012 ♕ 石神の核
結論を言えば、その後は何事もなかったかのように、巨大な魔法石は無事に議事堂まで運ぶことが出来た。
なお、急に現れた黒い穴の入口、洞窟のような内部の場所は、結界道という特殊な通路だったらしい。
入口を作成した守護神が結界で裏側の世界へ繋ぎ、ユエの双子の兄が裏世界から出口側の守護神へ声をかけ、相手が応じてくれた場合は瞬時に移動が出来る――という連携が生んだ奇跡の術だとか。
カオルは、襲撃とそれを見越して依頼を受けた、ということだった。
その出口は、なんと議事堂のバラ園に繋がっていたのだから驚きだ。
しかも、出迎えがまさかの首相、本人で。
小さめの会議室で事情は色々と聞かれたが、カオルも知っている内容の中でも、サムの謝罪の内容は黙り、それ以外のことは全てを正直に話した。
しかし、国の首相を担うだけのことはある。
多分、黙った部分は察していたような気はした。
だが、カオルも予想外だったのは、首相が私に依頼書を渡してきたことだった。
依頼書の宛名は私になっていて、内容も阿修羅語で書かれてあったのですぐに理解できた。
内容が美島市内だったこともあり、カオルが何度も内容を首相に仔細を確認した結果、引き受けることにした。
新規で引き受けた依頼は、その巨大な魔法石を美島市内の豪邸へ移送し、豪邸に強固な結界を張るように魔法石に組み込まれた魔術を描き換えること。
そして依頼自体も、カオルと不思議な黒猫の力を借りて、1日掛かりで何とかクリアすることが出来た。
なお、母国の知識では、魔法石の魔術を描き換えることは出来ないと言われていた。
だが、違法魔法石ではない魔法石は術の部分を削って無効化した後、避けるように術を組み込めば可能であることを教わった。
魔法と魔術は若干異なる、らしい。
感覚でどちらも使用できるので悪魔族の私では解らないが、そう言われている。
なお、依頼完了後に聞いたのだが、豪邸は凄く古い、しかし凄く綺麗な和洋折衷の首相の御実家だったらしい。
ちなみに、劇場での襲撃者はカオルの言う敵ではなく、ただの窃盗犯だったらしい。
カオルの言う敵であれば、夜間に行動するだろうし、わざわざカオルを利用しなくても取り出せただろう、とのこと。
数日経った今でも、私自身にそんな力があったことが信じられなくて、またも布団に寝転びながらサムからの手紙を手にしている。
そしてまた、シズカがレンタルしてきた鑑定機器の結果も近くに置いてある。
その結論からも、サムからの手紙が真実なのだろう。
私は母国を思い返す。
確かに母国での私への扱いは、王子である兄2人よりも何故か手厚かった。
地方に住み始めても常に護衛が2人は居たし、学校ではサムがずっと一緒だった。
『謝罪しなければならないことの1つは、王子の体内にある、国宝の石神の核を封じている旨を黙っていたことです』
私は一度、死んでいるのだという。
石化病という、砂漠地域に住む悪魔族の子供が患いやすい風土病で。
視力はあるのに、先に体が動かなくなる。
そして体内に水分すら取り込めなくなり死に至る。
過去にその悪夢は何度も見たことがあった。
あれは悪夢ではなく、実際に経験した上でのトラウマだったのだろう。
つまり、私はかなり前から石神だった、ということ。
だから1日くらい食べなくても、眠らなくても活動が可能だった。
このことは、首相も女帝から聞いて知っていたのだろう。
だから魔法石の魔術の書き換えなどという、一度もやったこともない依頼を私へ要請した。
そして私もまた、首相からという理由ではなく、その依頼を受けるべきだと何故か強く感じ取っていた。
私なら理解できるはずだ、完遂できるはずだ、という謎の自信があったから。
『私の父・ハムバは、第二王子の許嫁を殺しました』
すぐ上の兄には許嫁がいた。
『人間以外の者を束縛する固有能力』を持っている影響で引き籠っていたらしい。何せ、悪魔族の両親ですら束縛してしまう能力だったから。
が、兄が能力の制御方法を教えたり、国内を連れ回したりしたことで心を開いた、とは聞いている。
私も何度かお会いして良い女性だと思っていたのに、ある日パタリと消息を絶った。
『ハムバは悪鬼にそそのかされ、多くの違法魔法石を生み出していました』
母国の違法魔法石は悪霊を憑依させ、固有能力を持つ者の精神を追い詰めて心臓を硬化させたモノ。
純粋な魔法石と違って瘴気を放っているが、瘴気が上乗せされる分、強力な術が扱える。
ただし、違法魔法石が持つ特性と一致しない術を使用すると瘴気が逆流し、最悪の場合には違法魔法石の生前に憑依されていた悪霊に憑依されてしまうことも多い。
シズカの鑑定の結果、私が兄に持たされた魔法石の内、淡いピンク色の方は『人間以外の者を束縛する術』を有していることが判明した。
『今のハムバはこの国に居ます』
船員の記憶が部分的に欠落していたらしく、アトミが修復した結果、ハムバも私と同じ船に乗っていたことが判明したという。
ただ、アトミを含め入国管理官も誰もその姿を確認していないことから、私よりも早くに船を降りた可能性が高いらしい。
『リヴァイア(サン)族は自力で航海も可能なので、私は泳いで入国しました』
サムが航海できるということは、父であるハムバにも可能だったということ。
ただ、憑依状態では長距離が可能かは解らないらしい。
『今のハムバは悪鬼に憑依されており、狙いは恐らく、王子の持つ石神の核と思われます』
今の私から石神の核は取り除けないという。
既に核が心臓に根付いてしまっていて、譲渡しようとすれば命を失う状態らしい。
『この国へ入国した仲間と合流はしたいのですが、監視の目がある以上、合流する人数が多すぎると反対勢力として見做されます。
だから今は日ノ本国の住民から信頼を得ることが最重要課題です』
目が覚めてから悶々としていたものの、こうして布団の上でゴロゴロしていたって何も始まらない。
顔を洗おうと水場へ出て行けば、ソファに皆も集まって話し合いをしていたらしい。
不思議な黒猫は(キサキに玩ばれながらも)喋った。
「悪鬼が核を手に入れたら悪神になりますね、確実に」
――この国では魔力を持った猫も喋るらしい。
もっとも、魔法石への術の付与中に急に登場し、手元が大いに乱れたことは未だに根に持っている。
黒猫の発言にカオルは頷き、キサキが失笑する。
「問題は、そのハムバがどこに潜んでいるか、ってことよね」
「どう考えても舟山でしょうね」
コーヒーメーカーの前で何杯も飲んでいたシズカが即答した。
そんなシズカの隣へそっと向かえば、コーヒーを追加で用意してくれたので受け取る。
「王子の傍に居られて、市街地以外で身を隠せる場所なんて舟山しか考えられない」
「ただ、舟山は広い。それに内戦も始まるだろうな、いつも通りなら」
「しかも原因不明の里の消滅も続いているんでしょう?」
カオルの情報に付け加えたキサキは溜息をつく。
舟山の妖怪同士で内戦が始まるかもしれない、とはカオルが以前、シズカに言っていた。
もっとも、シズカは争い事が嫌いなようで、話し合いで解決できないものか、と呟いていたが。
「魔力暴走によるのか、悪神の襲撃なのか、はたまた謎の移住してきた不気味な一族によるのか。その一族も五十市方面からやってきた悪魔族の変異種、なのでしょう?」
「よくご存じで」
「つい数日前、娘に誘われて映画を見に行ったのよ。その時に教えてくれたの。
それでね、思ったのよ。
悪魔族は阿修羅語で生活を送るのでしょう? 先住民とは、言葉も文化も全く異なるのではないかしら。例えば、他種族の妖怪を殺して食べても罪にならない、とか」
キサキの一言で、キサキ以外の空気が止まった。
なお、その間に黒猫はキサキの魔の手から逃げ出している。
「それで娘に聞いたら、こっちで相談しろって言われて」
「……まぁ、確かに」
黒猫は答え、カオルを見る。
「あの人は美島舟山の巫女だから、小槌舟山の件には口出しできませんし」
「山神も今は使えねぇしなぁ。……はぁ、なるほどねぇ」
カオルは溜息をついて困った表情をする。そしてコーヒーを一口飲んだかと思えば、立ち上がって所長の席へと向かった。
引き出しを開け、何かの書類を探しているらしい。
「何をお探しですか?」
「いや、大丈夫だ。しまったばかりの依頼完了書を見直そうと思ってね」
そう答えたカオルはそれを無事に探し当てたらしい。
内容をじっくりと読み返し、納得した表情でキサキと私を見る。
「お前の娘は、既に気付いていたみたいだな。だから先に首相へ情報を流した。その結果が首相から直々の依頼だったわけだ」
「予行演習みたいな感じかしら?」
「ちょっとニュアンスが違うが、まぁ、概ねそんな感じ。
首相の折り紙付きになった異国の王子だから丁重に扱えよ? ちゃんと依頼もこなせる技量があるのだからどこへ行っても文句無いよね? と山神や妖怪連中へ圧力をかけたんだろ」
「しかも、例の悪魔族の変異種がハムバに関係している可能性がある、ということですね?」
「そういうこと。研究所から持ち出されたってウワサの、違法魔法石が関係しているのかもしれねぇな」
―― ようするに。
小槌舟山で傍若無人にふるまう悪魔族が移住してきてしまい、その影響で妖怪同士の内戦が起こりそう。
しかし、その悪魔族もまた、ハムバが研究所から勝手に持ち出した違法魔法石の影響を受けて魔力暴走をしている可能性がある。または、文化が異なるせいで、他種族へ迷惑をかけてはいけない、人間を食べてはいけない、という舟山のルールを守れていないか。
どちらにせよ、変異種とはいえ悪魔族。有名な阿修羅帝国の王子である私であれば、その者たちの暴走を止めることが出来るのではないか。
また、接触して会話が出来れば、ハムバが今どこに潜んでいるのか、手掛かりが掴めるのではないか。
しかし、違法入国者である私が何の理由もなく舟山へ再入山するということは、悪事を企んでいる者として警戒されてしまうことが多い。
まして、勝手にそんな者たちへと接触でもすれば、既に一触即発の状態である舟山の妖怪たちが一気に襲い掛かってくる可能性がある。
それで、首相からの依頼が活きてくる。
大半の正式な依頼書は魔法紙で書かれている。特に政治に関わる人からの依頼書は高級な魔法紙に書かれていて、その内容も特別視される。
それらの依頼書は、アクセス権限を持つ人が国が管理するサーバーを経由して特殊な薄い機械から内容を確認することが出来るようになっている。
もっとも、その依頼書が存在する限り、という条件はあるらしいが。
依頼書には私の名前の他に、首相の名前、同行したカオル、屋敷の主人の名前が記載されている。
つまりは、悪事をするような人物ではありません、と首相に証明してもらった形になる。
そして、依頼書は阿修羅語で書かれてある。
もし悪魔族から私の身分について聞かれても、依頼書を見せれば証明できる。
(なお、サーバー経由の依頼書の閲覧時には翻訳する機能もあるので言語は関係ないらしい)
―― ということらしい。
なお、これらの会話に首を捻っていたら、傍に来た黒猫が要約してくれたので理解できた。
「だが、流石に今の小槌舟山へ俺が行く訳にはいかねぇなぁ」
「美島市側より結界が薄い所為だ!って怒られそうですね」
「それなー。でもそれを望んだのは妖怪連中なんだよなぁ。俺の所為にされてるけど」
「かといって、ウィルを1人で行かせる訳にはいかないでしょう?」
ここでキサキとシズカが舟山へ一緒に行く、という話しにならなかったことを疑問に感じていれば、またも黒猫が耳打ちしてくれる。
「キサキさんの能力は戦闘や妖怪向きではないですし、シズカさんは能力を持たない一般人です。だから2人が舟山へ入るには、護衛となる所長や僕の存在が必須なんです」
「キミは一緒に来てくれないの?」
「僕は今、美島舟山の住人なんです。それに以前、一族が皆殺しにされた際、掟を破って小槌舟山から逃げ出してしまったので、正直あまり戻りたくはないんですよ」
つまりは、誰も小槌舟山へ入れない、と。
「じゃぁ、ここへサムを呼ぼうよ」
私の一言に皆が目を丸くしていた。
「私の従者はサムしか考えられないし、いざという時のハンドサインで意思疎通も出来る。危険な場所であればこそ、下手な護衛や案内人を雇うより、よっぽど頼りになる」
「そりゃ呼べれば楽だが、問題もある」
カオルはそう言って書類をしまい、こちらへ戻って来ながら口を開く。
「布団はあるが、これ以上は寝るスペースがねぇ。あと流石に俺も家に帰りたい」
言われて、
悩んで、
―― 首を傾げる。
「ここ、カオルの自宅ではないの?」
「「「……えっ?」」」
カオル以外の3人が驚いていた。
しばしの沈黙。
それを破ったのはカオルの溜息だった。
「あー、やっぱ勘違いしていたかー。
ここは事務所、仕事場ね。今、寝泊まりしているのは仮眠室。俺の家は四畳半のボロアパート。お隣が夜な夜なお盛んだし、水回りやトイレは共有だから、警備の意味でも連れて帰れないわけ」
「ご実家は?」
「事務所まで誰が迎えに行くの? 結構な距離あるから毎日は無理でしょ? それに今、あそこは誰も住んでいないから掃除しないとならないし、多分、電気も水道も止めてる」
「賃貸物件を探します?」
「県内だと1人1契約までなんだよねー。俺も最初は引っ越しを考えたけど、3年で契約したばかりだから違約金が痛い。キサキも県内で契約済みだし、シズカは都内在籍だから契約できない。それ込みで先日、市長に聞いて県議にかけてもらったけど、ダメだった」
キサキとシズカの質問に答えたカオルは私を見やる。
「というワケで、誰か良案、ない?」




