013 ♕ サムとの再会
良案は特に出ないまま、『今度は文化の違いに慣れよう』という題目で、ここ最近はキサキに連日、東都へ連れて来てもらっていた。
この美島駅から出発する電車にも、東都の巨大ターミナル駅にも、大混雑する改札にも、だいたい慣れてきた。
もっとも、まだ地形や看板の見方などは首を捻ってしまうし、解らない文字は妖精に助けてもらっているけども。
今日の舞台は アマブクロ という駅名の地域。
アマフクロウ像とか、母子像とか、大地の像とか、とにかく銅像があちらこちらに多い駅だとか。
美術館も多く、芸術家思考の住民も多いのだそう。
とにかく連れ回れてクタクタだった。
特に東口に西舞(という建物)があって、西口に東舞(という建物)があるのが有名だとか。逆なので覚えやすいが解りにくいので困惑してしまう。
で、その最後に辿り着いたのは、公園が向かいに見えている店の前だった。
「本当は君の撮影のお仕事で来たかったんだけどねー」
キサキはわざわざ立ち止まり、その店の前で呟いた。
その建物の1階にはアニメーションの中で見たような服が並べられていた。
店員らしき2人もその服を着ていて、そこだけアニメーションの中の世界になっているような感じがする。
もっとも、この公園の道沿いは、どの店にもアニメーションのグッズが並べられていたので、恐らくはそういう人しか来なさそうな場所ではあった。
「あら、いらっしゃい」
店員に呼ばれて奥から出てきたのは……女性の格好で、女性の声色の、男性の骨格の人物だった。
奥に居た他の店員の名札には名前が書かれていたのに対して、この人物だけは漢字の下に英語でマスターと書かれてある。
そんなマスターに連れられて2階へ上がれば、
その個室が並んだ一室で、サムは椅子に座ったまま待っていた。
「サム!?」
サムもまた、何も知らされていなかったらしい。
互いに驚いて目を丸くし、
思わず立ち上がったサムに、思いっきり抱きついてしまった。
「ウィル! あぁ、夢みたいだ!」
そう言われてサムの腕を掴んで少し離した。
何度もサムを見た。
間違いない、私が良く知るサムだった。
が、その時にサムの足に包帯が巻かれてあることに気が付く。
「その足、」
「航海中に襲われたみたいよ?」
マスターが代わりに答え、その手にしていたトレーから茶色いお茶をテーブルに置いてくれた。
なお、後にサムから聞いたのだが、ウーロン茶というらしい。
母国のダージリンティーに似ていて、少し懐かしかった。
私が出国できるまで、サムは母国で情報操作をしてくれていたらしい。おかげで私は無事に出国し、その報告を聞いてからサムも出国したという。
しかし、ハムバが既に国内に居ないことを知ったのはサムの出国よりも前、革命が起きて数週間が過ぎ、手下どもが城内を占拠していた時だという。
手下から行方を聞き出せたのはその数日後。
しかも、まさか同じ船に乗せてしまっていたとは思ってもなく。
とはいえ、その時点で既に結構な時間が経ってしまっていた。
――船内でウィルが殺されているかもしれない。
サムは慌てて準備をし、女帝の使者の護衛という体で、一旦キスマーン諸国へと渡った。
そして女帝と面会し、急ぎ女帝の配下にいた水系の妖怪の加護を得、日ノ本国へ向けて航海したが、上陸寸前に悪神による阻害を受け、片足を浸食、さらに魔物によって折られてしまったらしい。
ただ、その浜辺で運よく ワイクラッドナル ―― 日ノ本国では 白雲運河 という名称の者と出会い、しばらく神社に保護されていたものの、神社の結界が強すぎて妖怪では完治が厳しいことから、神主の伝手でこちらのマスターの元で養生するよう言われたそうだ。
白雲運河は、国連所属の特殊な固有能力を保持する、超能力者の中の隠密を指す。国連内で発祥したが、発端は日ノ本国。共通言語でも日ノ本語でも長いらしく、この国だと "白雲" や "白運"、母国だと "ワイクラッドナル" という略称で呼ばれていた。
名のある超能力者が犯罪を起こした時、現場で執行できる裁定者。だいたいが死刑ゆえに、死神と呼称する国もあるらしい。
しかし、白雲運河は数が少ない、と言われている。そもそも、白雲運河は知力だけではなく物理的にも強くないとならないため、採用試験がかなり厳しいと耳にした。
だから、基本的には国連や白雲運河が認可した、対超能力者犯罪組織がどの国にも警察内や国軍内に備わっているらしい。
もっとも、母国には帝国軍内に10名の班があったらしいが、ハムバは真っ先にその者らを憑依させて回ったため、容易に崩壊されてしまったと聞いている。
滅多なことでは会えない存在に驚いている間にも、サムの話しは続く。
「実際、ここに来てから足の治りは早い。神主は良い奴だったよ。日本語も教えてくれたし」
「何より骨を奪われなくて良かったわよねぇ。妖怪は骨を奪われたら一生の傷物になるっていうし」
見た目に反してマスターも優しい人らしい。
「でもマスター、怪我人なのに普段は店先に立たせるんだよ? 酷くない?」
「そりゃまぁ、こんだけの美少年なんだもの。立たせているだけでも良い看板になるのよ~」
「おかげで一緒に撮影してくれとか、毎日もみくちゃにされているんだよ……」
マスターとは良好な関係を築けているようなので安堵した。
が、一瞬だけマスターの目が私を見て光ったような気がして警戒する。
「店長、ダメよ?」
間髪を入れずにキサキが言った。
「サムは王子じゃないから構わないけど、」
「構わないんですかっ?!」
「こっちに居るのは他国の王子様。いくら顔がそっくりでも、そう簡単に看板として使わせる訳にはいかないわよ?」
「本当に惜しいわよねぇ」
サムは唖然とし、私は安堵する。
「店長の気持ちは良く解るのよ? ここまで顔が同じだと双子キャラの衣装を着させてみたいわよね。もちろん撮影会もしたいし、出来ることなら皆に見てもらいたい。娘にも自慢したいわ!」
キサキの早口言葉にゾッとしたのは私だけではなかったらしい。
なお、マスターに限っては激しく同意している。
「だけど、ダメなのよ。それをしてしまったら王子が殺されて双子コーデが出来なくなってしまうから」
「あぁ……」
「でも今回の件が落ち着いたら、新しい青年系の双子キャラが出てくるかもしれない。その時まで守る必要があるのよ、この子たちを」
「……そうね。その為にも一肌脱ぐわよ!」
「ありがとう、店長!」
そう言い合ってキサキとマスターはギチギチと音が出ていそうな握手を交わしていたけども。
―― これ、どう考えても嫌な予感しかしない。
思わず妖精を見たものの、何故かスッと視線は逸らされてしまった。
「って話し、凄く反れちゃってるわよね?」
そんな私たちに気を遣ったマスターが話しを変えてきた。
「2人とも合流したいとは聞いているし、計画の方も叶えてあげたいのだけども。色々とバッドタイミングなのよねぇ」
「こっちでも何か問題が?」
「甘袋駅周辺が抗争していることは、貴方も知っているでしょう? それが激化して、つい先日、駅から離れた場所にいた黄色いスカーフ(族)の余所者が突如乱入、総取りしちゃったみたいなの」
「あら。じゃぁ平和になるんじゃないの?」
「あそこは死神教と深く関わりがあるみたいだから、違う意味で困っているのよ」
要約すれば、暴走族・盗賊のような集団がいくつかあり、駅周辺の陣取り合戦をしていた。
勝利した黄色いスカーフ族は死神教を支持しているから、下手に甘袋駅を利用しすぎると強制入信(という名目の強制労働)される可能性がある、ということらしい。
「私は白いバンダナ(族)を応援していたのよ。あそこはリーダー不在でも、抗争に無関係な相手は巻き込まない主義だったから」
「でも負けたんでしょ?」
「そうなのよ! しかも、目の前の公園まで一時、奪われたからね!! そこの公園はドラマだけじゃなくって神がおわす本物の聖地なのよ!?
まぁ、こちらの事情を知る青い刺青(族)と赤い刺繍(族)が共闘して取り返してくれたけど」
赤色は弱そうなネーミングだなぁ、と思ってしまったが、チームとしては良い人達のようなので黙っておくことにした。
「で、舟山の妖怪戦争にこちらの抗争が関わっているのね?」
一応、ここへ来る前にカオルから舟山の事情と段取りの見通しは教えてもらっている。
ハムバが潜んでいる可能性が高い場所、それが私も最初に上陸して彷徨った舟山の、少し奥側。
ただ、今はその辺りで不可思議な現象が起きていて、妖怪の里が一族ごと消失したり、巨大な悪霊に子供が攫われたりする事件が多発していた。
それが、もしかしたら他の遠方の地域から勝手に移住してきた一族と関係があるのではないか、と誰もが思っているし、実際に証拠も挙がっているらしい。
しかし、その一族が強すぎて話し合いすら出来ていないのが現状。
なんと、あのアトミさえ仲間と行っても手こずっている、というのだから驚きだ。
そして元々、舟山の中は3つの市によって自治体も分かれているらしい。
その問題になっている地域は小槌市内で、そこでは大半が一族ごとに里を形成しているので、各々の里の代表者が話し合いに応じる体制で、今までは成り立っていた。
だが、その移住してきたばかりの例の一族は、自治体が話し合いに応じるよう伝えても無視している挙句、他の里を襲撃してしまっているらしい。
さらに、今度は近隣の女子供を攫い始めたという。
自治体は話し合いを放棄し、今にでも戦争が起こりそうな気配があるという。
今、その影響もあって、舟山はアトミたちの団結力で包囲網が敷かれているらしい。
しかし、だからこそ、ハムバは舟山からは出て来られない。
もしハムバの目的が私の中にある石神の核であれば、私が1人で近隣まで赴けば必ずやってくるだろう。
しかし、女帝から保護を云い遣っているカオルからすれば、危険な賭けでもあるという。
マスター曰く、黄色いスカーフ族には悪鬼に憑依された熊の妖怪が多く所属しているらしい。
熊の妖怪たちは日ノ本語が通じないことに加え、乱入の時期的にも合致することから、舟山から出てきたクマキ族の可能性がある、と。
「アタシが知る情報筋だと、例の一族も内部分裂し始めているそうなの」
「えっ? それは初耳よ?」
「でしょうねぇ。アタシもこの間、別件の情報筋から知ったばかりだし」
マスターはそう言って溜息をついた。
「ウワサだと、西都の山奥から一族で移住を試みたんだけど、他の一族との接触はルールで禁止されていたのにも関わらず、交わって子供を作ってしまったらしいの。最初は少し離れたところに一緒に住んでいたようだけど、数日ほど離れた隙にバレて奥さんと子供を殺されたらしいの、同じ一族に。そして宴会でその血肉が振るわれたようで、それを知らずに食べてしまったと」
「「うわぁ」」
思わずサムと声が重なった。
悪魔族にも面倒なルールは残されている。だけど、そのほとんどは守られていない。
というか、殺人の儀だって良く考えればおかしいと気付けるはず。
里のルールは絶対だったとしても、仁徳を無視していいことにはならない。
「でも、流石に家族を食することは良しとしていなかったみたいでね。似たような経験をした者が一族から逃げ出して、この辺りまで辿り着いて黄色いスカーフ(族)に保護されたとかで、結果的に抗争の主力になったみたいなの。
ちなみに、舟山に残っているの一族の主力は10名前後だそうよ?」
「そのくらいなら上手く撒けないかしら?」
「それが舟山から出てくれば、になるわねぇ」
キサキの一言に答えたマスターは、私達への目線だけで話しを戻す、と伝えてくる。
「黄色いスカーフ(族)は商店も襲撃して商品を奪って行くから、下手に店を休ませられないのよ。特にウチは変装に使えるアイテムや、使い切りとはいえ本物の魔法石を使用した高級変身グッズまで扱いがあるから、1人でも多くの常連客が出入りしてくれていた方が安全なのよねぇ。
だから最近はCMの監督業もお休みしているくらいなのよ?
あと、そっちの事情も聞いてはいるわ。
でも、そういうことだから、こっちでも安全な住処は提供できないのよねぇ」
マスターが他の仕事を兼業していたことは驚きだったが、これには流石に黙るしかなかった。
キサキもうーんと唸り、悩む。
「本当に困ったわ。どうしたら良いのかしら?」
チラッと見れば、何故かサムが不敵な笑みを浮かべていた。
「白いバンダナ族にはリーダーが居ないんだよね?」
「居ない訳ではないのよ? ただ不在というだけで」
「マスターはリーダーがどこへ行っているか、知っているのでは?」
「……まさかサムちゃん、リーダーになるつもり?」
マスターの一言にサムは頷いたが、マスターは頭を横に振る。
「ダメよ。絶対に、ダメ」
「なぜ?」
「チームの解散、リーダーの就任、全てが容易に出来ないからよ」
これには何故かキサキが答えた。
「それに、白いバンダナ(族)はリーダーが複数人、いるの。少人数の複数のチームが共通の目的があって纏まっているだけの、しかし、情には厚いメンバーで構成されているだけなのよ」
「リーダーが複数いるのに、どのチームのリーダーも不在なのは、一体?」
「詳しくはないけど、北都の支部でトラブルがあったみたいよ? その応援で、主力メンバーを連れてリーダー達が東都を離れてしまっている、と聞いているわね」
「……いえ、1人だけ残っているわよ。連絡要員で」
マスターの一言にキサキは少し悩んで、あぁ、と笑顔を失くして答えた。
サムと2人で疑問に思っていれば、マスターがお茶のお代わりを注いでくれる。
「彼女のこと、キサキは苦手なのよ」
「苦手というか、合わせる顔が無いのよ。病院に居た時、難病から助けてあげられなかったから」
「それにね。彼女は初代の女神なのよ」
その一言にサムはお茶を吹き出し、私は唖然としてカップを落としそうになる。
「え。待って。その人、ご年齢は??」
妖怪であれば500歳まで、天使族・悪魔族は300歳まで生きられる、とは聞いたことはある。でも、実際に300歳の人には出会ったことも、聞いたこともない。長寿と言われている女帝でさえ120歳くらいだったと思う。
この世界や大陸がいつ始まったのか ―― 実はあまり紐解かれていない。地層を調べようにも比較になるデータが無いらしい。壁画などの記録から1,000年は経っている可能性があるらしいが、その時代の文化は既に現代と類似しており、それより以前の文化は未だに解明されていない。
なお、前世の記憶を持っている者は多いらしい。そこから歴史を垣間見る研究も行っているそうだが、伸展していないことからもお察しだろう。
「前世の話よ。今世だと14歳くらいじゃなかったかしら? とりあえず、この国の問題を解決するためには奔走してくれているし、だけど性格が非常にひねくれているから、こちらの抗争には引っ張り出して欲しくないのよねぇ」
この国の問題はサムも知っていたのだろう、流石に次の言葉は出てこなかった。
だけど、キサキが悩みながらもマスターに聞く。
「娘を通して、聞いてみる?」
「あら、ヤダ。貴方の娘を通したら大事になるじゃない?」
「既に大事だもの。だって前回は抗争への乱入自体が無かったんだし」
時折、私でも理解が難しい話しを皆はし始める。非常に気になるので聞きたい衝動に駆られるが、喉元まで出かかった言葉は口にはしない。
なお、サムも頭を横に振った。あまり首を突っ込まない方が良い、という判断は間違っていないらしい。
「あ、あの。キサキさんの娘さんって、どういう存在なんです?」
「舟山の巫女で、あぁほら、この間のテレビで占い師がウワサする『超絶の占い師』が居るって話し、覚えていない?」
質問したサムは覚えていたのか頷き、しばらくして小さく "え" と答えた。
「それがキサキの娘なのよ」
「照れるわ~」
―― 何でキサキが照れるのか。
「こちらの事情も全て話して、改善案を出してもらいましょうよ?」
「貴方がそう言い出したら聞かないのは知っているから、そのままお願いするわぁ」
何故かマスターは諦めた様子で締めくくった。
妙案は何も出ないまま、サムとも合流が出来ず、1週間が過ぎようとしていた頃。
静寂の中、机からトンッという軽い音がしたと思えば、カオルが引き出しを開けて中身を確認していた。
カオルは大きな溜息をつき、何故か嫌そうな表情で立ち上がる。
「ヤベー奴から返事がきたわ」
カオルがそう言ってヒラヒラと1枚の紙を見せつけてきた。
事務所に居たのは私と美島市長のみ。他は出払っている。
なお、美島市長はピンときたのか失笑していた。
「抗争の方だね?」
「うん、そう。それも白い方のリーダーからの、お返事」
「で? 中身は?」
「『リーダーを貸すのは構わない。だけど構成員が動くかは別。またリーダーを貸すのは利子付きで返してもらうことになる。ただ、もしも相手の主力を無効化したいだけなら、リーダーとしてではなく構成員を勝手に名乗って勝手に処理してもらって構わない。その場合は何も返さなくていい。知らない人が勝手に参戦して主力を無効化して去ったことにする』、だってさ」
「……構成員、勝手に名乗って良いのか??」
私が悩んでいれば、美島市長が納得の表情をする。
「白い方は自由主義だからねぇ。構成員が何をしていようが……それこそ職業:ホームレスや、他の赤や青の構成員を兼任していても良いっていう感じらしいから」
「ウィルの執事の狙い次第だな。ただ、この内容だとリーダーを借りるのは良くねぇな。結局、構成員が動いてくれるか解らねぇし。あとこれ、巫女の入れ知恵もあるだろうな」
「そうだね。主力だけを出て来させる手段がある、と遠回しで伝えてくれているよねぇ」
美島市長の一言に首を傾げる。
カオルから手紙を見せてもらったし、内容はカオルが要約した言葉で間違ってはいなかった。
だけど、そんな一言はどこにも書かれていない。
でも、2人が同じ感想を抱いたというあたり、間違ってはいないのだろう。
改めて、日ノ本語は奥が深いなぁと痛感したのだった。




