011 ☖ やったー!!
4月の最終日、やっと好きな人と会えた!
―― 浮かれすぎて何の話をしたのか全く覚えていないけど!
毎回、ちゃんとした洋服を着て行って正解だったなぁ。
人間、第一印象は見た目が大事だからね。
―― 巫女さんからの受け売りだけど!
大事なことは、来週もまた会えるということ。
―― 来週の洋服は何にしようかなぁ?
などと喜びすぎていたせいで、異変が目前にあったのに気付くのが遅れた。
―― いつもと結界が違うんだけど?!
というか、今の今まで隣に厳龍が居たことすら忘れちゃってたよ!
何の会話していたっけ?
覚えてなくてゴメン!!
だからちょっと警戒しながらも、いつも通り厳龍のエスコートで裏門の前へ並び立つ。
普段ならば、ここで光に引き渡される、はずなのだが。
「びちょうせいちゅーか?」
「えぇ。なので今夜は、」
「解った。こっちで預かるわ」
「助かります」
「……んん?」
オレが理解する間もなく厳龍に引っ張られ、そのまま外へと突き返される。
光にしては珍しく、少し乱暴気味に裏門を閉めていた。
厳龍は舟山の中の、更に境界と呼ばれる世界の中にある神社に住んでいる。
今日はそんな厳龍の家にお泊りなのだろう、とは察した。
前回と言わず、以前にも似たことは何度もあった。
だから厳龍のタンスにはオレの服だけが入っている引き出しがある。
ただ、前回のこの時期にお泊りは一度も無かったと思う。まして光も緊張している様子だったし。
―― だから不思議に思っていた。
舟山は3つの市の境にあって、その中でも美島市側は悪霊や悪鬼が多いものの、その大半は自生の妖精や妖怪よりも弱いので襲撃してくることは少ない。また他の地域の妖怪と比べて里を形成しないので縄張り争いが起こりにくい。
というか、起きたとしても巫女さんが勝手に介入して話し合いで強制的に解決させるので恐ろしくて起こそうと思わない、が正しいかもしれない。
「中華は、苦手だから、良かったけど」
「?」
厳龍が怪訝な表情でオレを振り返った。
オレが変なことを言うと、時折、こういう表情が返ってくる。
―― 多分、いつも通りにスルーしてくれるはず。
「何で、帰れない?」
「……あいつから説明、聞いてないのか?」
「朝、何か、言ってはいた。……けど、」
「理解は出来ていなかった、と。まぁ、とりあえず家帰って飯だ、飯」
オレは思わず溜息をつく。
「本当に、厳龍は、食べるの好き、だよね……」
「いやぁ、今日はマジで腹減った」
「それ、いつも言ってる」
呆れながらもツッコミを入れたけど、こういう時の厳龍には何を言っても無駄なので諦めることにした。
「ようは、結界が壊れて屋敷の安全を保てていないから、今日はこっちで預かることになったってこと」
夕飯時、厳龍は全部を教えてくれたけど良く解らず、代わりに要約してくれた巫女さんの言葉でやっと理解できた。
屋敷には多重の結界があった。きっとその1つが壊れたのだと思う。
「安全ではない、理由は?」
「神器を紛失したから?」
確か、屋敷にはオレが引き継ぐ智神の神器が保管されていたはず。オレに引き継ぐことを司が納得して、風見が運んできた……と、確か前に言っていた気がする。
が、その神器が無かったらしい。
言われてみれば、神器の気配を最後に感じたのは数ヶ月も前だったような……気もする。
「何で気付いた時に言わなかったの?」
「うーん。あの時、ドタバタしていて……そう、確か、司が消えた日……」
言ってから、気づく。
都内の家と美島市の屋敷は、確か緊急用に結界道で繋がっていた。
結界道には天然と人工の2種類あって、瞬間移動が出来る人工の方は1度の往復のみしか使用できない。それを施工できる術者は世界でたったの3人だけ。
だから基本的には天然の結界道を利用するものの、急な崩落や消滅の危険があり、且つ迷路のように入り組んでいるので下手すると出口に辿り着けずに酸素を失う危険まであった。
「家を、繋いでいた、結界道……司が、それで神器を持ち出した……?」
「……一度帰宅した時かしらね?」
巫女さんは答えてから湯呑のお茶をすすった。が、気管に入ったのか咽ている。
そんな巫女さんを厳龍は冷ややかに見つめ、溜息をついた。
「で、その紛失した神器の代わりに大きな魔法石を借りたから、結界の主が屋敷の結界に調整してくれているんだと」
舟山には結界の主と呼ばれる結界師が雇われていた。舟山を覆う迷宮結界を維持するために必須らしい。
一応の名目としては、舟山に祠を持つ智神が、その祠と周囲の原生植物を守るために雇っていることになっている。
「でも手こずっているの」
「……難しい?」
「そうねぇ。例えれば、長年、ずっと貴方は 要 という名前を貰っていたけど、急に 司 の名前を貰っても困るでしょう?」
巫女さんの言葉を脳内で復唱し、首を傾げる。
「オレでは、司には、なれない」
「まぁ、そういうことよ。魔法石も同じで、すぐには結界を放つことは出来ない」
「でも、例の(他国の)王子も一緒なんだろ?」
「そうね。全体の結界が崩壊しかけたことはイレギュラーだったけど、イレギュラーによって解決されることは有難いことよね」
「……うん?」
良く解らなかったけど、オレが居なくても解決するなら、その王子に心の中で感謝はしておこう。
「今はまだ、解らなくても大丈夫よ」
巫女さんはそう言って優しく微笑んでくれた。
翌日は普通に学校だったけど、その下校時には光が迎えに来てくれていた。
どうやら屋敷の結界の修復が無事に終わったらしい。
光には、司が神器を持ち出した可能性を伝えた。
実際、人工の結界道は使用形跡があり、壊れていたらしい。
ただ、まさか司が消えてから数ヶ月も経っているのに、警備員を含めた使用人が誰一人として神器の紛失に気付けなかったことは謝られた。
ちなみに大きな魔法石は本当に巨大だった。楕円ではあるが、長い箇所で20cmは超えていると思う。それが神器の代わりに鎮座されてあった。
今は特殊で透明なケースの中にあって違和感しかないのに、オレも含めて誰も気付かなかったなんて。
―― そういえば、神器はオレがいつでも練習できるように、と剝き出しだった気もする。
今思えば不用心だった。
「……もしも、司が神器を、今も持っているなら」
「そう、ですね。要様の魔力で追うことは可能だと思います」
光は渋々、といった表情で答えた。
「ですが、今はまだお勧め出来ません。今回はイレギュラーが多いので、里の主の目的が智神に変更されている可能性もありますし、今の司様が神器をお持ちという確証もありません」
「……そっか」
時間はかかったけど理解はできた。
もしも目的が変更されていたら、黒い面の耐性が無いオレが利用されてしまうのかもしれない。
真面目な司のことだから、里の主に言われたら神器を手渡してしまっている可能性もある。
―― 司みたいに操られることだけは、嫌だ。
「じゃぁ、まだ動かない。でも、動ける時になったら、教えて」
光は何故か目を丸くしていたけど、どうしたのかな。
思わずオレの後ろに何かあるのかと振り返ったけど、壁があるだけで何もない。
不思議に思いながらも光に視線を戻した。
「ふふっ」
「?」
「動揺して申し訳ありません、要様。ですが、要様の期待に応えられるよう全力を尽くしますので、これからも御傍に居させて頂きますね」
そう答えた光の表情は、巫女さんの微笑みに凄く似ていた気がした。
数回ほど好きな人と仕事が出来てすっかり浮かれていたけれど、いつもの会合中、不意に光が不審な言葉を巫女さんに伝えた気がして我に返った。
「光、今、何て言った?」
オレの低い声色で、巫女さんもオレが会話に参加したいことを悟ったらしい。
「(光の)異母妹が私を修学旅行中に殺すつもりなんですって」
「……え?」
前回まで、そんなことは一度も "光の口から" 言われていなかったはず。
「はぁ……なんてこと」
「巫女として、どう思われますか?」
「こちら側へ堕ちたのでしょうね」
つまりは、光の異母妹も輪廻していることを知ってしまった、ということ。
「マズイわね。本当に未来が読めないわ」
「考えられる、人類にとって最悪のケースは?」
「……来生家の現当主の記憶が奪われて、シェルターが機能しなくなることかしら」
「最悪すぎ」「最悪ですね」
来生家もまた、政府七人衆の一家ではある。だけど、あそこは昔から良くないウワサがあり、また表沙汰にはなっていないが汚職もあったせいで首相の座は遠退いているらしい。
しかし、来生家は商家で財力だけは無駄にあるので、麻生家は裏金でもコッソリ受け取っているのだろう。だから麻生家は、昔から来生家のフォローないし、グレーになるよう上手いこと手を回しているらしい。
つまり、麻生家と来生家は切っても切れない関係になっている ―― と光は以前に嘆いていた。
その来生家は、都民の大半が避難できる巨大シェルターを地下に製作した。依頼したのは国連所属の白雲運河。
現在の管理は各自治体、各寺社に任せているが、来生家が持つ製作者用のメンテナンスキーを使用されたら一網打尽にされてしまうだろう。
光の質問に答えた巫女さんは、そう言いながらも目を細めて唇を舐める。
「まぁ、全部ヤってやろうじゃない」
「お?」
「というわけで、ヤられたらヤっていい?」
質問の意図に気付いて光を見れば、光もまた驚いて巫女さんを見つめ返していた。
「貴方に人が殺せるのですか?」
「誰が殺すって言った?」
「違うのですか?」
「だって私、例え自然災害でも自分が死ぬ心配は全くしていないもの。痛みも殆ど感じないから、そういう "お返し" は心配しなくて良いわよ?」
「じゃぁ良いですよ」
「(良いの?!)」
「わーい、許可貰えたー」
とんとん拍子で進んだ会話、さらには巫女さんの棒読みの歓喜の表現に唖然としていれば。
「厳ちゃん、聞いてたよね?」
「お前の真後ろに居るからな」
厳龍は答えつつ、テーブルでずっと書いていた1枚の紙を光へ渡していた。
受け取った光は目を通し、―― 何故か固まる。
覗き込めば、それは依頼書だった。
それも、異母妹の正体を曝すような記事を光に作成して欲しいという酷い内容で。
「貴方なら、異母妹が何をしたのか理解したのでは?」
厳龍の一声で光が強く目を閉じた。
「……受注しなければ、なりませんか?」
「別に構わないわよ。その代わり、異母妹がどうなっても知らないけど」
理解は出来なかったけど、光が凄く困っていることは解った。
それならば、光の主人として助けなければならない。
「オレが、手伝う、よ。だから、どちらも、助けてあげて?」
「……だってよ。どうする?」
厳龍は巫女さんに聞いた。
巫女さんは嬉しそうに、だけど何故かオレの頭を撫でてから答える。
「しょうがないなぁ。それで手を打ってあげましょう」
「やったー! って、喜んで、いい奴?」
「良いんじゃね?」
厳龍の一言で巫女さんの言葉よりも嬉しくなったけど、光は困った表情でオレと巫女さんを交互に見ていた気がする。
―― 何か間違った、のかな?




