1.50 桜花祭
普段は人の往来も少なく物静かな桜美丘市も、『桜花祭』が開かれるこの日だけは舞之宮市に匹敵する程人込みで溢れ、街全体が満開の桜のように活気づいていた。
一応は見回りだという触れ込みだった筈の泉優香里は、直前に生き延びた死合いによるストレスか何なのか、最初からフルスロットルで由紀、明人、そしてユイを引っ張り回し大騒ぎで祭りを楽しんでいた。最終的に明人が犠牲となり首根っこを掴まれ、そのま人の波の中に埋もれていった。
「……もしかしてだけど、お酒なんて飲んでないでしょうね?」
「いや、優香里姉ぇでも流石にそれは」
優香里や偶然出会った由紀の友達に散々引っかき回されたユイは、何だったらユリスと戦った時よりもくたびれて疲れたような表情を由紀に見せていた。
「……少し、夜風に当たってくる」
「う、うん。ゆっくりでいいよ」
出店建ち並ぶ街路から離れ、静かな暗闇の方へ消えていくユイの姿に一抹の不安と心細さを感じる。だが、今はまだ追いかけはしなかった。
「――で、ようやっとウチに寄ってくれたのかい。……これでも結構心配してたんだけど」
「あはは。ごめんね、在子さん」
桜美丘駅前の通り、旧『喫茶すみぞめ』本店、現二号店の店前に設置された出店ブースで由紀は天野在子から差し出された紅茶を笑いながら飲んだ。
「いーよ。ずっとゴタゴタしてたし。……後はまぁ、あの面白美人さんの世話でも焼いてたんだろう? 何にせよ、お前が元気で笑顔なら後は何でもいいさ」
煙草を手に在子は笑う。昔からそうだったが、亡き母の旧友たる彼女は何も言わずとも話し相手の境遇やら心境を言葉の端から掬い上げ読み取る事に長けていた。
――僕なんかより、在子さんの方が不思議な力、持ってそうだ。
そんな事をうっすら思いつつ出された菓子を口に入れていると、ふいに在子がエプロンのポケットから小さなメモ帳を取り出し、紅茶のカップの隣にするりと差し出した。
「……在子さん?」
「やるよ。ずっと知りたがってやつも書いてる。もう私には要らないだろうし」
開くとそこには、在子がこれまで考案してきたスイーツの秘蔵レシピが幾つも書かれていた。由紀が今まで幾ら聞いてもはぐらかされてきたものだ。
「え、そんな突然?……いいの?」
料理好きの由紀にとってはお宝だった。パラパラとめくると、あの『桜花絢爛・アルコスペシャル』の作り方もあった。それをチラリと見た在子はくく、と笑う。
「それなぁ、……実を言うと結実に対する当てつけで作ったんだよ。あんにゃろ、いっつも私の大事な先輩の忘れ形見に色目使いやがって。可愛い子ぶって甘いもの好きーだなんて。それならこれでも食らえー!っつって。……気に入ったのには拍子抜けだったけど」
「え、えぇ!?」
唐突なカミングアウトに由紀は愕然とした。
「悪く思うなよ。だってさ、誰よりもお前の事ばっかり考えてるのに臆病で表に出そうとしないし、かと思えばお前以外には性悪に見えるくらい真っすぐ我を出してくる。そんなどっちつかずだから、とうとう最後には可愛いお前に義理果たさずに逝っちまった」
「……………………」
在子の冗談めかした言葉はしかし、由紀に深く刺さるものだった。
「だからさ」在子は由紀をじっと見、諭すように言った。
「後悔先立たず、だよ? 由紀。お前は半端にはするな。やれる事は全部やって、為そうと思った事を全部やり尽くした先で、笑ってな」
由紀は静かに、在子の言う事を飲み込んだ。真剣な目で、頷き立ち上がる。
「……そろそろ行くね。在子さん。――また、今度」
「おう、気を付けてな」
由紀は微笑み、そのまま祭囃子の中に駆けていく。いつになく大きく見えたその小さな背中を見て在子は頬杖をつき、一人呟いた。
「――由紀、あの子に負けないくらい素敵な子に育ちましたね。義姉さん」




