは、青色や赤色から黄色へ移った者が居たため。今や赤色も十数名まで減ってしまいました」
マスター・ムラオカは、そう言って店内の方を見回した。数名のお客様が反応し、笑顔や手を振って返してくれる。
「そんなに黄色いスカーフ族は魅力的なのですか?」
「そう見えるだけ、ですけどね」
サムの質問に答えたユエが、何も注文していない私達へジュースを出してくれながらも続ける。
「魅了された者は黒い仮面によって甘美な幻覚を見せられます。それが長期間に至れば洗脳され、やがて死神教の一員となって人殺しが出来るようになります。ようは薬物と同じですね」
「「こわっ」」
「彼女がそう判断したということは、既に全員が手遅れになった、ということでは?」
ユエがマスター・ムラオカへ尋ねれば、そうだろう、とばかりにゆっくりと頷き返す。
「仕方ないことではあるのです。解っては、います。でも、私より若い命が失われるのは……」
「これでも、待ってくれていた方ではあると思いますが、ね。諦めて下さい」
「……はい」
「という訳ですので、私達が貴方がたの手伝いをする代わりに、こちらの手伝いもしてもらえますか?
あ、ちなみに私はこういう者です」
そう言ってユエが肩を出したので驚いていれば。
「青い、刺青」
そこにあったモノを見て、私は思わず呟いていた。
白いバンダナ族は、元々は抗争に関わらない平和主義を掲げる人々の集まりだったらしい。だから抗争を起こすこと自体を忌避し、仲介役を担ってきた。実際、その影響で黒色や緑色などの消滅したチームもあるらしい。
しかし、どんなに平和を掲げても力で解決しないとならない場面もあった。それを見ていた一部が青い刺青族として離反した。
さらに、難しい仲介役を担いたくない一部が赤い刺繍族として離反した。
それでも、何かが起きた時には白いバンダナ族として一丸となって対応してきた。
故に抗争はほぼ収拾しており、残っている小規模のチームが法の下で建物を私有化するくらいであれば、又は無知なだけで平和的なチームであれば、指導するくらいで見逃してあげていた。
抗争が過激化しているのは、黄色いスカーフ族の所為。それも数ヶ月前にクマキ族が合流した頃と重なる。
それでも白いバンダナ族が動けなかったのは、元チームメンバーという人質の所為。あと、黄色いスカーフ族が死神教と癒着していると判明していたから。
実行の当日は、早朝は雨だったものの、午後近くになれば晴天へと変わった。
私とサムは、阿修羅語で黄色いスカーフ族を罵る発言をしながら街を練り歩く。
1時間、2時間、……歩いても、歩いても、誰も襲ってはこなかった。
珍しい阿修羅語のためか、こちらを振り返る者は多かったが。
『どういうことだと思う?』
『解らない。だけど、続けるしかないだろう』
自動販売機のコーラでひと休憩中、こんな会話を小声でしていた。
もう何度目の会話か解らないほど。
流石に暑さが堪えたので、今回はビルの陰にあった駐車場の縁石に座らせてもらった。
しばらく2人で黙ったまま呆然とする。
千波県と比べても、東都の気温はうんと高い気がする。
しかも、母国の砂漠と比べて湿度も高いせいか、汗が乾かずベタベタして気持ち悪い。
これでまだ本格的な夏の前だというのだから、真夏はどうなってしまうのだろうか。
そんなことを思いつつ、サムが立ち上がったので渋々と重い腰を上げたら、不意に嫌な視線を感じた。
まだ遠そうだったが、距離を測ろうと思わず振り返りそうになる。
だが、サムがそんな私の背を強めに叩いて停止させてくれた。
そして作戦会議中、マスター・ムラオカに言われた内容を思い返す。
阿修羅語でクマキ族が最初に出てくるとは限らない。
というのも、クマキ族と阿修羅語で会話が出来る者が黄色いスカーフ族の中に居るはずだから。その者が悪魔族であれば、クマキ族の所持しているだろう違法魔法石が扱える可能性もある。
それに、ハムバの違法魔法石か否かの判断はサムにしか出来ないし、他の違法魔法石を使って来る可能性もある。
だから私達は囮に徹する。攻撃されるまで気付かないフリをする。
私達が先手に回ってはいけない。何故ならば、この国の法律では先に暴力を揮った方が罪人となるため。
その代わり、私達の周囲には多くの味方が息を潜めてくれている。
これでクマキ族だけが釣れるようであれば、違法魔法石を渡してもらい、構成員から抜けるよう促す。既に会話という意思疎通が出来なければ、違法魔法石を取り上げて排除する。
幻覚症状の出ている構成員も一緒に釣れるようであれば、乱闘になってでも違法魔法石を取り上げ、黒い仮面は破壊する。黒い仮面を破壊されると長時間の失神、人によっては下半身の麻痺や瀕死に至るので無力化できるらしい。
ただし、逆に黒い仮面に素肌が触れて稀に感染したり、強制的に装着させられたりする場合もあるらしいので、そうなった場合は味方であっても顔面ごと斬るイメージで黒い仮面を割るように、とのこと。
囮作戦を再開するも、嫌な視線はかなり遠くからしか着いて来なかった。
まだしばらく、この暑さと付き合わねばならないらしい。




