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ユアハート・マイリーズン  作者: 八武希幽水


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1.40 桜華の亡霊 vs 夢遊公爵②

 夕闇に染まりつつある舞之宮コンビナート、その東部に位置する廃棄区画にて滑るように素早く飛び回る男がいた。数年前の大きな事故から半ば放置され、普段は一日中静寂に包まれている筈の其処は今、戦地のようにあちこちが破壊され粉塵を上げていた。

 建物を盾にする形で駆ける男、ユリスは足を止めないまま自身の腕に目を落とし、顔を厳しくしかめた。西洋の細長い剣を握りしめる腕は痺れたように震えている。


――やはり、そう受けきれるものじゃないな、アレは。


 開戦の一発。彼女のその初撃はどうにか凌げた。あの『桜華の亡霊』が操る白銀のリボルバー銃から放たれた霊子術式が込められた裁定の弾丸。それをこちらが持つ大量の霊子を凝縮して防御に回し、軌道を変える事でやっとのこと逃れた。

 この世界どころか、果てしなく広い『彼世』全体を通してみてもあそこまで強力な射撃兵装は存在しないだろう。カノヨビトとして長く生きたユリスにはそう確信できた。それにここまでの経験で実際の威力も推し量れた。何層も張り巡らせた結界ごと自身の腕を穿ち、あの特異点からの逆干渉で無防備だったとはいえレベッカの霊子核を一撃でほぼ全壊せしめた銃弾だ。


 まともに喰らえば即死。そうでなくても敗北が確定する。


 しかし。


「……過剰なまでの威力だからこそ、そう連射は出来ない。だろう?」


 近くの廃墟に身を隠して窺っているだろうユイに対し、ユリスはそう言って笑う。幾ら強大な力を持つ半ば伝説的な彼女だとしても、あんな馬鹿げた火力をそう雑に放てるものでは無い。レベッカの戦闘でも結局最後の一発以外は受動的な肉弾戦を行っていた。それは彼女への説得の意味も含んでいただろうが、主に霊子の消費を抑える為だろう。


「(もしくは、それ以上に彼への気遣いかな)」


 ユリスは周囲を警戒しながら、物陰に隠れてユイの気配を探る。彼女からの接近、は恐らく期待できないだろう。校舎でのやり取りも然り、彼我戦力の差を埋めるためにはこちらが待ち伏せや罠を仕掛ける他にない。ユイの方も当然理解している、それ故にこの決戦の場で早まった行動はしない筈だ。……例え目前に佐倉由紀が居たとしても。


――もう少し、だ。


 たった今抜け出た作業棟の玄関の柱、其処に小さく霊子術式を刻みながらユリスは静かに息を吐く。『桜華の亡霊』、その最優先目標たる特異点が囚われているメインホールにはあらかじめ強固な防御結界を仕掛けている。先日の廃ビルで攻撃を受けた際に採取できた彼女の霊子を基に彼女のみに反応し侵入を拒絶する特別製。例え彼女といえどユリス側に注意を向けながら突破するにはリスクが高すぎる。

 ただ、ユリスの方も悠長に構えていられはしない。一撃貰えば終わりの弾丸、今は警戒ありきとはいえ圧倒的な近接格闘能力。そしてユリス自身もメインホールから離れすぎてはいけない。相対的に結界の効力が弱まり、何より彼女に突破の時間を与えてしまう。


「……ふぅ。あぁ、もうちょっとだ」


 たまらず口から言葉が漏れ出る。しかしもう少しだ。アリアが彼の説得に成功、あるいは無理やりにでも術式に組み込めさえすれば『桜華の亡霊』でも――。

 それまでの残り僅かな時間を稼ぐ為にも、ユリスは路地に足を踏み出す。

 すると、ユリスの頭上の空だけ一足早い闇夜に包まれていた。一歩遅れて、



「――――――――ぅわっと!!!?」


 思わず素っ頓狂な叫び声を上げながら、ユリスは前方へ思い切り身を投げ出す。振り返り確認する前に耳をつんざく衝突音と爆発音、地面と空間を揺るがす衝撃と熱がユリスを襲った。


「……トラッ、クか」


 ユリスの前で砕け散り、激しく燃え盛っていたのは運搬用の大型トラックだった。この広い廃棄区画のあちこちで放置された車両の一つ。それが宙を舞い飛んできた。

 ユリスは振り返る。炎の熱を背に感じながら目を凝らすとそれは居た。暗闇に包まれた廃墟の中、昇り始めた星と月の明かりのみが照らす道路の中心に少女が一人。


 美しい桜色の髪をふわりと揺らしながら、ユイは闇に紛れるように佇んでいた。その距離二百メ―トル超、しかしユリスの目にははっきりと見えた。死人よりも冷たい無表情と鮮血よりも深く恐ろしく輝く二つの瞳を向けている彼女の顔を。

 冷や汗を垂らすユリスをよそに、ユイはそのまま滑るように道路の端へ歩く。錆びつき電気も途絶えて久しい街灯の一本に近づき手を触れる。

 そして何の予備動作も無いまま、ユイは街灯を飴細工のようにへし折り、そのままユリスの方に思いっきり投げ飛ばした。


「ちょ」


 息つく暇もなくユリスは走り出す。遅れて背後で再び大きな衝撃が響き渡る。廃墟の影に逃げ込みながらユリスは道路に目を向けるが、既にユイの姿は何処にも居ない。目を逸らした一瞬で身を隠してしまったらしい。それを探す間もなく別の方向の闇からまたもや巨大な飛来物の影がユリスに襲い掛かってくる。


「いや、はや。可憐な見かけによらず、こうも乱暴に、来るとは!」


 飛んでくる。街灯、コンテナ、作業車類、燃料タンク、そして中には乱暴に取り外されたであろう工作機械の大型部品まで。

 カノヨビトは『現世』の物理法則を受け辛い。更に事実上際限なく貯められる自前の霊子や術式込みで考えれば『現世』で暮らす普通の者達より遥かに屈強な場合が殆どだ。

 しかしそれを加味しても、あんな華奢な腕で超重量の物体を次々と、紙屑をちぎって放るように投げ飛ばしてくるなんてカノヨビト基準で考えても凄まじい膂力だった。


――『ユイねぇ。見た目こそどっかのお姫様、天使か女神かってくらい綺麗なんだけどさぁ。本気で戦うってなったらもう豪快っていうか……想像以上にド派手なんだぜー?』

「……大袈裟にからかってると思ったけど、冗談じゃなかったんだね、レヴィ」


 胸に預かった霊子核に手を当て独り言ちるユリスのすぐ後ろで、まるでレベッカの代わりに返答をするかのように大きな爆発が起きる。投げ飛ばされたトレーラーの中にガソリンが大量に残っていたのだろう、闇夜を眩く照らす炎の塊となって燃え広がっていた。


――不味いな。追い込まれてる。


 一見乱暴で無秩序なように見えるユイの攻撃は、ユリスの走るルートを狙いつつ実際は投げたものでバリケードを張る事が目的だった。そして可燃物による爆発は延焼を起こし気づけば一帯を覆う炎獄の壁を形成していた。

 それはユリスにとっての逃げ道を潰すだけではない。焦り真っ向勝負を仕掛ければ彼女の土俵、かといってこのまま逃げてメインホールから離れすぎれば当然ユイは特異点やアリアの元に行くだろう。そうなればすべて終わる。


「焦っているね。ユキ君がそんなに心配かい? それに貴女を囮に、豪快に突入したお嬢さんも。……ちょっと驚いたよ、貴女が助っ人を呼ぶなんて」

「…………助っ人ではない。それはむしろ私」


 気を逸らすようなユリスの言葉に対し、期待していなかった返事は意外にも返ってきた。火の壁を背にユリスは目と耳を凝らす。


 ユイは言う。


「この世界はあの人達が生きる場所。どんな不条理に遭ったとしても出来得る限り彼ら自身の手で打ち勝ち生きて欲しい。私はその不足を補うだけでいい。それだけ」

「結構ドライだね。……でも、残念だけど彼女じゃアリアは倒せないよ。随分強い、特異点並みの魂の持ち主みたいだったけど、それでも現地人じゃカノヨビトは……」

「勝てる」


 ユリスの声に被せるようにユイの言葉が闇夜に響く。これまでで一番強い口調だった。


「言った筈よ。この世界はあの子達のもの。彼らの為だけに存在する物語。だから『彼世』にもカノヨビトにも負けない。そして本来立ち入る余地も必要も無い。貴方達も、私も」


 じわりと、闇夜に紛れるユイの殺気が強くなる。周りが火に囲まれつつあるというのに背筋が凍る感覚をユリスははっきりと感じた。


「もう、裁定の時間。貴方の野望と夢を砕き、私は立ち去る。それで終わり」


 冷や汗を再び拭い、ユリスは微笑み応える。


「あぁ、私もそろそろ様子見合いは飽いた。アリアを心配させるわけにもいかないし、何より皆をこれ以上焦らせるのも悪い。そして」


 そしてユリスは剣を大きく振るい、指揮者のようなポーズをとった。


「やっと、迎え撃つ準備が出来た」

「――――?」


 彼に呼応するように、区域のあちこちからユリスの霊子が噴き出す。これまで通ってきたルートに沿うように。凡そ感知していたユイの場所を中心に囲うように青白い霊子の奔流は火災の赤き光をもかき消す程眩く周囲を照らす。


「……これは」


 闇夜が掻き消え露わになったユイの周りに居たのは、青白い霊子の光に象られた無数の人型だった。幽霊のような、亡霊のような様相のそれらは老若男女、人種、何もかもバラバラで多種多様な人々だ。古風な民族衣装を着た集団も居れば近未来的なスーツを身にまとうグループも居る。ファンタジーに出てくるようなエルフ、その他亜人種まで。

 中にはカノヨビトと思われる強大な個体すら居た。それら、いや彼らは全てユリスに心身を捧げ、共に『楽園』を目指す同志であった。


「霊子核の、その一番奥だけは出さない。これは大切な預かりものだから。だけどそれ以外の部分は霊子で統率し生み出せる。一緒に戦ってくれる」


 ユリスは先程までの不安や焦りが消し飛んだように狂喜し、子供のように笑う。


「――僕は独りじゃない! 皆がついてる。皆と共に目指すんだ『楽園』を! さあどうする、『桜華の亡霊』? 一人一人が一騎当千の霊子量を持つ、幾ら貴女の裁定の力が強大でも全てに対応は出来ないだろう?」


 逆に追い詰め返してやった、と言わんばかりに語るユリスに、ユイは何も答えない。

 機は熟したという風にユリスは剣を厳かに掲げる。


「……大丈夫、高貴な貴女を殺したりはしないさ。ただ儀式が終わるまで堪えて欲しいだけ。その後は何なりと。望むなら貴女も僕の『楽園』に」


 そう片方の手を優しく差し伸べるユリスに対しユイは、


「貴方の言う『楽園』なんてものは、存在しない。これからも」


 変わらずの無表情で拒否した。


「そうか」


 ユリスは微笑む。そして、


「本当に残念だ」


 一瞬の殺気を込めて剣をユイに向ける。合図とともに周囲の人々が全てユイに殺到し、ユリスの『楽園』最後の障害へと覆いかぶさる。

 容赦の無い霊子の怒涛。相手はただ一人の少女。対して何百、何千もの人々の殺意と願い、意志が武器となって襲いかかった。

 対応できる訳もない。決着はついた。ユリスも確信した。

 その筈だった、瞬間。




――――ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!




「!?」


 凄まじい炸裂音と射撃音が響き渡る。それにストロボのような激しい明滅。

 その全ての出所は当然、目の前の『桜華の亡霊』が立っていた場所。

 突っ込んだ仲間達は次々に吹き飛ばされ、霊子が凝縮されて出来た身体はガラス細工のように粉々に粉砕されていく。激しい音、光、衝撃に苛まれながらユリスはそれらがユイの居た場所から発射されたらしい無数の弾丸であることを認識した。

 時間にして十数秒。銃声が鳴り止み、霊子の光と火薬の黒煙が漸く晴れていく。残響のみがこだまする中、それは居た。


「……それは、ちょっとレヴィに聞いてないやつだな」


 言うなれば『銃の軍団』だった。多種多様、古今東西。大小様々な銃火器の群れが少女の周りの空間を埋め尽くしている。桜色の霊子術式陣を纏い宙に浮かぶ姿は、あるいは死と断罪を与える死のオーケストラ隊にすら見えた。


 彼世の裁定者、『桜華の亡霊』ユイ。それらを従える少女は依然一人で立ち尽くす。


「言った筈よ」


 ユイは先程のユリスと同じように手を掲げ、静かに言う。


「私は独り。唯一人の『私』。それが貴方達を打ち砕く」


 指揮者のように、ゆっくりと手を振り下ろす。その手の先にはユリスと、彼を『神』とし崇め奉る無数の信奉者たち。


 ジャキン、と無機質な金属音と共に、死をもたらす黒鉄の筒達は再び火を噴いた。



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