1.47 裁定の鐘
「――――ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「……ユリス!?」
突如としてユリスの胸に開いた穴から暴風のように霊子が噴き出し始めた。アリアは状況も分からないまま、いち早く動いたユイに無理矢理引き剥がされ、同じく絶句していた由紀と共に抱えられ後退する。
「……まずい」
この戦いにおいて初めて冷や汗をかいたユイはそのまま背後を振り返る。
『――え?』
つられるように振り返った由紀とアリアは目を見開いた。
夜空に黒煙舞う廃棄区画に、巨大な青白い巨人が立っていた。
メインホールのあった位置から発生したそれは、想像を絶する程莫大な霊子の奔流、その塊だ。柱、とも形容できるそれは、良く見ると根元が足のように分かれている。そして空を飲み込まんとする像の頂にはエンジェル・ハイロゥのような霊子結晶の輪。それ以上に目を引くのは廃棄区画どころかコンビナート全域を覆う程の、巨大な光の翼。
「……『羽』に『輪』まで顕現してる。大したものね」
「ユ、ユイ。これは……?」
「統率を乱した霊子と霊子核達がユリスに逆流して、一つの超高次元霊子体を形成してる。……一言で言えばまさしく『神』に近いモノになってる」
ユイは目を細め、巨人の胸に当たる部分、一際輝いている部分に注視する。光の奥の奥に男性の人影。ユリスだった。
「そんな。まさか、魂の人々が反乱を? そんな馬鹿な……」
絶句するアリアに、ユイは「いいえ」と首を振る。
「周りを取り巻く霊子自体は澱みが少ない。完全な暴走だったらもっとあちこちに飛散して既に大被害を齎してる。……億を超える人々の魂は貴方の言う通りユリスを真に慕い安寧を願っている、けど、肝心のユリスの本心がそれを拒絶しているようね」
光の巨人と化したユリスは、今はまだ動いていない。それはユリス本体が未だに取り巻く魂達の事を想い、無意識レベルでどうにか纏め上げているからだった。しかし数刻もしない間に彼の霊子核の輪郭は崩れ、巨大な霊子の爆弾のようになってしまう。
「こうなると、もう」
ユイは厳しい目でアリアを見る。何を言わんとしているかは分かっていた。
「……ユリスの意思が消える前に、周りの霊子核諸共私の裁定の力で消し飛ばす」
「――っ! そんなの、駄目だよ!」
アリアの代わりに叫んだのは由紀だった。
「他に手が無い。……あなたはすぐにメイド、いえアリアと共にこの区画から離れて。優香里も一緒に。霊子核の量が多すぎる。一撃加えた時点でどうなるか分からないから」
「じゃあもっと駄目だよ! ユイ、もうボロボロじゃない。……それに」
由紀は譲れなかった。ユイ自身の心配もあったが、何よりユリスをこのまま独りで消す。それが許せない理由があった。
「――まだ、アリアさん、ユリスさんに自分の気持ち伝えきれてないの! だから!」
「! 由紀様……」
真剣な眼差しで訴えかける由紀の瞳にユイはまたもやたじろぐ。紅い瞳に映り込む自身の顔を見たその時、由紀はハッと気が付く。
「そうだ……ユイ! ユリスさんがああなってるのは、つまり、周りの皆の想いを聞き入れずに自分を責め続けてるからだよね?」
「?……えぇ、簡単に言えば、そうなる」
「じゃあ、ユリスさんの霊子核に直接訴えかけて、その、説得出来ればアレ、止められるんじゃないかな!? ――僕の、力で」
その言葉を聞く途中からユイの顔が恐ろしい程険しくなっていった。
「駄目よ! 危険すぎ――」
「危険なのは分かってる! 死んじゃうかもしれない、けど。このままユリスさんを行かせちゃったら、皆一生後悔するの! 僕も、アリアさんも!」
由紀の必死な姿を見て、アリアは泣きそうになる顔を拭い、二人に頭を下げる。
「――私を由紀様のお供にさせてください、ユイ様。必ず、由紀様は必ず貴女の元へ無事にお返しします。……どうか、お願い致します」
「……………………」
ユイの厳しい視線は由紀とアリアを交互に刺す。そして、由紀に向き直り呟く。
「…………分かった。それがあなたの幸せなら。あなたを信じるわ」
廃墟の中に立つ、天を突く程の光の巨人。その前の作業ビルに桜の少女は立つ。
由紀のこれまで過ごしてきたこの世界では絶対見る事の無い、幻想的な光景だ。すぐ横でアリアに抱きかかえられ、突入の瞬間を待つ由紀は不思議と落ち着いた心持でユイを見ていた。
「――始めるわ」
ユイの小さな呟きと共に、左手に握られた白銀のリボルバーが宙に浮かぶ。同時にユイの身体から莫大な桜色の霊子が溢れ出し、銃を覆っていく。超高濃度、超高強度、超高純度の霊子は霊子結晶として凝縮し、銃の各追加兵装として形を成していく。
気が付けばユイの前には白銀に光る、巨大な大砲のようなスナイパーライフルが姿を現し、その重厚かつ強大な威圧感を放っていた。
それは由紀が廃ビルに囚われていた時、二度目の再会時に見たものだった。
「――飛べ!」
合図と同時にアリアは由紀を抱え跳躍する。その際、
「――ありがとう、ユイ様」
アリアの言葉に、ユイは頷きだけ返した。
ライフルの銃身が俄かに輝き始める。連動するように屋上一帯の床に亀裂が入り、周囲の瓦礫が重力を失ったように浮かび始める。
眩さは極限にまで達し、ユイは彼女を中心とした桜色の球のように光った。
その中にあって、ユイは静かに、玲瓏な声でそれを口にする。
「――今、貴方の業と願いは、私が裁き、私が背負おう」
「――――――――――――――――『最後の審判』」
太陽すら霞む程の眩い桜色の光と、耳をつんざく轟音と共に、『桜華の亡霊』から放たれた霊子の怒涛は、極限の力の奔流となって光の巨人へと放たれた。
大地と天空を揺るがす程の衝撃波を放ちながら、ユイの一撃は巨人の肉に当たる霊子結晶を凄まじい勢いで削り取っていく。
「由紀様、しっかり掴まってください!」
「はい!」
既に巨人の胸近くまで跳んでいたアリアと由紀は、遅れて後方から飛んできた破壊の一撃に度肝を抜きつつも、ユリス付近の肉片が飛び散った好機を逃さず、空を蹴った。
「――行きます!!」
大量の霊子布を展開したアリアは由紀の身を守りつつ、なおも迫りくる霊子の塊を力技でこじ開け、中枢を目指す。
「ユリス……!」
アリアは呼ぶ。
「ユリスさん……!」
由紀も叫ぶ。防御の合間から輝く蒼い瞳を見開き、前方の核を捉えた。
渾身の力で手を伸ばす。アリアと一緒に。
眼前まで迫った時、アリアは叫んだ。
「――――――――ユリス、私は貴方を――――!」




