1.42 桜華の亡霊 vs 夢遊公爵③
メインホールまで及んだ爆発。それが起きる数刻前の事。
ユリス・フォン・アドラヴァイスは誤魔化しようのない危機と焦燥に襲われていた。
原因は言わずもがな、眼前で一騎当千そのままに暴れ回る一人の少女だった。
千にも及ぶユリスの戦士の猛撃に晒されて尚、『桜華の亡霊』ユイは極めて冷静かつ華麗にこれを悉く躱す。その美貌も相まって正しく舞い踊る桜の花びらのようだ。
そしてそんな彼女に追従する銃火器の群れは、主に似つかわしく無い程無骨に、無慈悲に、そして正確無比な破壊を持ってユリスの同志達を粉砕していく。
たおやかかつ暴力的に。儚い美から齎される、絶対的な冷たい死。『桜華の亡霊』とはよく言ったものだった。
――死神、って言った方がしっくりくるけど。
ユリスの戦士の内、特に怪力を誇る大男が貨物コンテナを轟音と共に持ち上げ、雄たけびを上げながら宙に飛ぶ。先程までのユイ同様、質量攻撃で動きを止める算段だ。
それを一瞥したユイは、むしろ前方に飛び込みながら懐からロケットランチャーのような大型火器を掲げ、寸分の間もおかずに発射した。
大男の叫び声と共に、コンテナは戦士の群れの頭上で爆散する。一気に広がる霊子と黒煙の塊。耳をつんざく爆発音も相まって皆が皆ユイを見失ってしまう。
一対多の致命的な違いであった。視界が遮られた中で四方八方から発砲音と戦士達が斃れゆく声がする。取り囲み有利を取ったはずが見事に切り返された。
「……まずい」
冷や汗をかくユリスは、思った事をまた零す。今彼女が惜しげもなく放ち続ける銃火器等々、これは各『現世』で集めた武器であろう。ユイはそれらにあらかじめ自身の霊子を付与し、コートに仕掛けた術式によって無数にストックしていたのだ。その威力こそ彼女の主力兵装に及ばないものの、物量と展開スピードが尋常ではない。霊子核自体をユリスに預けガワのみで顕現する戦士達では、まるでガラス細工を砕くように掃討されていく。
「どうする、どうする」
このまま数にものを言わせても悪戯に霊子を削られるだけだ。じりじりとユリス本体に近づかれて殺される。弾切れのリロード、その隙を狙う? 無理だろう。彼女は撃ち尽くした銃をそのまま投棄しながら新たな銃を出現させ続けている。付け入る間も無い。
では、なりふり構わず戦士達を囮にメインホール――佐倉由紀の元に急ぎ、これを盾にしながら儀式を強行するか?
愚策も良い所だ。最初からユイが彼を考慮していない訳がない。むしろ行動を読まれたら最後、それこそ狙いを定められ今度こそあの銃の餌食に。
そもそも、例え鍵にするとしても彼女に対し佐倉由紀を人質にとる、例えガワだとしても同志達を粗末に扱うなどと。
――本末転倒だ。そんなの駄目だ。
でも、それでは彼女は止められない。この身も皆の願いも破滅する。
焦りと大義、そして目の前の絶望に潰れそうになったユリスの、胸元が僅かに輝き彼の正気を押しとどめた。
――『落ち着いて。……アンタは独りじゃないでしょ?』
「……っ!」
ユリスはハッと驚くも、すぐさま得心がいく。心に響いたその『声』も。彼女を打ち倒す僅かな手段も。『皆』の同意も得た。
ユリスは手に握る剣に力を込めつつ、左手を胸に当て、数十個の大きな霊子の塊を取り出す。ただの霊子結晶ではない、一つ一つが歴戦のカノヨビトクラスの魂だった。ユリスの周りに展開されたそれらは瞬く間に荘厳な鎧や兜を身に纏った戦士に変わっていく。
そしてユイの前に立ちはだかるように整列したのは、霊子馬に跨った騎士達。見るだけで相手を威圧するような、一つの『騎士団』。
「――『エーテリアス聖魔将殲滅騎士団』。遥か遠い『現世』の世界の覇者に仕え、彼を喪ってもなお忠義と武勇に主に、その身果てるまで捧げ続けた猛者達だ」
ユリスも馬に乗りながら陣形に加わる。彼を中心としたユリス最強の手札。
敵は唯一人、万夫不当の『桜華の亡霊』。指揮官が合図を送り、皆が構える。
「……なるほど。強敵ね」
他の戦士達の影は既に鏖殺し終えた。ユイもこれが最後の攻撃と悟り、銃口を向ける。
「――――いくぞ!!」
ユリスが吠え、騎士団と共に駆け出した。
――前へ。
ユイが宙に構えたマシンガン群が火を噴く。先頭の指揮官と供回り、霊子馬や御旗諸共粉微塵に粉砕されていく。
――前へ、前へ。
指示を送った射撃部隊から放たれた矢がユイに降り注ぐ。高速で駆けまわり跳躍したユイは空中から十数発のロケット弾を見舞い、射撃隊を壊滅させた。
――前へ、前へ、前へ!
着地地点にめがけ、ユリスは渾身の力で剣を投擲した。宙で魔法陣を蹴って落下箇所をずらしたユイは、それを見越して殺到してきた特攻隊に至近で拳銃を乱射する。
「まだまだぁ!」
ユリスが叫びながら両手から霊子弾を放ちユイの動きを制限する。そして、取り分け屈強で強大な霊子を誇る、上位騎士の一団がユイに剣を振り下ろす。
「甘い」
霊子弾への牽制で使える銃器は無い、しかし丸腰になったユイは神速剛腕の拳で自身の倍以上の体躯を誇る騎士達の懐に入り、これを鎧ごと穿ち殲滅した。
「――これで、最後。後は貴方一人」
そう呟き、ユイは白銀に光るリボルバー銃を構える。
ユイとユリス、その間に立つ者はもう誰も居ない。
「……あぁ、最後だ」
それでもユリスは、回避せずそのままユイに突っ込む。
「一人ってのは、違うけどね」
そう返される前に、ユイは背後に迫る者に銃を向ける。
『――ごめんね、ユイ』
オレンジ色の淡い光に包まれた朧げな姿で。
悪戯っぽくも、どこか寂し気な笑顔を向けながら。
先のユリスの攻撃で突き刺さった剣、その紋様から現れた、
「――――――――」
レベッカ・ランファベルに、ユイはすぐさま引き金を引けなかった。
ユイの硬直、動揺は時間にしたら一秒にも満たない僅かなもの。
しかし初めて出来た、その僅かな彼女の隙こそ唯一の勝機。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ユリスはユイに飛び込みながら両手をかざし、膨大な霊子術を放出する。
「……っ!」
迎え撃とうと振り返るユイに、レベッカは初めて見た焦り顔に思わず場違いな程明るい顔で笑い声を立てた、その瞬間。
廃棄区画、そしてコンビナート全体をもを揺るがす爆発が起きた。




