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ユアハート・マイリーズン  作者: 八武希幽水


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1.41 由紀の勇気

 舞之宮コンビナート廃棄区画内、メインホール内部。

 照明は無く、『楽園創造』を成す霊子術式に満ちる霊子の光が辺りを照らす中、冷たい地面にカツン、と固い得物が落ちる音が響き渡った。


「――ハーッ。……はぁ、はぁ。……はー」


 ユイの光の剣を落とし、膝をついたのは優香里。激しい戦闘で呼吸もままならない彼女の身体は、腕も足も衣類ごと切り裂かれ血まみれになっていた。

 致命傷は負っていない。それは優香里自身の抜群の運動センスもそうだったが、それ以上にやはり、相対するメイドの裁量でもあった。


「……いい加減、凝りて。大人しくお下がりください、泉様」


 致死的ではない、だがより痛覚に訴えかける箇所を狙ってきた、硬質化させた布で身を切り裂き、躱された所をナイフで穿った。年端のいかぬ少女の戦意喪失を狙って。

 ところがどうだ。泉優香里、佐倉由紀の大切な『姉』。どれだけ痛めつけても血を流しても、一向に引かない。引くどころか、その瞳に宿る光に一片の恐怖すら滲んでいない。


「……へ。まだまだ。手も、動くし走れもする。むしろ漸く体温まってきたところだ」

「――これでは、本当に」


 殺す気でやるしかない。特異点への影響など気にしている場合ではない。それに先程からホール外での破壊音も激しくなっている。己が主と『桜華の亡霊』の戦闘もどうやら佳境に入っているようだった。

 一刻の猶予も無い。膨大な霊子を持つ主をして、あの『桜華の亡霊』を倒すことはまず出来ない。預かった人々も戦士として動員、死力を尽くして漸く幾許かの時間が稼げるかどうかであろう。

 それを成し遂げたとして、その際のユリスにも余裕など残っていない筈だ。彼が戻ってきた時にすぐさま術式の仕上げに取り掛かれるようにしなくてはならない。

 なのに、それができない。


「……七回だ、アリアさん。私の感覚が確かならそんだけ私をやれる機会はあった。だけどホレ、全部こんなかすり傷だ。必死そうな割に随分手緩いじゃん?」


 致命傷でなくとも軽傷ではない手足を軽く振りながら優香里は笑う。アリアにとっては障害にもならない、強がり威勢を張るだけの生娘が、何時しか大きく、数多出会ってきたカノヨビト達に引けを取らぬほどの壁となっていた。


「結局、アンタだって主人の目指す『楽園』とやらに本気じゃないんだ。最後だっつって由紀を犠牲にしたところで、そもそも人間にそんなもん創れる訳がない」

「いいえ、できます。私の主人ならば必ず。それだけの器量と力と決意が――」

「どうやって?」

「……佐倉様を基にこの世界の一部を切り取り、主人の霊子核とした新たな『現世』を創世します。魂を預けてくださった人々が新しい人生を歩むための土台。そこは主人が資源となり、経済となり、法となり、全ての拠り所となる世界です。……そうです、誰も到達出来ぬ『彼世の女神』ではない、皆の手の届く神に……礎となるの、です」


 それを聞いた優香里が「やっぱりな」と呟き、呆れたように溜息をつく。


「ここに来るまでにユイから聞いてた通りだった。……ほんで、めでたく新世界創造出来たとして、アンタの大切なご主人様はアンタに『やったよ!』って笑ってくれると?」

「……それは」

「だから言ってんじゃん。誰かを犠牲にした『楽園』なんて理想郷じゃない。……そこには少なくとも、アリアさんの幸せはないよ」

「――知ったようなことを!」


 鉄より硬く、そして鞭のようにしなる布をはためかせ、感情のままに優香里に叩きつける。優香里は素早く剣を拾いこれを防ぐが、軽々と吹き飛ばされ後方の柱に激突した。柱が砕ける音と小さなうめき声が聞こえる。


「(優香里姉ぇ!!)」


 焦っているのはアリアだけではない。由紀は声無き声で叫びながら必死に拘束を抜け出ようともがいていた。しかし、やはり大の大人どころか怪力を誇るカノヨビトすら縛れるアリアの布の捕縛は、小柄な由紀では幾ら暴れてもびくともしなかった。


――落ち着け、落ち着け、落ち着け。


 目の前の優香里の状況に動揺する自分に言い聞かせる。力では無理だ。


――アリアさんが僕の方に注意を向ける方法は、一個ある。けど。


 早くから思いついていたそれは、「今は」できない。じゃあ何ができる?


「(……あ)」


 ふと、至近で輝く霊子術式の光を見る。無数の光の粒が雪か星のように舞い踊る幻想的な、世界の設計図。眩く光るそれは、先日の光景を由紀に想起させた。

 レベッカに襲われた時、自身の霊子が舞い散り、奪い取られる筈だった由紀の魂はレベッカのそれと繋がった。そしてレベッカは無防備な状態になって――。


 その後のユイの反応も含めて勘違いでないなら。それは由紀の力だ。

 由紀は自身を縛っている白い布の束を凝視する。アリアの霊子で編まれたものだ。

 出来るだろうか? 何の確証も無い。自分の能力?すら釈然としていない。


――でも、やるしかない。


 あの時の事を必死に思い出す。恐らく生半可な気持ちでは駄目だ。ユイの胸に手を当てられた際も答えた通り何も見えなかった。命の危険に伴う必死さがきっと要る。

 それか、命よりも重大な何か。

 由紀は目を閉じ、拘束に意識を向けながら集中する。



――――――――――――――っ!



 由紀は唯一つの『それ』を想い、強く願った。


 そしてその意思は、正しかったらしい。

 自身には見えない変化。由紀の二つの黒い瞳が俄かに輝き始める。それはあの時と同様の、海より深く蒼空より澄んだ青色だった。美しく瞬いたその光は、目には見えない霊子の奔流となってアリアの拘束布から導線を辿る電気のように伝って――、


「――――――――あっ!!??」


 由紀がその様子を伺い終える前にアリアの悲鳴がホール内に響き渡った。ナイフを取りこぼし、四肢をふらつかせそのままへたり込む。


「……な、ぇあ、これ、は」


 呼吸が乱れるアリアの霊子核の中で彼女は感じた。それまで感じていた焦燥、戦意、恐怖といった負の感情全てが何か温かいものに包み込まれていくのを。嫌な感じではない、だが脱力を強いられるような、どこか恐ろしさもある心地良い感覚。そのまま導かれるようにアリアの術式が弱まり、由紀を縛る拘束は殆どただの布の束と化す。


「……やった!」


 狙い通り、と喜んでいる暇はない、身体に纏わりつく布を急いで退ける。


「由紀!」


 聞こえた声に呼応するように吹き飛ばされた優香里が立ち上がり、そのまま駆ける。

 体勢を崩したアリア、そしてその向こうの由紀へと。


「……く。させ、ません!」


 ふらつきながらアリアは構える。おぼつかない手で後方の由紀へ再び拘束術を、前方の優香里に今度こそ必殺の攻撃を。


「アリアさん!!」


 蒼い瞳を揺らしながら由紀は走り、叫んだ。三人が一か所に集まる、その瞬間。

 巨大な爆発音と共に、メインホールの天井が吹き飛んだ。



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