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ユアハート・マイリーズン  作者: 八武希幽水


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1.49 戻ってきた日常

 三月三十一日。午前六時。すっかり暖かくなった桜美丘市の春の朝。由紀は自室で目を覚ます。数日前から春休みを迎え、多少は寝坊をしても許される毎日になっていたが、普段の習慣とは恐ろしいもので目覚まし無しでも勝手に起きてしまう。

 もっとも、今日早起きできた理由はそれだけではない。


「……おはよう、ユイ」


 眠い目を擦り微笑む由紀の先、ベッド横のスペースには、


「……おはよう」


 大量の雑誌や本を並べ、更に何本かの空の酒瓶に囲まれたユイの姿があった。




 舞之宮市を襲った未曽有の騒動は、その影響規模に対して奇跡的に死傷者ゼロの内に収束に向かった。精々がパニックの際他者とぶつかり軽い怪我を負う者が居たくらい。

 しかし、そこに居合わせた大勢の人々からしてみれば全く以て理解不能な現象だった。青白い爆発は四方八方で起きるのに、落ち着いて火元を見れば何か焼け焦げたり放火されたりした痕跡も無い。そもそも爆発で負傷した話も聞かない。動きの速いマスコミが必死にカメラを回していたが、後に確認したところ狂乱状態で走る人々だけだったという。


 取り分け怪奇じみていたのが、街の南外れ、舞之宮コンビナート廃棄区画にて目撃された『光の巨人』だった。目撃した人々の多くが自分の目と頭を疑い、時間にして数分間現れた後、桜色の眩い光と共に消滅したという。

 証拠は何も残っていない。あの日から約一週間、地元の報道関係者は元より全国からマスコミが集まり、政府関係者、学者、果てはオカルト関係の怪しい研究者達まで舞之宮市にたむろする事になった。


「……CGを使った誰かの悪戯、それか大規模な集団幻覚って事になってるみたい」

「そうね。……まあ、落としどころとしては悪くない。記憶を消して回るのも大変だし」


 そんな騒動の一端を担った少女と、そもそもの原因となった少年は今、そんな事は露知らず、変わらず平穏な桜美丘市にある佐倉邸にて穏やかな朝食を楽しんでいた。


「苺、近所の人から貰ったからジャムにしてみたの。美味しい?」


 そう言いながら由紀は自分のと併せてコーヒーを淹れる。ユイの分には角砂糖四個に牛乳もなみなみと。


「ん……美味しい」

「よかったぁ」


 あらかた食べ終わったユイは手を合わせ、そこでふと悩まし気に溜息を吐く。


「本当は」懐からリボルバーを取り出し、しげしげと眺める。


「私に会った記憶を消すべきなのだけど。少なくともあなたの同級生の子達とか。下手に『彼世』の痕跡に残すのは望ましくない」

「……それは、出来たら容赦してあげて欲しいな。皆最初は吃驚してたけど、事情を知ってユイに凄く感謝してるの! 大丈夫、細かい事気にする子、きっと居ないから」

「細か……くはないと思うけど。何というか、大雑……大らかな人たちなのね。あなたの周りは」


 半ば呆れたようなユイの怪訝な顔に由紀は思わず苦笑する。


「生徒会長が優香里姉ぇだから、それはもう。『何者をも受け入れ、認め、己の新たな見識の糧とせよ!』なんて言って。皆つられて鷹揚になっちゃうんだ」

「優香里、あの人にも驚かされた。信頼こそすれ、カノヨビト相手に本当に持ちこたえてしまうんだもの。……すぐ退院してるし」


 次の日の夕暮れには無理矢理病院を飛び出て、夕日より輝かしい笑顔を由紀達に見せに来た、愛おしく偉大な『姉』の顔を思い浮かべ、由紀はまた吹き出す。


「元気過ぎて困っちゃうよ。今日だって午後からの『桜花祭』に生徒会で査察するぞ、大暴れだ、なんて。……学区すら違うのに、もう」

「……そういえば、この街の行事の日ね。カレンダーに書いてる」

「うん。……ユイも、行くでしょう?」


 返事には、少し間があった。由紀の黒に戻った瞳を見据え、ユイは答えた。


「そう、ね。少しだけなら。……この世界を旅立つ最後には、良い」



 最後。

 心の中の震えを押し殺し、由紀は笑う。




 ユイはユリスとの戦いの後も、暫くはこの『現世』に滞在すると言ってくれた。

 当然それは彼女の使命の内で、一つは霧散したユリス、『光の巨人』の残留霊子を回収して世界に対する不具合を防ぐこと。二つ目に今後この『現世』にカノヨビト達が訪れないように仕掛けたユイの結界の最終確認の為だった。

 しかし、きっとユイ本人は言わないし認めない話だが、「もう少しだけ世話になる」と聞かされた時の由紀、その眩い程の笑顔に靡いてしまった為でもあった。

 時間にしたら一週間にも満たない、戦いの後の僅かなひと時を、由紀とユイは殆どずっと一緒に過ごした。嘘みたいに快復した優香里と泣く程に心配していた明人と共に何時かのショッピングの続きにも行った。それと、騒動の影響で遅れに遅れた終業式にもユイは遠目から見守ってくれていた。あの日校舎からヒーローのように飛び立ったユイに一目会いたいと騒ぎやって来るクラスの子達の応対には困った。当のユイは最早嫌そうな顔を隠そうともしなかったが、買い物の時同様、押されると意外に弱かった。

 ずっと佐倉家の一室で本を読んだり他愛のない話を聞かせ合う一日もあった。ユイの『彼世』の話は目の前に積まれた本の物語よりも幻想的で、一方ユイにとっては由紀の過ごしてきた日常の話こそ、他の何よりいっとう興味の引くものだったようだ。

 自身と世界の命運をかけた戦いの直後とは思えない程、穏やかで楽しい日々だった。


 しかし、それも今日で終わり。ユイは元の『彼世』へ戻り、旅立つ。


 支度するから先に優香里達と合流しておいて、とユイを見送った由紀は、静まり返った自室の隅に置いておいた紙袋を静かに取り出す。中には縦長の箱。それを開けた。

 それは、白銀に光るネックレス。あの日、全てが始まる前の日に優香里とアリアに手伝ってもらって買った、神城結実への誕生日プレゼントだった。

 由紀はチェーンを外し、そこに引き出しのあるものを通し入れる。赤色の小さな宝石が綺麗に輝く、母の形見の指輪。ペンダントのようになったそれを、由紀は自身の首にかけて大切に、大切そうに胸元に収めた。

 制服に腕を通す。一応見回りと優香里は言っていたし、今の自分に一番しっくりくると思ったから。続いて忘れ物はないかしっかりチェックする。財布に手帳、その他諸々。手帳にはお気に入りの写真が沢山。特に好きなのは高校入学時のツーショット。

 由紀が照れくさそうに笑う隣で、結実が満面の笑みを浮かべていた。

 今を生きる由紀は微笑み、それを懐に入れる。ゆっくりと生家を見回るように進み、光指す玄関へ。

 ドアを踏み出す直前、誰も居なくなった家に一言、




「――行ってきます。お母さん」





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